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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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紋章と火花

 元の世界に帰ったら、落ちた時間に戻される。

 だったら、私がこの世界に落ちたのは、車に轢かれそうになっていた時だ。

 最後の記憶は車のヘッドライトだから、たとえ社長を巻きこんで戻ったとしても、車が急に曲がってくれるとも思えない。

 きっと、帰った瞬間にあの世界には居ない。


 自分のことなのに実感ないなぁ。まだ生きてるからか、それとも私に危機感がないのか。


 あ、そういえば社長。


 今どうしてるのかな。

 戻れないとか言ってたけど、結構あっさり戻してくれそうだからそういうこと諸々話に行ってやろうかな。

 私ってば優しいわぁ。

 社長の思い切り顔をしかめる嫌そうな顔が目に浮かぶ。

 

 そうと決まったら、伯爵に報告しよう。

 遅れたけど、無事に着きましたって。

 ギルドマイスターだっていうあのミカエリ・ジョーンズを上手いこと丸めこんでオレキオ使えないかな。


 そんなずるいことを考えながら、フロントにサリーのことを尋ねたら、ちゃんと預かってくれているようだった。教えられた厩舎に様子を見に行ったら、ステファンが面倒を見ていてくれていたようで、機嫌も良いようだ。

 サリーにステファンが元の世界に帰ったことを話すと、何となく通じたのか、私に鼻の頭をこすりつけた。

 淋しいのはお互い様だ。

 今度は東国まで女二人旅しよう。


 サリーの様子を見に行ってから、私はその足でギルドに行った。

 東国に行く資金の諸々とか、オレキオのことも相談したいと思ったからだ。

 でも、


「こんなところに居た!」


 相談したいと思っていたフロッコートの金髪男が西国語で叫んで窓口を突っ切ってやってきた。

 そうして私の腕をがっちりと掴むと、そのままギルドの奥へと引っ張っていく。


「ど、どうしたんですか? ミカエリ・ジョーンズさん」


「まったくあなたという人は、どういう星の巡りをしているんですか。厄介な人ばかりと知り合って!」


 いくら変人でもこの胡散臭い男が怒鳴るところなんて初めて見た。

 意味も分からず腕を引っ張られていると、彼は廊下の一番奥にあるエレベーターの下のボタンを押す。


「いったい何なんですか?」


「聞きたいのはこちらの方です」


 これまた珍しいことにいつも胡散臭く笑っているミカエリ・ジョーンズに睨まれた。

 ただ事ではないことが起こったらしい。が、


「私に関係あることなんですか?」


 この少なくはない権力を持っているらしい男が慌てるようなことに私が関わっているとも思えない。


「あります。ヨウコさん、あなたはすぐにこの国を出なさい」


 エスカレーターの箱が迎えにやってきたので、それに押し込まれるとミカエリ・ジョーンズはしかめっ面のまま私を見下ろしてくる。


「……それって、ギルドマイスターとしての決定とかなんですか?」


 訳が分からないなりに先制して言うと、胡散臭い男は珍しく目を丸くした。


「どこでそれを聞いたのです?」


「―――ちょっと教えてもらって…」


「私がマイスターであることなど、一部の者しか知らないことですよ」


「え?」


 でも、あの得体の知れない男はさも当然のように教えてくれた。

「これも一部の者しか知らないことですが」と前置きしてミカエリ・ジョーンズは目を細めた。


「この北国に来た迷い人は必ず監視されています。北国に帰順すればそれは外されますし、元の世界へ帰った時点でも同じくです。でもあなただけはその監視がなされていない」


 監視というよりも保護観察という意味合いが強い、とミカエリ・ジョーンズは補足したけれど、監視というならその通りなのだろうが、彼にしては損な言い回しをするものだ。


「あなたへの監視自体はそれほど重要視はされていませんでしたよ。何しろ、あなたの身元はメフィステニス伯爵が保証したうえ、ラーゴスタ侯爵もあなたの証明に協力するでしょうからね。それに、そのマントのこともある」


