屋台と飾り玉
湖面に張った跳ね橋をのんびりと渡るあいだ、クリスさんは私の質問に嫌がらずに答えてくれた。
このアオザイと洋式の生活様式は、大陸の四つの国の文化が複雑に混ざり合った結果なのだそうだ。
元来は東洋式の生活様式、このアオザイなんかが東国の基本で、一般の人たちにはそれが一般的で、貴族社会になるにつれて私にすれば西洋式の風習が入りこんでくるそうな。キスとかハグとかね。
でも外は日差しがきついからって、今の私は時代劇に出てくるような編み笠かぶっているんですよ。
跳ね橋を渡り終えたところでまた城の門があって、クリスさんが手続きしてくれて大きな門をくぐるとそこは石畳の街が広がっていた。
どうやら私が連れてこられた側は山側というやつで、街があるのは海側らしい。城はなだらかな丘の上だから、こげ茶色の瓦屋根の向こうに紺碧の海が見える。
懐かしいけれど、どこか違うのは道を通う人々の髪の色であったり、見たことのない看板の文字であったりして、ここがやっぱり自分の住んでいた世界とは違うのだと実感した。
街の大通りに入る前にウィリアムさんにもらった包みの中身を確認してみてびっくり。だってなんか金色の棒みたいなのがゴロゴロしてたんだよ? 誰だってびっくりだよね?
クリスさんによると、良い二頭立ての馬車がぽんっと即金で買えるぐらいのお金が入っているらしい。現代人の感覚的には実感ないけど、価値換算したら庶民の四人家族が一か月食べれるってさ。ひぇー。
貴族の感覚ってよくわかんない。初孫できた爺ちゃんだってこんな金額ほいほいくれないよ!
大通りに出るとスリとかザラらしいから、まずはこのお金を預けておけるところに行くことにした。
城の外門(湖面の向こう側の門ね)からほど近いところに大きな出入り口をした大きなお屋敷みたいな建物に連れられて行くと、ずらっと並んだ受付口。まるで銀行ですね。
その名も商業連合組合。通称ギルド。
おお、なんか異世界ぽい。
この大陸のどこの国にも支部があって、一度作った口座はちゃんと保証してくれるのだそうだ。
戦争続きの大陸にあって、このギルドは中立を貫いてて、どこの国もこの組合に文句は言わないんだって。
まぁ、お金かかるもんね。戦争って。
「このギルドに登録しておけば、日雇いの仕事も紹介してくれますし、旅券の発行もしてくれます」
とクリスさん。
旅券ていうのは、各国にある関所を通るのに必要な手続き書みたいなもので、要はパスポート。
あと本当に食うに困ったりしても、何か代償差し出す契約すれば借金で助けてくれるらしい。身元引受人にもなってくれるから定住して働くときや家借りる時にも便利。
後見人いない私からすれば、なくてはならない場所になりそうです。
で、その契約方法にまたびっくり。
受付の白いアオザイ着た金髪のお姉さん(アオザイじゃなくてチャリムっていうらしいけど)に手を出してくださいって言われて手を出したら、石版に手を置かれて、ぼやっと光ったんだよ! それで名前書いてギルドに登録完了だってさ! 漢字は書けるから名前は直筆ですよ。
この石版よく見れば幾何学模様が彫られてて、この石版から全国各地のギルドに私の情報が行くんだって。もしも借金してもまさしく世界の果てまで追いかけられるね。こういう魔法の技術がいろんなところで活用されているそうです。すごいな!
金の延べ棒一つを一般的なお金の銅貨(こっちも棒)に変えたら六十本ぐらいになります。銅貨三十本で銀貨が一本です。銅貨一本でパンが一つ買えます。
……もらった金額がいきなりずっしりきました。
普通に買い物するなら小銭と小さなカードみたいな木板持っておくんだって。木板にも魔法の術式(?)が刻まれててお店で出したらそこから金額引き出してくれるんだってさ。こんなところでお財布ケータイ持つことになろうとは思いませんでした。
そういう諸々を説明してくれたクリスさんの出生は聞かなかったけど、まぁあんまり言いたくなさそうだから聞かないことにした。旅のことにも詳しいから、きっと長い旅をしたことある子なんだろう。まだ十代なのに人生波瀾万丈だね。
「何か食べますか?」
そう聞いてきたのは、私が大通りの美味しそうな屋台を物欲しそうに眺めていたからかな。まぁ、あの焼き鳥みたいな串焼きとかさ鮮やかな瓶詰の液体とか気になりますよ。
「うんうん何か食べたい!」
宰相のおごりだ! 何でも好きなものを食べようじゃないか。
素直に言うと、クリスさんは思わずといった風に苦笑した。女の子は笑顔が一番だよ。どっかで聞いたセリフだけど。
「では、少し待っていてください。何か簡単にみつくろってきます」
まぁ、私が下手にうろうろしても迷子になりそうだしね。
城下町というのか、大通りは人でごった返している。昼も近いせいか張り出した屋台はどこも盛況だ。店をちゃんと構えているが、こういう飯時には屋台を張り出すのが一般的らしい。老若男女、肌の色も髪の色も様々な人がみんな楽しそうに食事をしている。こういう喧噪、嫌いじゃないよ。
クリスさんは私を手近な屋台のベンチに座らせて、人の波に乗って屋台街へと出かけていった。
うわぁ何買ってきてくれるんだろ。小銭は私が持っているけど、木板は渡したからあれで買ってきてくれるだろう。
わくわくしながら人波を眺めていると、ふいに、口元を覆われた。
さらわれる。
そう思ったときには遅かった。
男の手だと思われる武骨な腕が私の体を軽々と抱えている。
とっさにウィリアムさんから貰った皮包みについていた飾り玉を引きちぎった。
男に気づかれないようにそれを落とした。
私って、ほんと運が悪い。