紐パンとパン
情操教育上、よろしくない表現が混じっています。ご注意ください。
社長と話してからすぐまた寝てしまって、起きると朝だった。
昨日だったら、クリスさんがおはようございますと言ってくれたんだけど、今日は無人で、朝ごはんだけがテーブルの上に乗っていた。
おお、なんだ随分、応対変えてきたな。
でも、湯気が立っててまだ美味しそうだし文句はないよ。
何の卵か知らないけどハムエッグにパンにサラダにスープに紅茶。
たぶんこちらの世界の食べ物から私にとって違和感ないものをわざわざ選んで出してくれているのだ。
顔を洗いに洗面所へ行ったらきちんと着替えも用意してあった。本日のお召し物は淡い新緑色のアオザイによく似た服。スリット入った上衣にクリーム色の七分丈パンツ。靴も用意してあって、布製の柔らかくて履きやすそうな靴だった。そういや私、履き古したスニーカーだもんね。
そうそう! 下着は紐式なんだよ! こう要所要所を紐で繋ぐ感じの。たぶん色々デザインあるんだろうけどご想像にお任せします。でも色気のあるパンツなんか持ってないから紐パンは初体験です。(お食事中の方失礼)
歯ブラシはないのかなぁと思ってたら柔らかいブラシがメモ付きで置いてありましたよ。歯磨き粉は塩なんだね。昨日は洗面器とお友達だったから顔洗っただけだったし夜は吐いて寝ただけだったから。……こう説明するとすごい二日目だったな。
今日は天気もいいし健康的に洗濯でもしようかな。洗面所に自然素材ぽい石鹸あるし。これぐらいは見逃してくれるだろう。
朝ごはんの冷めないうちにと身支度を整えて部屋に戻ると朝からけばけばしいまでに極彩色な笑顔をたたえた詰襟服の男性が一人、私の朝ごはんと向かい合って座っていた。ノック鳴ったっけ?
「……ウィリアムさん、おはようございます?」
「おはよう。ヨーコ」
外人から名前呼ばれるとほんと違和感あるな。いつのまにか何か気安い言葉づかいだし。私はまだ慣れないから敬語のままでいかせてもらおう。
挨拶して席に着く間もウィリアムさんの暑苦しいまでの視線にさらされている。おおい。さすがにうっとおしいよ。
「どうしたんですか。こんな朝早くから」
言外にこんな朝っぱらから何の用だよおっさん! という念をこめてみるが通じていないようだ。七色の笑顔は衰えをしらない。
「もう酉の刻だよ」
確かに日はだいぶ昇ってるな。というか外人ばっかりなのに時間の数え方江戸時代ですか。すごいな異世界。
「体調は、もう平気?」
「ええ」
すでに二つ目のパンに手をつけていますよ。
「良かった」
にこやかにウィリアムさん。
何が?
と、思ったけど口には出しませんよ。ええ。大人ですからね!
「今日は君に提案があってきたんだ」
「はぁ……」
サラダを頬張りながら生返事。食事中に話しかけないでよねー。
「私のところに来ませんか」
…………はぁ?
意味がわからなくてキラキラの笑顔を見返すと、ウィリアムさんは心得たように頷く。
「セージ閣下はお忙しい方だから、君のことも後回しになるだろう。だから、代わりといってはなんだけど、私が君の後見人になろうかと思って」
続けられた話を要訳すると(装飾が多くて話長かったので)ボクが君の後見人になって衣食住提供してあげるから、
「要は、あなたの愛人になれと?」
朝ごはんをパンのひと欠片まですっかり食べ終わって満腹ですよ。ごちそうさまでした。
手を合わせている私を不思議そうに眺めていたウィリアムさんにうっかり口が滑りました。だってさー話長いんだよ。いくら歩くフェロモンの塊でも、そんなだとモテませんよ。
私のあからさまな発言に一瞬驚いた顔をしたけど、さすがウィリアムさん、顔の崩れをすぐ修正。大人だ。
「君の戸籍自体は閣下が用意してくださるだろうけれど、あとの生活の保障ははっきりいってままならないと思うよ」
愛人になれ推測に弁解がありませんね。ということはマジか。マジで愛人なのか。
「はぁ……」
そんなに非力でか弱くて可愛い女に見えるのか私。すごいな異世界。
そんなありがたいお申し出をしていただけるとは、まだまだ私も捨てたものじゃないな。容赦は捨てて行こう。
「面白半分で私みたいなのを愛人にしたって、すぐに飽きますよ」
グラマラスでもセクシャルでもない棒っきれみたいな体の背だけ高い私にそういう女性的な魅力を見出すのは難しい。
はっきり言って彼氏いない歴イコール年齢の私にすごいテクニック的なものもない。……自分で断言できるってむなしい人生だわ。
「そんなことは、神様だってわからないことさ」
ウィリアムさんはことさら艶然と微笑む。
おお、美形が言うとさまになりますね。
「黒髪が珍しいとか」
よく聞くじゃないですか。セクシー美女に飽きて珍しい女の子集めたいとか。
「セージ閣下のご親戚がいることは知っているね? だからあまり珍しいことはないよ」
あっさり否定きたー。
「黒眼が珍しいとか」
「前述と同じく」
うーん……。
「だったらどうして愛人なんですか?」
「君が欲しいから」
直球!