 じっと、いつも肩にかけているマントを見つめられて、思わず端を握った。


「そのマントには本来ならあってはならない紋様が刻まれているのですよ」


 そう言って、ミカエリ・ジョーンズは丁寧な、けれど有無を言わせないまま私のマントの端をつまんで裏返した。

 そこには、花のつぼみが綻ぶさまを二本の剣が守るような紋様が刺繍されていた。

 そんな紋様、今まで気がつかなかったんだけど。


「これは、東国の王家の紋章です。これがあなたの何よりの身元の証明になった」


 大事なものだ。

 ただ、俊藍の大事なものを預かったような気持ちだったのに。 

 泣きそうになってマントを握り締めた。


「あなたはまったく妙な人です。私とこうして出会うことでさえも珍しいことだというのに、よりにもよってあの人に目をつけられてしまうなんて」


「あの人?」


 ミカエリ・ジョーンズの溜息と一緒にエレベーターは目的地についたようで、甲高い音が鳴る。

 私の質問に答えないままの彼に連れられて降りると、四方を石壁に阻まれた小さな部屋だった。

 薄ぼんやりとした光の灯った場所にもう一人男が居た。


「あ」


「あ!」


 古ぼけたマント姿のむさいおじさんだ。

 酒場で気前よくお酒をおごってくれた、あの。


「なんだ、お前さんだったのか。ヨウコ・キミジマって」


「お知り合いだったのですか?」


 訝るミカエリ・ジョーンズに私は手早く酒を奢ってもらったことを話すと、彼は呆れたように溜息をついた。


「彼はバルガーといいます。彼にあなたを東国まで飛ばしてもらいます」


「え、でも! 私、魔術が効かない…」


 だから、私は東国に地道に行こうと思っていたのに。


「知っています。メフィステニス伯爵に伺いましたからね」


「伯爵が……?」


 ミカエリ・ジョーンズは私の混乱を放り投げて、バルガーというむさいおじさんに向きなおる。あれ、バルガーってどこかで聞いたような名前だ。


「座標は王都の近くが良いでしょう。いいですか?」


「それはかまわんが、お嬢ちゃんは事情を分かってるのか?」


 バルガーおじさんがこっちに水を向けてくれたので、ようやくミカエリ・ジョーンズは私に説明する気になったらしい。

 珍しく笑みの一つも浮かべないまま私を見下ろした。


「ヨウコさん。あなた、アルティフィシアルという人に会いましたね?」


「え、はい」


 あの変態魔術師のことなら。

 私が頷くと、おじさん二人は「はぁあああ」と長い溜息をついた。


「あの人に何を聞いたんですか?」


「え、そんな大したことは…」


 あんまりミカエリ・ジョーンズが苦々しく聞いてくるので、私はあの女装男に聞いたことをかいつまんで話した。

 私に魔術の才能がないってこと。

 この世界と迷い人のこと。


「あなたの聞いたことは、他国の王も知らないことです」


 え、何それ。


「それに、魔力のない人間など珍しい以外の何物でもありません。血が生き物の体を流れるように魔力というものは多かれ少なかれ何にでもあるものですからね。魔術を無効化するなど、今まで事例がありません」


