夫婦とお見合い
「あー、そうだ。北城宰相に会いに行っていいですか? クリスさんも心配しているでしょうし」
「ええ、構いません。ご案内しましょう」
謁見室を出てから、そんなやりとりをして、およそこれから夫婦になろうという雰囲気でもないまま、私は赤銅色の三つ編みにさっきクリスさんに連れられた社長の部屋に案内された。その道行きで、人が廊下を全然通らないことを尋ねたら、何でもこの区域は人の出入りが禁止されているそうで、常に監視の魔術がかけられているんだって。
うわー、本当に監禁されてるんだ。社長。
「北城宰相、何かやったんですか?」
「何も。ただ、私が帰ってきてしまったので、気を回した誰かが私から彼を守るために閉じ込めているのですよ」
その誰か、というのもきっと知っているんだろう。悪魔の背中から冷気が漂ってくる。
「……もしかして、迷い人がお嫌いですか」
何となく、の質問だったのに、三つ編みがちらりと振り返るから驚いた。
「ええ。嫌いです」
嫌いな人間と結婚しようだなんて、つくづくわけのわからない男だ。
そんな廊下での寒いお見合いのあと、私は社長の部屋に通された。
部屋に入った途端、「大丈夫か!」と言われるから、この人も成長するんだなと妙に生暖かい気持ちになった。
「大丈夫です」
答えると、一緒にここに居たらしいクリスさんまで泣きそうな顔だった。
あの男、本当に何やった。
「あの人と結婚することになりました」
部屋の外で煙草でも吹かしてるだろう悪魔を指さすと、二人とも絶句した。
今日はよく絶句される日だな。
「そ、それでいいのか!?」
考え直せといわんばかりの勢いで、社長に肩を掴まれた。
「痛いです」
「あ、すまない……」
「嫌だと言ったら、お嫁さんにさらってくれるとでも? 世界中敵に回したらしいあれを黙らせて」
よしよし。黙れ社長。
「お逃げになるのでしたら、私がお手伝いいたします」
そう言ってくれたのはクリスさん。
「やめた方がいいと思うなー。私もあの鼻っ面へし折ろうと思って奇襲かけたけど、にこにこ笑って止めてくれたし。冗談でなく、邪魔したら鼻歌歌いながら人殺すよ。あの人」
あの心底冷めた目をした男だ。
殺されるだけならいいが、どんなことをふっかけられるかもわからない。
クリスさんは私よりもそれが分かっているようで、悔しそうに押し黙った。
「どうして私を嫁になんて考えついたのか全然わかんないんだけど、今のところ私を殺すとか、飼い殺しにしようとかいう感じじゃないから」
だって、騙そうと思う人に嫌いだなんて言わないでしょ。たぶん。
「大丈夫だって。いらなくなったら放り出すだろうし、困ったら誰かに頼るから。その時は助けてください」
そう言って笑うと、ようやくクリスさんが苦笑した。うんうん。美人は笑う方がいいよ。
社長は大きく溜息をついて、自分の汚い机の上からさっき私に渡してきた箱を取り出してきた。中には私の私物が入ってる。
手渡されて、嬉しくなった。やっぱり私は欲張りなんだろう。
あ、そうだ。お礼と言っちゃあれだけど、元々、社長にこれ伝えに来たんだった。
「北国に行けば、帰れますから。座標とかいうので、こちらの世界に落ちた時にまで戻してくれるみたいですから。北国に行く費用とかは自力でどうにかしなくちゃいけないんですけど、北国での生活やあちらに送り届ける費用なんかは全部保障してくれるみたいです」
社長は、そうかとだけ頷いて、
「ありがとう」
と、苦笑する。
素直な人は好きだけど、これだけ素直な社長は微妙だ。
コンコン、とここから連れ出されるときのようにドアが鳴った。
早くしろってことか。面倒臭いけど腹をくくろう。
「じゃ、お元気で。部屋も片付けて、腐らないで仕事してください。帰るって言えば、あの悪魔も止めないでしょうから」
だって、邪魔なものがいなくなるだけでいいんだから、別に殺す必要なんかない。こちらに来ることは、ごくごく稀なことなんだから。
「クリスさんもお元気で」
「ヨウコ様」
待ってというように手を取られ、何かを握らされた。
何かの小瓶だ。
「どうしても、耐えられない時にお使いください。方法はお任せします」
その、無色透明な液体の正体を知って、私は小瓶を見つめた。
私は、申し訳ない気持ちになった。
私のために、ここまで追い詰められることなんてないのに。
私は、クリスさんの白い手を握り返した。
―――ホントにアンタは何をした。悪魔め。