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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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鍋とクロテッドクリーム

 悩みがあろうがなかろうが、人というものは眠れるらしく、私は久しぶりのベッドでぐっすり眠って爽やかに起きた。

 疲れは取れていないが動けないほどじゃない。

 どうしたらいいと悩んで突っ立ったままで何ができるわけでもない。経験です。悩んでたらとっくの昔に死んでいた。……泣いていいかな。

 数日間着たきりで、いい加減風呂に入りたいけれど、この状況じゃ仕方ない。とっとと悪魔屋敷に帰ろう。

 今は、あの殺風景な屋敷が私の家なのだから。


「あ、そういえば」


 カーテンを開けてベッド下をごそごそやったら、見覚えのある箱が出てきた。魔女はそのままにしていてくれたらしい。

 飾りのついた奇麗な箱を開けると、いつか俊藍から贈られた髪飾りが入っている。

 彼は、まだ私があげた飾り紐を持っているのだろうか。


 思えば、一緒に旅をしていた頃から、あの人とは寄り添っていけないと思っていた。


 俊藍と私は、魂の片割れという御大層な間柄にも関わらず、あまりにも違い過ぎるし、遠過ぎる。

 彼は、本当の孤独を知らない。

 眼に映る人間全てが敵なんていう状況になったことがないだろう。だって、俊藍には、一人になってもすぐに誰かがそばに居る。

 私も。

 私も彼の味方になる。

 だから、そばには居られないと思った。


 私は愚かで醜いから、自分の孤独を理解しない俊藍をいずれ憎むようになる。

 どうしてそばに居てくれないのかと、きっと酷い言葉を投げつける。


 私は、それが怖かった。


 箱を閉じてベッドの下に戻す。

 いつか。


 いつか、何も知らない誰かがこの家で、これを見つけて喜んでくれればいい。


 私は部屋を出ると、リビングですでにのんびりと寛いでいた連れの二人に叫んだ。


「おはようございます! 今日はいいお天気ですね!」


 驚いたようにこちらを見上げてくる二人ににっこりと笑う。


「ですから、掃除を手伝ってください」


 

 立ってるものは猫でも使えとは、昔の人はよく言ったものだ。


 私は、昨日の残りのおかゆを悪魔と一緒に平らげてから、嫌がる人外共をこきつかって魔女の家を磨き上げることにした。


 天井の埃を落とし、家具を丁寧に磨いて、台所にある鍋の一つ一つまでピカピカにしてやった。ベッドのシーツは仕方ないけど、積っていた埃はどうにかなったはずだ。

 手伝わされた二人は早く帰ろうだのと文句を言ったが、無視をした。一宿一飯の恩は返すんだよ! 野郎ども!


 そうしてようやく掃除が終わったのは、中天も過ぎた頃だった。

 残っていた乾パンで、これまた残っていたクロテッドクリームとジャム、それから昨日見つけた燻製の肉でお昼ご飯を食べてから、食卓のテーブルとイスを片付けて帰る準備に移る。


「―――あなたが、これほど采配の出来る方とは知りませんでしたよ」


 はたきを持たされてあっちこっちの埃払い駆り出された旦那さまは、昨日まではあまり見られなかった疲労の色を見せて肩を竦めてくる。


「よくもまぁ、俺たちを掃除などに使えるものだな」


 ぞうきんを持たされて部屋の隅々まで拭き掃除を命じられたベンデルさんは痛そうに腰をさすった。


「情けないですねぇ。掃除ぐらいできなくてよく化け物なんて言われていますね」


「化け物に掃除をさせようという人間は居ないと思うが」


 体力あるんだからこういうことこそやらせるのが、人情ってものだろう。

 私のまっとうな意見に、ベンデルさんはもう何も言うまいというように深い溜息をついた。あれ、私、何か間違っていますか。


 無駄話をしているベンデルさんと私をよそに、悪魔な旦那さまはすっかり掃き清めた床に手をかざす。

 すると、一本の光の線が床に走り、それが高速で動きまわったかと思うと、次第に複雑な紋様が床に出来上がった。


「一応、急ごしらえですが我が家まで辿りつけるよう方陣を作りましたので」


 何でも、昨日のうちに魔法陣を作っていたそうで。いつ寝たんだこの人。これでお屋敷にひとっ飛びだそうです。魔術いいなぁ便利だなぁ。使えればな!

 あまり寝てなさそうな悪魔を睨もうと思ったけど、これで帰れるなら帰ってから寝室に押し込んでもらえりゃいいか。ミセスあたりならやってくれるだろう。


「じゃあ、また後日」


 私は魔法陣から一歩離れて手を振る。だってどうせ魔術で私だけ戻れないし。

 あーこれから何週間かかるんだ。私だけこの家に残ろうかな。

 帰るの面倒臭くなってきました。

 そういや麓にお風呂屋さんとか無かったっけ。

 おさいふ木札ぐらいは持ってなかったかとごそごそやっていたら、白い手が私の腕をつかんだ。


「何を言っているのですか。あなたも帰るのですよ」


「だってその方陣じゃ帰れないって」


「大丈夫ですよ。あなたの服に魔術がかかるように術式を組みましたから」


 ちょっと待て。


「じゃあ、あのバルガーさんの…!」


 もしかしたら裸で私が一人取り残されるかもしれない、あの方陣か! 

 いーやーだー!


「大丈夫。あのときは上手くいったでしょう」


 そういう話じゃない。というかどこまで見てるんだアンタは!


 嫌がる私の両手をとって、悪魔は自分と一緒に私を光る魔法陣へと引っ張りこんだ。

 ベンデルさんのほとんど侮蔑じみた白い目に気がつかないのかこの非常識悪魔!


「裸で取り残されたらどうしろっていうんですか!」


「心配いりませんよ」


 その時は、


「もう一度、私がここへ戻ってきてあなたと一緒に屋敷まで帰りますから」


 魔術で移動する時間は三秒もかからない。


 ということは、私がもしも裸で放り出されたら、取り繕う時間もないってことだ。シーツもクロスも箪笥の中だよこんちくしょう!


 絶叫する私を捕まえる悪魔は実に楽しそうだ。今期最大に楽しそうじゃないのかアンタは! どうしてこのドエスが旦那なんだろう。マジで選択あやまった。


「放せぇえええええええ!!!」


 もう何度めかわからない私の絶叫がこだまして、魔法陣の光が私の視界を覆い尽くした。




ご指摘いただきましたので。

”立っているものは猫でも使え”は誤用で”立っているものは親でも使え”が正しいです。

葉子さんは間違えた言い回しをしております。


ご指摘ありがとうございました。

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