南の国の家族たち
ヴィアンドは、小さくなっていく騎影を眺めながら小さく息をついた。
「父上」
同じように隣で見送っていた息子が珍しく心配げに眉をひそめているので、苦笑する。自分の息子ながら、常に天真爛漫さを失わない太陽のような性格だというのに、今回ばかりは翳りが気になるようだった。
「大丈夫だ。ヨウコなら」
そう言ってやるものの、息子アルブルの顔は晴れない。
仕方のないことだ。ヴィアンド自身でさえ、不安をぬぐい去ることが出来ないのだ。
「やはり、東国に行かせるべきではないのでは」
ヨウコには人一倍ちょっかいをかけていた副官が彼女が見れば驚くほど真面目くさった顔でヴィアンドに問うてくる。他の部下たちも見遣れば、彼と同じような顔でヴィアンドを見ていた。
歴戦の猛者であるヴィアンドの部下たちでさえも顔を歪める娘の行き先を思い、ヴィアンドは再びすでに国境高原に消えた騎影を探す。
良い心根の娘だった。
むさくるしい男所帯に放り込まれたというのに、ほとんど文句らしい文句も言わず、それどころか反撃すらして走り回っていた姿は、部下だけでなくヴィアンドも微笑ましい気分になったものだ。
気丈にも騎士でも手こずるような気難しい竜を手懐けて連れているのだから、相当に胆力も備わっているのだろう。
だから、そんな娘が混沌の渦中へ赴くことを留めることができないことに、歯痒さを覚える。
「―――いくら、クルピエの頼みとはいえ、やはり行かせるべきではなかったのではありませんか。父上」
普段の溌剌とした雰囲気はなりを潜め、アルブルは真剣な顔つきでヴィアンドを無言で非難する。
その視線に目を細め、ヴィアンドは息子を見下ろした。
「自分の弟の頼みも聞けぬというのか?」
そして、クルピエの決定は南国の決定でもあるのだ。クルピエの決定は、すなわちヴィアンドの妻である女王が頷いたということでもある。
「南国師軍である我らが口を挟めることでもないのだ」
ヴィアンドは師軍の長であるとともに、妻である南国女王フルール、そして子であるアルブル、クルピエ、ポリテイクを守る家長でもある。
家族を守るためには、時に非情な決断も迫られるときもある。
だが、迎え入れた者は旅人であろうと家族とみなす南国では、今回のクルピエの判断はあまりにもそれに反したものだった。
「―――許せよ。ヨウコ」
ヴィアンドは溜息のように低く、青々とした高原に呟いた。