松明と木登り
どれほど経っただろうか。
まだそれほど時間は経っていないのかもしれない。
夜の寒さは増すばかりで、木の下を歩き回る男たちの気配も消えない。
はい。ただいま絶賛逃亡中です。
このまま半裸で木の上で一晩過ごすのか…。
このままだと本気で死ぬ。
降りて走るか。このまま待つか。
誰かが言ってたように、私にそれほど長距離を走り切る余裕はない。
すぐに誰かに見つかるだろう。
かといって、このまま木の上で過ごすのは無謀だ。
………なんかこういう選択、この世界に来てからもあったような気がする。平凡な私の人生返せ。
頭の中ではいろいろ考えているんですけれど、意外ともう体力も気力も限界です。
手は痺れているし、体は限界まで冷えてて今にも震えが止まらない。
猿轡噛んでなかったら歯がカチカチですよ。
―――あーもうここで終わりかな。私。
諦めかけた私を襲ったのは、身の毛もよだつような気配でした。
ざぁ!
と、森全体の木々がざわめいたかと思えば、ふいにそのざわめきが収まって、暗闇よりも暗いような森の静寂の奥から何かの気配が湧いて出てくるではありませんか。
怖いよ!
ホラーって駄目なんだよ!
死にかけながら泣きそうになって光源求めて松明に目をやると、男たちも異様な気配の出現に足を止めている。
彼らが見つめている先は私の死角になってて気配の正体はわからない。
わからないってことが怖い。
「……何者だテメェ」
男の一人が果敢にも声をかけた。
その疑問はもっともだけどあなたそれだけで死亡フラグだよ。
ナイフ抜いちゃったらほんと駄目だって!
案の定、リアルホラーからは返答がない。ほらぁダメだってばー。
私と同じようなことを感じた人がいたらしく、別の男が別の質問を投げた。
「俺たちは女を探してるだけだ。見なかったか!」
今度はまともに返答があったらしい。
「おい、行くぞ!」と男たちは声を掛け合ってこちらとは反対方向へ向かっていく。
……ええと。
一難去ってまた一難ってことでしょうか。
だってさ、足元にリアルホラーが居るんだよ! シャレにならない!
「―――おい」
え。
「降りてこい。迷い人」
なんか、聞いたことあるなこの声。
低くて何だかこもった声。
「降りられないのか?」
いつのまにか私が登っている木の根元から声がかかる。
見下ろすと、見覚えのあるマントが表情のわからない顔でこちらを見上げていた。
あーっ!
猿轡で声を出せないからあんぐりと口を開けると、マントの中は苦笑したようだった。
そう、あの、薄情な黒マント。