図星と茶番
美形が驚き過ぎて口をあんぐり間抜けに開けていると、何故だか可哀想になってくる。
初めて知ったよ。
今、目の前に居るからね。
「俊藍」
私と同じ魂を持った、私とは正反対の奇麗な人は私の声にようやく我に返ったようで、床に座り込んだまま、いまだ繕うことができない戸惑いの視線を上げてきた。
おいおい、まるで私が悪いみたいじゃないか。
泣けばいいの? 泣けば誰かが許してくれる?
そんなこと許されてるのは、美人と可愛いお嬢ちゃんだけだ。それに、女のわざとらしい涙は八割方が嘘八百か自分がかわいそうで泣いてるって相場が決まってる。
だから泣いていいのは、この場合、俊藍ってことになるのか。
私はうんざりして肩を竦めた。
世の中ってホントに不公平。
「お嫁にいくのは私。あんたじゃないの」
うっと口を噤むのも奇麗に見えるんだから、余計に哀れだ。相変わらずむかつくな。
でも、うんざりした私の手首をいつかの冷たい手がつかんだ。
「―――行くな」
切なそうな、この世で自分が一番不幸だとでも言うような。
あーもう。
私はとうとう俊藍の前ではやらなかった乱暴な仕草で自分の頭をかきむしってしまった。
くそー社長の汚れが移ったのか。
「いけって言ったり、行くなって言ったり、あんたは何がしたいの。俊藍」
そう言うと、奇麗な人の奇麗な瞳が傷ついたように眇められる。
もう殴っていいかな。
「私が行きたくないって言えば、全部丸く収まるの? それで大丈夫になるの?」
それで私は私が助かるなら思う存分泣き叫んで言ってやる。でも、
「私はあなたの味方だって言ったけど、私は私を助けるために精一杯だから、俊藍の助けには絶対になれないよ」
常に味方になることと、助けることは違う。
俊藍は、常に助けの欲しい人だ。そんな人の助けには、私はなれない。
何故なら、私も人の助けが必要だからだ。
悲しいことに同じ魂ということは、そういうこと。
「―――およしなさい」
静かな女性の声が部屋に響いた。
見上げた先には、高いところからこちらを見下ろしている可愛らしい女性。
俊藍の奥さんだ。
「陛下は、あなたのことを常に案じておられました。まるで御自分のことのように、あれこれと気をかけられ、あなたを東の果ての魔女に預けたことを悔いておられ…」
そうなんだろう。そうでしょうよ。
私は完全に悪者だな。
いつだってそう。
「自分の失敗を悔いるのは当たり前のことでしょ」
絶句した奥さんを、つい冷やかな目で見てしまう。
分かってる?
今ね、私、相当腹立ってるんだけど。
「今、私に行くなって言ってるのは自分の物だと思ってたのに、それがあっさり他人の、しかも鼻持ちならない相手が欲しがってるもんだから、それが気に入らないだけ」
俊藍の肩がびくりと震える。
そうだよね。図星だ。
私には、この人の普段は絶対見せない後ろ暗い部分もよく分かる。
私は、せいぜい欲張りな性分なので、他人に自分が左右されるのが非常に嫌いだ。
常に自分が自分を操り、手持ちの物を確認しているような、ごうつくばり。
弱い人間だ。
王様はそんなところ見せられない。でも、私にはそれが分かるから、
「自分のことをよく知って、分かってくれる人間が側に居るってことは確かにとっても心地いいし、楽だと思う。でもね」
私と同じ、でも私とは正反対の人を見つめる。
湖面のような蒼い瞳に私が映りこんでいる。
「どうしたって分からない人とか、どうやったって言葉の通じない人とか、そんな人ごまんと居るのに、耳に心地いいことばっかり言う人ばっかりと付き合っていくわけにはいかないんだよ」
次に奥さんを眺めると、彼女は眉をぴくりとしかめた。まだ若いんだ。
「見た目よりも気難しいけど、分かろうとすれば応えてくれると思うから、この人の味方でいてあげて」
どんなになったって、優しい人だから。
ほら、と手を差し出すと、私よりも大きな手が私の手をすっぽりと握りこんで、私はその手ごと引っ張って立たせてやった。
手間のかかる子供持ったような気分だ。
アホらしい。茶番だ茶番。
まだしょげた顔している俊藍の二の腕を、
ぱーん!
と叩いた。
くそ。硬い。
どうして私が慰めなきゃならない。
「奥さんとお幸せに。あ、子供生まれたりしたら教えてよねー。御祝いぐらいは言うからさ」
「……痩せたな」
まだ私の手を握ったままの俊藍は、私の目も見ず、視線を落としている。聞けよこの美形。
「当たり前でしょ。これでも砂漠で死にかけたこともあるんだから」
今、あの女どうしてるかな。どうか不幸でありますように。
私が不埒なお願いごとを唱えている間も、俊藍はまるで自分のことのように顔を歪めている。
「俊藍」
この名前を呼ぶのは最後だろう。
だから、少しだけ顔を上げた蒼い瞳を捕えてじっと見た。
「助けてくれたことには感謝してる。東の魔女のところまで届けてくれたことにもね。魔女があんたを裏切っていたのは、そこのあいつが悪いわけだし」
あいつ、と顎で指すと、あの悪魔は口の端を上げた。性格悪いなー。
「戦争に巻き込まれたのも、砂漠で死にかけたのも、全部私に振りかかったことであって、あんたのせいでも、あんたのお陰でもない」
蒼い奇麗な瞳を見るのも、これで最後だ。
「私はあんたの物じゃない。あんたも私の物じゃない。ひとりの人間だよ。何考えてるのか分からない人間。私は他人より少し俊藍と近いだけで、同じじゃない」
だから、
「私は俊藍を恨んでない」
口に出してみて、何だかこれを言いに来たような気もした。
助けてくれた。心配してくれた。それだけで充分だ。それ以上は望まないし、いらない。
たくさん、望まれている人だから。
不意に、手からぬくもりが消えた。
俊藍の手が離れている。
それを淋しいと思うのは、やっぱり彼が私の魂の片割れだからだろう。
「元気でね」
淋しそうな顔だったけれど、まだ納得していない顔だったけれど、俊藍は、いつかくれたように、暖かく微笑んだ。
「お前も、元気で」
ええ。せいぜい元気にやらせてもらいます。
「奥さん大事にしてね」
どうしてそこで渋い顔をする。新妻だぞ。なんて素敵な響き。
「奥さんもお幸せにね。面倒な人だけど面倒見てあげて」
可愛い奥さんも渋い顔だ。とりゃしないよ。こんな面倒な人。
挨拶もそこそこに、くるりと振り返ると悪魔が待ちくたびれたように笑っていた。
ああ、腹立つ顔だ。
だから、わざとらしくにっこり笑ってやる。
「行きましょうか。旦那さま」
悪魔も心得たもので、私ににっこりと微笑んでくる。
「ええ。私の可愛いひと」
この悪魔に絶対ぎゃふんと言わせてやる。
一部ご指摘いただきましたので改変いたしました。
ありがとうございました。