思わずおののくと、ウィリアムさんは笑顔を続けた。
「君の白い肌がどんな味がするのか、細くて長い足がどんな風に絡むのか、その可愛い声がどんな風に啼くのか、見た目よりも質量のありそうな胸が…」
「もういいです」
爽やかな朝からなんでこんなセクハラ発言延々と聞かされにゃならんのだ!
言い足りなさそうな顔するんじゃない!
そんなこと聞かされて嬉しがるのはよっぽど自分に自信のあるお姉さんだけだ! 玄人相手にしてろエロおやじ! 今日から歩く十八禁と呼ぶことにします。
「到底私には務まらないことがわかりました」
「どうして? 今からでも相性確かめようか?」
きゃー助けて襲われる!
「謹んで遠慮いたします」
ろくでもないな異世界。てか私の運勢、どうやったら上向くんだ。対人運が最悪なのは充分理解した。
「申し訳ないんですが、私、とても夢見がちな性格でして」
話し始めるとウィリアムさんは面白がるような顔をする。馬鹿にしてるなこの色魔め。
「白馬に乗った王子様がいつか迎えにきてくれて夢のような恋をして夢のような結婚をして一生一人の女性として愛されることが夢なのです」
これぞ乙女の夢だ。どうだ参ったか!
「ですから、ちゃんと奥さんにしてくれない方にホイホイとついてはいけません」
愛人なんてもってのほか。それにウィリアムさん愛人多そうだしさぁ。私に昼ドラ出演は無理だと思うんだよね。まず恋人にすがりつけないと思う。いびられたら夜逃げする。
「あはははははははははっ!」
……おいおいおいおい。爆笑しちゃったよウィリアムさん。美形がお腹抱えて笑ってるよ。
乙女の夢を全力で爆笑しちゃったらいくら美形でも、全世界の乙女、敵に回しちゃうよ?
「やっぱり面白いね! 君は! それとも異世界の女性はみんな君みたいな感じなの?」
「……いいえー、それほどでも。それと私は特殊だと思われます」
世の女性がみんな私のような女だと思われたら私タコ殴りじゃないか。みんな可愛い女の子ですよ! ええ!
ひとしきり笑ったら、ウィリアムさんは今度は思わずといった風な柔らかい笑みを浮かべた。こんな顔初めてじゃないかな。こんな笑顔ならお兄ちゃんみたいでいいのにな。
「三十越えたら結婚しろと周りがうるさくてね。君を正妻に迎えても面白そうだな」
口を開かなければお兄ちゃんでしたよええ。というかやっぱり三十路は超えてたんですね。その美形っぷりに貫録があると思いました。
「ウィリアムさんには、年下で明るくてウィリアムさんが大好きな可愛いお嬢さんがお似合いだと思いますよ」
要は私とは正反対の女の子だ。それにウィリアムさんって社長と話すより話してて楽しいから好きだけど、胃の痛くなるような会話ばっかりで疲れる。
ウィリアムさんはちょっと考え込むような顔をしてるから、思い当たるお嬢さんがいるのかもね。
陰ながら応援しておきますよ。本当に陰ながら。
「それより今日はどうしたんですか? お仕事は?」
人の恋路を邪魔すると蹴られますからね。そっと話題を変えようじゃないか。私を愛人にする発言も一緒に。
案の定、ウィリアムさんはこちらの話題に乗ってくれるようだ。
改めてこちらに微笑んできた。
「護衛官の仕事は今日は昼から。午前中は非番でね」
貴重なお休みに私のお相手とは御苦労さまです。
「今日は君を誘いにきたんだよ」
「え?」
まさか昼からうにゃーんな場所じゃないだろうな。
ウィリアムさんは私の予想に反して爽やかな笑顔で続けた。
「街に出かけてみない?」