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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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洋食とスパイ

 コーヒーの木の正体が分かった翌日、悪魔の旦那さまに無理矢理、竜車に乗せられた。


「目を放すと何をするか分からないことがよく分かりました」


 あんたは私のお父さんか!

 

「今日は一日城で大人しくしていなさい。大丈夫ですよ。遊び相手も探してありますから」


 まるで聞きわけのない小さな子を相手にするみたいに私の頭を撫でると、悪魔はにっこりと笑った。


「言うことを聞かないなら、陛下の御前に連れて行ってあげましょうね」


 ごめんなさい。勘弁してください。


 大人しくなった私によしよしと肯いて、悪魔は悠々とお勤めに行かれました。

 くそ。目が笑ってなかったんだけど!



 約一か月ぶりに要塞城に訪れた私は、悪魔に連れてこられた部屋の前に立たされてげんなりと溜息をつく。

 ここ、見憶えある。

 でも、夕方迎えに来るという悪魔に私がここに居ないことが知れたら、マジで俊藍の前に引っ張り出されて何をされるかわからない。

 腹をくくってノックをすると、控え目に返事が返ってきたので。


「葉子です」


 応えてすぐ、ドアは開けられた。


「ヨウコさま!」


 抱きつかんばかりに歓迎してくれたのは、詰襟制服姿のクリスさんだった。


 そうです。ここ、社長の部屋です。


 迎えられた社長の仕事部屋は、以前と違って奇麗に整頓されていた。社長の元の性格を表すように机と応接セット以外の余計なものは一切ないけど、奇麗なことは良いことだ。

 

「久し振りだな」


 ヒゲも髪も整えてすっかり以前の坊ちゃん面を取り戻した社長は、チャリム姿で机の前で書類を睨んでいたけど私を見て顔を上げた。おお、進歩したね!


「お久しぶりです」


「今日はここでゆっくりしていくといい。トーレアリング宰相からのお達しだ」


 なるほど。今日の遊び相手は、社長ですか。

 社長はまだ御しやすいとはいえ、この人も頭いいからなぁ。ちっ、悪魔め。


「そろそろ、冷えてきましたものね」

 

 と、クリスさんは私が出がけに着せられた綿入れを脱ぐよう促した。社長の部屋だとちょっと暑いんだよね。大人しく脱ぐと、クリスさんは私の上着を見てちょっと唸る。


「……大事にされているのですね」


「何を?」


 私の持ち物といったら、機能してるのあんまり無いんだけど。


「ヨウコさまです。この上掛け、ヨウコさまの寸法にぴったりです」


 いつもの格好で竜車に乗り込もうとしたら、ちょっと寒くてくしゃみしたら用意されただけです。……いかん。自分がちっちゃな子供に思えてきた。私、もう二十五歳のいい大人ですよ。

 

「あの悪魔の領地が寒いらしいから、チャリムと一緒に作ったんですよ」


 チャリムの採寸をした時に一緒に注文していたらしい。私がフードつきがいいといったので、ダッフルコートみたいな上着にはちゃんとフードもついてます。

 私の衣装ダンスにはお陰さまでおばちゃんチャリムが満載で、一度採寸しただけなんだけど、季節の折々にミセス・アンドロイドが着るものくれてですね。……大人じゃないわ。この生活。

 屋敷のこととかが忙しくて全然意識が向いてなかったけど、私の年頃なら買い物だってしたい! はずだ。間違っても掃除と家庭菜園で泥だらけになって、木登りして落っこちるとか野性児な生活が憧れだったはずではない。今度、悪魔に森に連れてってもらう約束して喜んだりしてちゃダメなはずだ。


 自分の生活を振り返って、ようやく屋敷の外の人と話す重要性を思い知った。牢屋とかしか行ってなかったよね……。

 社長はお仕事なので、クリスさんにお茶を入れてもらって応接セットに二人で座りこむ。でも、やっぱりお茶を飲むのはためらってしまった。ああ、ほんとにトラウマになってる。

 そんな私を申し訳なさそうに見ながらも、クリスさんは私の話に驚いたりしながら聞いてくれた。

 

