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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
155/209

抗体と冷や汗

 なぜ、と思った。


 私なら、怪我なんかしない。


 そんなこと、こいつには分かり切ったことだっただろう。


 そのはずだ。



 でも、私の前に立ち塞がった三つ編みは、私を守るように後ろ手に私の腕を掴み、振り向きざまに私を自分の胸に抱きこんでしまう。

 

 その隙をつくように、魔術の光線が脇をかすめるのを、見てしまった。


 地味な、でも肌ざわりのいいチャリムの腹を、目を焼くような光線が抉り、あってはならないものが飛び散る。


 あんたは、冷血だったんじゃないの。

 血も涙もないって言ったじゃない。


 あんたは悪魔であって、人間じゃないんじゃないの。


 私はその、真っ赤に染まったチャリムを思わず手で押さえたまま、眩しい光に包まれた。



 目を閉じたのは一瞬だった。

  

 押さえていた傷口からはどくどくと血が止まらない。

 やがて、私を抱えていた非常識な男は低いうめき声を上げて、地面に倒れこんだ。

 

 そこで、ここがようやく屋敷の外であることを知った。夜の森はひんやりする、というよりも寒い。

 

 血は止まらない。


 どうしよう。

 どうしたらいい。


 ふと腹を手で押さえこんだまま顔を見ると、真っ青のままぴくりともしない。

 

 やめてよ。

 あんたの葬式なんか出したくもない。

 この年で未亡人とか、どんだけ重い設定を私に押し付ける気。


「ねぇ」


 浅い呼吸を繰り返すばかりで、あいつは応えようともしなかった。


「起きてってば」


 自分の手と一緒に、目の前の体まで冷たくなる気がして頭の中がめちゃくちゃになった。


「起きてよ!」


 もしかしてこの期に及んで狸被ってるのか?

 耳元で叫べば、おっとり不機嫌な顔でもして目を覚ます?

 

 私は手で傷口を押さえたまま、倒れたままの悪魔の鼻先で叫んでやった。


「ラウヘル!」


 名前で呼んでやれば、親しい誰かと勘違いして起きないだろうか。

 

 でも、


「ラウヘル」


 こいつに、家族はもういない。 

 思い出と一緒にみんなお墓に行ってしまった。


「……ゆき」


 こう呼べば、恋人か何かと思わないだろうか。

 だって、誰かいるはずでしょう!

 私が誰だか知らないだけで。


「雪!」


 私は、こいつのことを何も知らない。

 知っていることと言えば、性格がとんでもなく悪くて、



「起きろ!! 雪!!!」



 私と約束してくれたことだけだ。

 

 そばに居るって。


 そう言ったじゃないか。



 そっと、白い手が私の手をさすった。


 それがあんまりにも冷たくて、驚いて顔を上げると、倒されたままのあいつが地面から私を見上げて、口の端だけ上げて笑っていた。


「ようこ」


 空気が抜けるような声で呼ばれ、白い手に私の手が剥がされた。血はちゃんと止まっていない。

 もう一度抑えようとすると、白い手が傷口を覆い隠してしまう。


「大丈夫」


 起き上がろうとするので、私は慌てて首だけ抱えてやった。


「……どうしたんですか。今日はサービスがいいですね」


「この森に置いて行くからね! この悪魔!」


 叫んだら、どういうわけか抱えてやっているにも関わらず笑われた。

 腹立つ。


「何で…っ」


 どうして、


「私の前になんか立ったの!」


 私に魔術が効かないことを知っていたはずだ。

 だから、私が暮らす部屋には魔術のかかった物は無い。

 クリスさんに聞いたんだよ。

 そしたら、貴族の屋敷で魔術の効いてないのは屋敷で暮らしてる人間ぐらいだって言われた。

 そうして初めて知った。

 

 自分がいかに、守られているかを。


「―――さぁ、どうしてでしょうね」


 赤目の悪魔は汚れた眼鏡の奥で目を細めて、笑うように息を吐いた。


「少なくとも」


 腹の傷を押さえていない方の手が私の頬に伸びてくる。

 そして、私の目尻をしきりに拭う。


「あなたにそんな顔をさせるつもりはなかったのですよ」


 目尻を拭ったその指に水滴が零れた。


「……これは汗です。冷や汗です」


「そういうことにしておきましょう」


 溜息をつくように笑って、悪魔はふと押し黙る。


「―――血、止めた方がよくない?」


 白い指の間から、今も血が流れ落ちている。


「傷はそんなに深くありませんから」


「深くなくても、こんなに血が出てたら…」


「葉子」


 意を決したように見つめられて、今度は私が言葉を引っ込めた。


「私はね、死なないのですよ」


 どくどくと流れる血を眺めるように、悪魔は私から視線を落とす。


「私は、生まれた時からどういうわけか魔術に対して異様なほど強くて、ある時、私の血を調べてみたら、細かい魔術の抗体のようなものがいるということが分かりました。その抗体は、私の体を維持、存続させるよう出来ているようで、成長はしますが減ることもない代物でしてね」


 夜目にも漂う血の匂いがあまりに強くて、私は顔をしかめた。


「―――腕を切られようが胴を薙がれようが、私は死なないのですよ」


 それは、つまり、


「不老不死?」


「いいえ。年はこの通りとっていますので」


 ということは、不死というやつなのだろうか。


「ですから、この傷もしばらくすれば塞がります。その代わり、あまり遠くへは行けないのですが」


 でも、


「―――痛いんでしょ」


 呟いたら、悪魔が不思議そうな顔で見てくるから、腹が立った。


「不老だろうが、何だろうが、痛いもんは痛いでしょ」


「いえ、しばらくすれば治りますよ」


「……あんた、馬鹿なの」


 そんなに優秀なおつむ持ってるくせに。


「あんたバカでしょ! 痛いから地面に寝転がって動けないんでしょ!? 血も涙もない冷血漢の悪魔なら、悪魔らしくしてなさいよ!」



 どうして、こんなときばっかり。



「痛いなら、痛いって言え!」



 この悪魔は、優しく笑うんだろうか。



「……すみません」



 優しくされたら、どうしていいのか分からない。

 だから、私は冷や汗を目にいっぱい溜めながら叫ぶことしか出来ない。



「この、バカ雪!」




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