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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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賢者は北にまどろむ

「僕は君が好きだよ」


 魔術の光に呑みこまれ、叫び声を残して消えた先にアルティフィシアルは呟いた。

 今はもう何も居ない虚空を見つめて微笑む。


 面白い娘だった。



「お前…っ!」


 野太い声が人払いしたはずの部屋に入り込んで、次の瞬間、閃光がアルティフィシアルの周りを無数に焼いた。

 爆音と爆風が天井に向かって立ち上り、辺り一面を白く包んだが、


「―――なんだよ。バルガー」


 静かな声と共に、青白い光が爆風も塵も全て吸いこんで、やがて部屋は元の静けさを取り戻す。


「……彼女をどこへ飛ばしたんですか」


 珍しい組み合わせだ。

 がっしりとした精悍なバルガーの隣から、背の高い上品な男が顔を出した。


「お前まで来るなんてね。ミカエリ。北国は鬱陶しくて嫌いなんじゃなかったのか?」


 アルティフィシアルがそう言うと、ミカエリは不機嫌そうに眉根を寄せた。


「あなた、この後に及んで何を企んでいるんです」


 神経質な双眸で睨まれて、アルティフィシアルは苦笑を返した。

 それが気に入らないらしいミカエリは、溜息交じりに続ける。


「東国の王の呪いに、西国の戦争。ここ最近の動きの裏には、必ずあなたが居る」


 並べながら苛々とした顔になっていくミカエリに、アルティフィシアルは口笛を吹いた。


「よく調べたね」


「ふざけないでください。我々の掟を忘れたのですか?」


「世界への不可侵?」


 世界の大則に綴られる最後の項目だ。


「北国のマイスターは世界の情勢には決して触れてはならない」


 条項のままを述べたミカエリは、アルティフィシアルを睨みつけてくるが、当の本人は肩を竦めただけだった。


「その大則、誰が作ったと思ってるの?」


 バルガーとミカエリは押し黙る。

 そうだ。この大則は、


「僕が作ったんだよ。これ。それに僕は今、マイスターでもない」


 アルティフィシアルは部屋で遊ばせている魔力の塊の明かりをふわりと飛ばして、天井へと誘った。対流に乗るように青白い明かりは他の明かりも巻き込んで天井へと舞い上がる。


「隠居した僕がどんなことをしようと勝手でしょ?」


「アルティ…」


 バルガーが苦々しく呻く。


「やめなよ。バルガー。僕と戦ったところで、北国が半分無くなるだけだよ」


 その言葉が揶揄ではないことは、この場に居る三人全員が分かっている。

 マイスターとは、そういう生き物だ。

 バルガーはアルティフィシアルを鋭く睨んだまま、低く舌打ちした。


「―――俺の術式に無理矢理介入して、あの娘を何処へやった」


「彼女が身につけているものに術をかけようっていう発想は良かったよ。僕もそうしてみたら、無事に送れたみたいだし」


「殺してはいないんだな」


「殺してないよ」


 バルガーとミカエリはアルティフィシアルをしばらく睨んでいたが、それ以上は何も聞き出せないと悟ったのか、部屋を去っていった。

 二人の後ろ姿を見ながら、アルティフィシアルは薄く笑った。


「―――ずいぶん、好かれているなぁ。お姫様」


 大きく伸びをして、アルティフィシアルは指を鳴らす。

 すると、床から忽然と椅子が現れ、彼はそれに腰かけた。


「楽しみだな」


 ミカエリとバルガーは、十二人居るマイスターの中でも特に勘のいい二人だ。

 恐らく、彼らは今、あの娘が重要な鍵になっていることに気がついたのだろう。

 彼らは、この世界を特に愛している。

 だから、今起こっている世界の歪みを見ていられないのだ。


 マイスターとは、迷い人のなれの果てだ、とアルティフィシアルは思っている。

 魔術によって寿命さえも操作し、果てのない異世界の研究に膨大な時間を費やす研究者だ。その至高とも地獄ともいえる術を弟子であった十二人が手に入れた時、アルティフィシアルはその術を封じることにして、自分は国の表舞台から消えた。

 弟子に自分の技を教授することに情熱を傾け過ぎていて、その後の長い時間の重みをまったく分かってはいなかったのだ。

 アルティフィシアルは自分への罰として自ら死ぬことを断ち、そして、弟子たちもそれに倣った。     

 