「では、ヨウコさまもお屋敷の雑用をなさるのですか?」


「そーです。朝から晩まで。暇なときは散歩したり図書室に篭もってるかなぁ」


 雨の日は掃除も半分だし、家庭菜園も収穫できないから。

 結構長く話したから喉は乾いたけれど、やっぱり私はお茶に手をつけられない。

 あの時も、そうだった。


「……やはり、飲めませんか」


 クリスさんが目の前で飲んでみせてくれるけれど、私はお茶に手を出せなかった。


 あの日と同じだ。

 俊藍に連れられてマルモア妃殿下に会って、逃げだして、カリアーツァさんに裏切り者と言われた。そして、ミリアントさんにも、もう来るなと。


「ああ」


 私の呟くような声に、クリスさんは妙に納得した顔で頷いた。


「カリアーツァは仕方ありません」


 仕方ない?


「どうして?」


「彼女は、貴族ですが陛下にその才を見出されて騎士団に入った者ですから、陛下に対する忠誠心が誰よりも強いのです」


 今は近衛騎士ですしね、と付け加えてクリスさんは肩を竦める。


「ミリアントは王家に近い貴族の出身です。彼は陛下の護衛騎士として乳兄弟のように育ってきた者ですから、どうしても偏るのですよ」


 そういうクリスさんはどういう立場なんだろう。訊ねてみるとあっさり応えは返ってきた。


「私は、元は王太子派の貴族に飼われていた間諜ですが、今は陛下に地位を与えられてこうして北城宰相の補佐役を務めています」


 間諜って。


「スパイ?」


「すぱい、という者がどういうものかは存じませんが、孤児だった私は幼い頃に拾われましたから」


 家名はないのです、という彼女は別に出自を気にした様子もなかった。


「私のような子供はたくさん居ます。私は、人を殺すこともやってきました」


 王太子派というものがどういうものかは知らない。でも、それが俊藍とは対立していて、時に命の奪い合いをするような関係だということは分かった。

 美女に、憎々しげに裏切り者と吐き捨てられるほど。


「ヨウコさまこそ、私が恐ろしくなったのではありませんか?」


 お茶をじっと見つめるクリスさんの顔を見ていると、何だかおかしくなってしまった。


「私、王妃様が勧めてくれたお茶も飲めなかったんだよ」


 そう言ったら、クリスさんの顔が豆鉄砲くらった鳩みたいになった。


 ああ、そうだ。

 お昼用にお弁当持たされてたんだった。

 風呂敷包みを開いてみると、私がリクエストした品が入っている。


「一緒に食べませんか。おにぎりですよ」


 おかゆにする米を煮ないで炊いてもらって、私の指導の元、私よりも上手く料理長が作ってくれたのだ。

 ほどよく塩のきいたおにぎりを、誰より喜んだのは社長だった。

 見かけはちょっと離れてても日本人だったんだね。


「この城じゃ、洋食が基本だからな」


 そういえば社長はこの城から出たこともないっていうから、とんだ世間知らずだ。お姫様かキミは。

 砂漠の真ん中で味噌や醤油を発見したことを話すと、ひどく羨ましがられた。おかかも作ったんだぞ!

 ああ、懐かしいな。

 というか、この王都は海が近いんだから、魚で具とか作れないものか。

 研究する価値は充分ある。

 クリスさんもおにぎりに喜んでくれた。


「サルをこんな風に食べるなんて……。ヨウコさまの国の風習は面白いですね」


 東国のこの辺りじゃ、おかゆにしないと食べないらしい。

 あの悪魔のおかゆ習慣もこのせいだったのか。

 今度、あの有害銀髪にも持っていって見せびらかしてやろう。

 そんな悪戯をちょっと口にしたら、クリスさんが連れて行ってくれると提案してくれた。


「いいんですか?」


「はい」と彼女はこともなげに肯いてくれる。


「陛下に見つからなければいいんですから」


 この広い城で待ち伏せでもしない限りは出会うことなんてあんまり無い。でも、


「いいの? 怒られたりしない?」


 私は、ここには居ていけないようだから。


 よっぽど不安そうにしていたのだろうか。

 クリスさんは、優しく笑った。


「内緒ですよ」


 私を甘やかしても、何も出ないよ。

 

 憎まれ口を叩いて、私は不覚にも泣きそうになった。



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