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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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今と昔

 二人が出会ったのは、俊藍が十二歳、悪魔が十五の年。

 

 落ちぶれた貴族の出ながらも、優秀だと評判だった悪魔を当時の王様が直々に指名したそうだ。派閥争いに差し支えがないと思われたのか、様々な理由はあったらしいが、とにかく悪魔の旦那さまはお側付きとして弱冠十五歳ながら、俊藍の教育を一手に任されるというほどになったという。

 悪魔は優秀だった。帝王学からなる座学、魔術の原理から法則、四か国語からなる外交術、果ては武術の手ほどきまで十五のガキの時分に引き受けたというから、超人ここに極まれりだ。自分の中学三年生の時と比較するだけ馬鹿らしい。

 対する俊藍も優秀だった。

 悪魔の教えたことは全て理解して、三年も経ったら悪魔と同じほどの優秀さを身につけていた。でも、亀の甲より年の功なのか悪魔の方はすでに政治的な駆け引きに手を染めていく。

 端的に言えば、俊藍を裏切ったのだ。

 すでに王太子となっていた俊藍だったけれど、母殺しという特殊な出生と力のために恐れられるばかりで教育らしい教育を施したのは悪魔が初めてだった。悪魔には、王様からのそういう期待もあったのだ。年も近くて俊藍の面倒をきちんと見てくれるという、そういう期待。悪魔はそれに見事に応えた。教育するだけではなく、人と対話して、信頼を得、味方にする方法も教えた。元来、俊藍は人懐こい性格でもあったので、彼の周りにはあっという間に味方が出来た。それを見届けるかのように、悪魔は自分の目的を達するために動き始める。


「血の粛清、というものがありましてね」


 五十年ほど前のこと。貴族の中で、忌まわしい風聞が席捲した。

 いわく、迷い人の血を尊ぶというものだ。

 純血淘汰の時代と今では言われ、とにかく迷い人との婚姻や縁組をという時代があったという。

 百年ほど前にやってきた北城一族の始まりの人、つまり社長のご先祖様は非常に優秀で、彼の能力にあやかろうと様々な人が、王族までも縁組を望んだのでそれが酷くなったのだ。

 それに、悪魔の一族は従わなかった。

 悪魔の祖父はあえて迷い人の血族との縁組をせず、まっとうな貴族であろうとした。

 まぁ、当然だよね。いつでもどこでも流行に乗る必要はない。

 でも、時流はそうはいかなかった。

 彼はまず、大臣の位を落とされた。

 今まで宰相も排出する名門として東国を支え続けていたというのに、一時の流行に流された王が、あろうことかライバル貴族の甘言に耳を貸した。元々口うるさく王に進言をしていた悪魔の祖父はあっという間に地位を追われて、最終的には地方の下級役人にまで落とされた。そんな父を見て育った悪魔の父は、どうにか家格を維持しようとあらゆることに手を染めた。賄賂に裏取引、果ては非合法なやりとりまでしたというから、いつ捕まってもおかしくないやり口だったのだろう。その甲斐あってか、悪魔の一族はボロボロになりながらも低位ではあるけれど大臣となる人を親族から出せる体裁を取れるようにもなってきた。しかし、一族の不幸は止まらなかった。


「五十年過ぎれば、今は昔と言いましてね。父の時代には迷い人の血族に重きを置く流行はすでに慣習となっていたのですよ」


 あくまでも迷い人の血にこだわらなかった悪魔の一族は、蔑視の対象となり続けた。

 悪魔のお母さんも、バーリム先生のお母さんも、ほとんど無理矢理に一族やってきた人たちだったから、最期の最後まで悪魔の父や祖父をなじり続けた。

 でも、それだけじゃ済まなかった。


「一番上の姉は、嫁ぎ先で酷い扱いを受けて自殺し、二番目の姉は一度、言いつけを守らなかったという理由で夫に殺されました。弟は、通っていた寄宿学校のいじめで自殺。もう一人の兄も勤め先で我が家の出だと分かり、冷遇され続けて病死してしまいました。妹は立て続けに家族を失くした心労で」


