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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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ヒットと平手打ち

 屋敷に帰った私は、夕食を食べながら舟を漕ぐという器用さを披露した。

 私を存分に笑った悪魔はデザートも食後酒もそこそこに、ミセス・アンドロイドに私を部屋へ連れていくように言って、自分はいつものようにダイニングの隣のシガールームに落ち着いた。

 久しぶりの山道は、結構こたえたらしい。運動不足なんだろうか。

 ふらふらと歩いていた私は時々ミセスに「しっかりなさいませ」と怒られながら寝室に辿り着く。すんません。


 襲い来る眠気と格闘しながらチャリムのボタンに手をかける。


 その時だった。



 バチン!


    


 変な火花が散るみたいな音と一緒に、部屋の明かりが消える。


 目が覚めた。


 この屋敷の明かりは、全部、魔術で精製された燃料石だ。使用人と私が総出で必要なところに明かり石というもので明かりを灯していく。だから、一斉に消えることは、まず無い。


 ミセスはどこだろう。

 今日は月のない日だ。

 灯りが消えたら、何も見えない。

 暗闇に目が慣れてきて、ぼんやりと物の位置が分かってくると、ミセスがドアの前で直立不動になっていると知れた。


「あの、」


 大丈夫ですか、と声を掛けかけて、止める。


 彼女がこちらに走ってきたのだ。ありえない。どんなに急いでいても廊下は走らないを実践している人なのに。

 走りこんできた勢いのまま、肩を押され、ミセスは私を自分の背中に庇うように立った。


 え。


 私が目を見開いたのは一瞬。

 その瞬きのあいだに、




 ガン!




 重い金属音が耳をつんざく。


 ミセスの前に誰か居る。

 いつのまに。

 黒い塊みたいな奴が突き出した恐らく物騒なものを、ミセスが片腕で受け止めていた。

 喉が引き攣った。

 悲鳴が体を駆け巡って、辺りを視線が彷徨う。


 とにかく、彼女からあいつを引きはがさないと。

 何か、投げる物でも何でもいいから無いの!


 私の焦りをよそに、ミセスは一言の悲鳴も上げない。

 それどころか、黒塊を、一凪ぎに押し返す!


 


 ガキン!




 人の腕からはありえない音がした。

 飛びのいた黒塊は、離れて見ると男のようだ。黒装束には嫌な記憶しかないから、知らずに顔をしかめる。


 ミセスは腕を払った。



 ブン!



 何か物凄い風圧がくるんですけど!

 妙齢の女性が出していい音じゃない。


 この異様なミセスを見ても、黒装束はひるまなかった。

 再び、さっき突き出した、たぶん刃物を閃かせる。

 

 ミセスは私を自分の背中に追いやったまま、腕をひと振り。

 淡く指の先が光ったかと思うと、その肘から先が人の形を失くす。


 手品のように現れたのは、とってつけたような大振りのナイフだった。


 私の驚きを放って、刃物と刃物が再び甲高い叫び声を上げる。

 ミセスのナイフは、黒装束のそれより大振りだ。

 そして、彼女の力も黒装束より強かった。二振り三振りするうちに黒装束の刃は削られて、




 バキン!




 折れた。

 それでも黒装束はひるまない。

 手を固く握りこんだかと思うと、その中から目を焼くような光が出てくる。私は思わず目を細めたけど、ミセスも躊躇したりしなかった。

 黒装束に斬りかかる勢いのまま、腕を前に出したかと思うと、ナイフとは反対の手の指が再び光る。



 ドン。



 ミセスの人差し指が一瞬光ったかと思うと、黒装束は拳を握りこんだままぐらりと揺れて、眩い光も消える。ミセスの足元に倒れた黒装束は、もがきもしないでそのまま動かなくなった。

 それを見送ったミセスは、腕をひと振りして、ナイフを仕舞った。


 半ば茫然とそれを眺めていた私をミセスはちらりと見たけれど、そのまま黙ってドアを少しだけ開ける。

 外の様子を見ているようだ。


「あの」


 声を掛けると、黙れというように睨まれる。……はい。すみません。

 再び様子を伺う彼女の後ろで、私はさっき倒れた男を眺めた。

 息は、ある。

 肩が揺れてるから。

 でも、


「うがああぁああ!」


 突然、男が自分の喉をかきむしり始めたから私はとっさにミセスの腕を取って離れる。

 何だろう。

 何が起こってるんだ。

 混乱しっぱなしの私だったけど、目の前の男が泡を吹き始めたから、今は襲われないと思った。 

 毒だ。

 どういうわけか知らないけど、この男は毒を飲まされたらしい。


「何か飲ませたんですか?」


 ミセスは首を横に振った。

 なら、この男は死なせられない。


 私は男の方へと駆け寄った。

 ミセスの制止が聞こえたけれど、呻き声でかき消される。


「明かりを!」


 私の声にミセスは一瞬ためらった。でもそれは一瞬で、普段の冷静さですぐに私の願いを叶えてくれた。

 彼女が灯してくれたのは、部屋の燃料石だ。なんと、明かりをつけると普通の人なら熱くて触れないそれを、明かりをつけたまま手に乗せて。

 熱くないのかと驚いたけど、ミセスは平然としている。

 手の平は怪我をしているようでもなかったから、聞きたいことは後回しにして、私は苦しむ男を床に抑えつけようとした。

 でも、無理!