 そんなアルティフィシアルの元に、一人の男がやってきた。

 男は言った。

 長い時をかけて歪んだ世界を正そうと思う、と。

 アルティフィシアルは嗤った。

 そんなことは、すでにマイスター達とアルティフィシアルが何度も挑んで敗れた今最大の課題だ。

 お前一人に何が出来る、と嗤ったアルティフィシアルに、男は出来ると言った。

 言い切った男が面白く、アルティフィシアルは男にほんの少し手を貸すことにした。

 ちょうど、世界を掻き回すことにも飽きてきたところだった。


 男がやってくる少し前、西国に一人の迷い人の女を王の側に送ったことがあった。

 迷い人の奴隷問題を改善するために行ったことだ。

 西国は、大昔に魔術大国であった名残りとして転送魔術の跡が数多く残されている。今も使用されている方陣も多いが、発掘もされずに放置してあるものが多い。そのためか、迷い人が落ちる時に座標を示されやすい西国に、多くの迷い人が落ちるのだ。他の国では無理矢理こちらへ落とすための召喚でもしない限り、あれほど多くの迷い人が落ちたりはしない。

 この増えすぎた迷い人の問題を解決するために西国に改善を求めたところ、どういうわけか奴隷とする法律を作ってしまったのだ。魔術大国であった頃、北国にも戦争を仕掛けてきていた西国が、北国の干渉をよく思わないことが起因だったようだが、奴隷の問題が他国にまで及ぶと、北国のあちらとこちらとの緩衝材としての役割の意味がなくなる。

 大則の手前、表立って干渉はできないので、王の側に迷い人を置くことになったのだ。

 人選が確実に行われず、その過程はおもわしくないものだったが、結果としては西国は望む形となった。

 北国の干渉を嫌う西国と、北国を受け入れる体裁の東国。

 普段であれば、決して関わろうともしない両国の衝突は願ってもない結果だ。

 この衝突が、あの男によって引き起こされたと知った時、アルティフィシアルは確信した。


 西国の獅子王。

 辺境の怪物伯爵。

 南国の女帝。

 不世出の智将。

 東国の英雄王。

 そして、東国のもう一人の宰相である、あの男。 


 駒が揃った。


 すべての駒が揃った今ならば、男の言う幻想にも近い理想が完遂されるのではないかと。

 

 実際、男の描いた精緻な計画は、一分の隙もなかった。

 彼が居れば、アルティフィシアル達が願った結末が見られるのではないかと思った。

 そんな夢物語の中に現われたのが、あの娘だった。

 ヨウコ・キミジマ。

 彼の計画にとって、まったくの予想外な闖入者。


 本当ならば、この北国の、アルティフィシアルの元に来た時点で元の世界へと送り返すか、殺してしまうつもりだった。

 彼女に魔術が効かないという特異体質だと知った後は、すぐにでも殺すつもりだった。

 だが、己が死んだとも気付かないまま死ぬはずの毒の入った昼食を彼女は一切手をつけなかった。

 彼女は、計画には要らない。

 むしろ彼女のお陰でミカエリもバルガーもアルティフィシアルの不審な動きに気がついたのだ。

 他にもきっと気付いた者が居るだろう。

 彼自身が動かなくてはならない場面は多々あった。

 そのたびにあの娘は殺されかけているにも関わらず、どういう悪運の強さかとうとうアルティフィシアルの前にまでやってきたのだ。

 奇妙で、面白い娘だ。

 人の死を、当たり前のように悼むごく普通の。


「僕は抜けさせてもらうよ」


 アルティフィシアルはもう救われた。

 あの、何も知らない娘の、平凡な言葉に。


「大嫌いなんて初めて言われた」


 面と向かってアルティフィシアルに暴言を吐く者など久し振りだ。

 口の悪い弟子たちと、魔術の研究にばかり没頭していたあの頃のように、自分の予想もつかないことが起こるなんて。これほどまでに楽しいことだったのか。


 アルティフィシアルはくすくすと笑って、椅子の上から天井に浮かべた自分の魔力の塊である青白い鬼火を一つ、送り出す。


「彼女の様子を見ておいで」


 あの娘が送られた先でどうするのか見てみたい。

 今はまだ、東国ではないから殺されることはないだろうが、もしも彼女が東国へ行ったなら、今度は確実に殺されるだろう。

 でもそれでは、アルティフィシアルが面白くない。

 

「さぁて?」


 平凡で、何も知らない迷い人の女に、あの無駄なところなど何もない計画が乱されているのだ。

 これが面白くないはずがない。

 あの娘を無事にあの男の元へと送り届けてやろう。

 全ての元凶のあの男、東国のもう一人の宰相の元へ。 


「君は彼女をどうするんだろうね。―――ラウヘル・小雪・トーレアリング」




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