 バーリム先生の兄弟も出自を隠していたけれど、結局はバーリム先生以外誰も残らなかった。 


「父も祖父も、親戚中から非難を受け続けた上での病死です。二人の母は、病死でしたが心労が原因でしょう」


 悪魔は今、三十だ。バーリム先生以外の家族を亡くしたのは、もう十年も前のことだという。

 悪魔は、最後に残った妹を看取ってから、俊藍を裏切って彼と敵対する弟王子派に近付いた。

 まだ三歳にも満たないメルツ王子を担ぎあげようとしていたガルニーアト様に取り入って、当時から抜群の権力を持っていた北城一族と手を結ばせ、悪魔が二十歳になる頃には宰相の位を手に入れた。


「当時の陛下は、迷い人を政治中枢から排除することをお考えでした。百年も昔の政治が今も役に立つということは至極少ないですからね。その刷新を恐れたのでしょう」


 北城一族は惜しみなく野心家のガルニーアト様に力を貸した。

 それと同時に、悪魔も宰相として力をつけた。

 政治の中枢に喰い込み、自分無しでは機能しないのではないかというほどまで中枢を支配して、それから、


「あなたの知る計画を、ようやく実行したのですよ」


 途方もない時間と労力を費やしていた。この悪魔が。


「―――どうして、迷い人だけを排除しようとしなかったんですか」


 この人の、迷い人に対する恨みは私を殺したぐらいじゃ晴れるものでもない。

 でも、目の前のその人は柔らかく笑うだけだった。


「この世界に迷い込んだだけの人々を全員殺したところで、何が変わるわけではないのですよ」


 静かな微笑みのまま、悪魔は遠くを見据えるみたいな目をする。


「知っていますか。この世界の文化のほとんどは迷い人からもたらされているのですよ」


 魔術しかり、文化しかり。

 だから、迷い人がこの世界にとって異質だということが問題ではない。


「東国や南国では迷い人をありがたがりますが、西国では奴隷です。北国ではすでに住民であるという認識です。この人間の認識の違い、それが世界の歪みとなっていた」


 小さな意識の差や誤解が大きなうねりとなって、世界を歪め続けていた。


「―――ヘイキリング王は、世界の歪みを正すことが出来る方です。彼は、他者と対話するということを知っている」


 それは、


「あなたが、そう教えたからでしょう?」


 家族を次々亡くしても、一族の再興や色々な理由があっても、


「あなたは、俊藍の味方なんでしょう?」


 この人は、彼の味方だ。昔も、今も。


 頬に、白い指が添えられていることに気がついた。

 傷だらけで、それだけで悲しくなる。

 

「―――あの方も、小さい頃はよく泣く子供でしてね。でも、優しい方なのですよ。人の気持ちをちゃんと分かる方です」


 私と違って、と笑うこの人が嫌いだ。


 弟みたいに面倒を見てきたのに、どうしてそれを言っちゃいけないんだ。

 目的のためには、そばに居られなかったと言われれば、そうなのかもしれない。

 

 だからって、どうして、それを私が悲しまなくちゃならないんだろう。


 この世界で生まれたのに、まるで一人だけ弾き出されてしまったみたいなこの人が嫌いだ。


 その、どうしようもない気持ちを私は知っているからなのか。

 

 これが同情なのか、何なのか。名前の分からない気持ちが渦を巻いている。

 

「……あなたを私の妻にしたのは、間違いだったのかもしれませんね」


 白い手が私の頬を撫でながら、優しい声で言う。



 私では、あなたを幸せにできない。


      

 だったら、と冷たい手を振り払いたくなった。



 だったら、あなたは幸せになるのか、と。


 

 私が幸せになれば、この人は幸せになるのか。

 

 答えは否に決まっている。

 私はこの人じゃない。

 

 なのに、私は何も言えなかった。

 

 間違いだったと言われて、怒鳴り散らしたかったのに。



 何も、言えなかった。




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