 男の力に勝てるはずもなかった。

 暴れる男に困っていたら、すっと腕が伸びてきた。

 ミセスが片腕一本で男の首を抑えつけたのだ。暴れるから締められるけど、死なない程度だ。私は手早く男の目と顔色を見た。

 遅行性の毒の症状に似てるけど、目が充血しているだけで他の異常らしい異常もなく、こんな泡食って暴れる毒なんか知らない。

 なんだ、これ。

 訳が分からなくて唸っていたら、男がひときわ大きく叫んだ。


「殺せ!」


 うるさい。

 そう思ったら手が出ていた。



 パーン!



 自分でも小気味いいほど平手打ちが男の横っ面にヒットした。殴られなかっただけマシだと思え。でもちょっと驚いた。

 確かに腕を振り切るほどクリーンヒットしたけど、何も気絶するほどじゃなかったはずだ。

 私に平手打ちされた男は、そのまま白目をむいて床に転がった。


 え、何。死んだ?

 うそうそ。やめてよね。

 慌てて首の脈を見たら、生きてる。良かった。犯罪者にならずに済んだ。いや、私は被害者なんだし、ましてや殺されそうになったんだから、正当防衛成立?

 混沌としたままだったが、私はほっと息をついた。

 とりあえず、締め上げる要員は確保した。

 ええ、まぁ私は仏様でも神様でもないので楽に死なせてやる気はありません。

 せめて私に存分に嫌がらせされてから死んでくれ。

 

「奥様」


 床に座り込んでいた私に、ミセスは手を貸してくれた。

 この男はしばらく目を覚ましそうにもない。

 立ちあがったら、ミセスが怒ったような顔をしていた。


「……危ない真似はおやめください」


 いつもの覇気がない。

 どうしたんだろう、と思いつつ私はミセスの手に目がいった。

 あの手、どういう仕組みなんだろう。

 それに、燃料石乗せても火傷一つなかった。

 私の不躾な視線にすぐ気付いたらしいミセスは、私をいつもの何の感情も浮かばない顔で眺めてくる。


「……ごめんなさい。ロッテンマイヤーさん」


 何だか触れてほしくなさそうだったから謝ったのに、当の本人は納得したように頷いた。


「わたくしに、敬称は必要ありません」


 淡々と言って、彼女は自分の腕を撫でる。


「わたくしは、大昔事故に遭い、体の機能のほとんどを失ったので、南国で作りかえられたのです」


 え。

 それって、


「わたくしの体の半分以上は、機械で出来ております」  

 

 ミセス・アンドロイドは、本当にアンドロイドだったようです。マジですか。


「でも、敬称はいらないってどういうことですか?」


「生身に近い形で作りなおすこともできましたが、わたくしはあえて機械の体となりました。ですから、電算式の電気信号でほとんどを賄う者を人間とは呼びません」


 機械に敬称はいらないのです。


 どうだろう。

 それでも、


「私は、ロッテンマイヤーさんを、人としか見られないんですけれど」


 いくら機械仕掛けみたいだからって、ミセスは機械じゃない。怒ったり呆れたり、


「―――奥様は、本当に変わった方ですね」


 ごくごく稀に、微笑んだりする。

 口元が緩んだだけの笑みだったけど、とても優しかった。



「葉子」



 ドアが開いたかと思うと、屋敷に明かりが戻った。

 明るい光に照らされると、乱闘の跡が生々しい。


「無事ですか」


 入ってきたのは三つ編み悪魔だ。

 どこか疲れたような顔で私の前までやってきたが、私がこいつは何だと指した黒装束を見てちょっと目を丸くした。


「……どうやって生かしたのですか?」


 こう、平手打ちをですね。

 そう解説したら、思い切り笑われた。


「あなたという人は、本当に面白い人ですね」


 ひとしきり笑われたあと、悪魔はあの毒は魔術の術式によるものだと言った。


「魔術?」


「はい。誰かに敗れたり、捕えられそうになると呼吸を徐々に奪う術式です」


 顔をしかめた私を尻目に、悪魔は白目をむいている男を見下ろす。


「厄介事に巻きこんで申し訳ないのですが、この男を捕えてくださってありがとうございます」


 悪魔はまるで最高のプレゼントをもらったみたいに笑わない目で微笑むから、私は肩を竦めてやった。


「たぶん、それ、」


 私に魔術が効かないから、と言おうとして私の口元に長い人差し指が当てられた。

 指の持ち主の悪魔は微笑んだまま、自分の口を閉じる。


 黙れということか。


「それにしても」


 私の口先から人差し指を離した悪魔は、それをくるりと魔法使いのように回す。


「今度は何をやったんです。あなたまで狙われるなんて」



 そんなこと、神様にでも訊いてくれ。





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