 ですから、とミカエリ・ジョーンズは一度言葉を切って、


「あなた、実験動物にされますよ」


 もう手遅れかもしれません。

 出会い頭に魔術で焼き殺されそうになったし。


「……えと、あの人、何者なんですか?」


 ミカエリ・ジョーンズは非常に珍しいことに思い切り眉根を寄せて顔をしかめた。


「マイスターが十二人いることは聞きましたね?」


「え、はい」


「あの人はその頂点に立つ十三人目にして一人目の魔術師です。世界で初めに魔術を作った人ですよ」


 なんか、とんでもない人だったようです。

 ミカエリ・ジョーンズは今日は大安売りな溜息をついて、しかめっ面を少し和やかにした。


「まぁ、あなたにしてみれば、私たちもあの人のことは言えないほどの化け物ではありますけれどね」


「化け物?」


 胡散臭いとは思うけれど。

 でもそれには答えたくないようで、ミカエリ・ジョーンズは奇麗に私を無視した。


「バルガー、彼女を送ってください」


「あ、ちょっと待った」


 バルガーさんはミカエリ・ジョーンズを避けて、私を覗き込んでくる。


「お前さんだったんだな。コローラルの言ってた娘って」


「ええ、まぁ…未定ですが」


 そう曖昧に応えて思い出した。そうだ。この人だ。バルガーって、伯爵が北国の知人に連絡するって言ってた人。


「聞いてるかもしれないが、俺はバルガー。魔術師やってるもんだ」


「……見えないですね」


 このむさい、肉弾戦が得意そうなおっさんが魔術師とか。魔術師ってなんだ。

 でも悪い人には見えない。

 バルガーおじさんは酒場でよく笑ったように豪快に笑う。


「よく言われる。頼まれたのにあんまり面倒みてやれなくてすまなかったな」


「お酒おごってもらいましたから」


 結局、あの酒場での支払いはこのおじさんが全部もってくれたのだ。

 おじさんは癖なのか私の頭をがしがしと撫でる。


「心配するな。お前さんが元の世界に戻る方法はちゃんと探してやる」


 そう微笑まれると安心はするが、


「でも、私に魔術は効かないんですよね? どうやって魔術をかけるんですか?」


 そもそも、こうまで急いで出ていけとか。

 幾らなんでも強引だ。

 私の戸惑いをわかってくれたのか、バルガーさんは太い眉をしかめた。


「急なことですまないとは思うが、アルティが動きだした今、お前さんはいつだって殺される可能性がある。目的のためなら手段を選ばない、を息するように実行する奴だからな」


 それは分かる気はする。


「そのマントを持ってるってことは、お前さんは王族に保護してもらえる可能性もあるってことだ。さすがにアルティも北国を離れた相手をどうこうする力はないからな」


「―――私、本当に殺されるんですか?」


 いくら珍しいからって、そう簡単に殺されるなんてにわかには信じられないものだ。


「少なくとも、最終的にホルマリン漬けは覚悟してください」


 ミカエリ・ジョーンズの無情なひと言が部屋に響いた。

 この世界に来てから、どうしてこうも命が危険なんだろうか。

 私、アンタに何かしたのか。神様。


「俺はコローラルにお前さんをよろしくと頼まれてる。アイツを怒らせたら俺は命はないから、お前さんをホルマリン漬けになんかはさせないさ」


 爽やかに言ってくれるが、バルガーおじさん。あなたの口から出てきた単語の何一つ穏やかじゃないよ。

 とりあえずとっとと北国とはおさらばするに限るらしい。


「あの、サリーはどうなりますか?」


 彼女と一緒に東国に戻るつもりだったのだ。あの騎竜の多い国ならサリーのお婿さんとか見つけてあげられるかもしれないし。

 ミカエリ・ジョーンズはちょっと意外そうな顔で私を見て、


「でしたら、別の場所から同じ座標に送ってさしあげます」


「ありがとうございます」


「竜のことより、自分の心配しろよ」


 バルガーおじさんが苦笑しながら、狭い部屋の床に向かって手を翳した。

 すると、いつか見たような、複雑な紋様の方陣が瞬く間に描かれる。


「それで、実際にはどうやって私に魔術をかけるんですか?」


「魔術の効かない人間などいませんでしたからね。でも、あなたは他の物に作用している魔術まで効かないわけではないようなので、この魔法陣ではあなたの着ている衣服に転送魔術をかけることにしました」


 服にかけるとな。

 でも嫌な予感がするので、淡々と説明してくれるミカエリ・ジョーンズに訊いてみる。


「……失敗したら?」 


「あなたの着ている服だけが座標に転送されますね」


 男二人が居る狭い部屋に、取り残される真っ裸な私。

 嫌だ。

 ものすごく嫌な構図だ。


「失敗しても死にはしませんよ」


 私の尊厳はどうなる!

 人として!

 私がいったい何をした神様!

 謝るから教えてほしい。


「いけるぞ」


 バルガーおじさんの準備が終わったらしく、ぼんやり輝く魔法陣の中に私は立たされた。

 お、この前みたいに消えない。

 私は上着に入っている伯爵の万年筆と手帳、それから相棒のマントを撫でた。

 上着のポケットの中に何か入ってると思ったら、ステファンとお揃いに買ったツリー飾りだ。触れるとりーんと澄んだ音が鳴る。ステファンは、きっと無事に帰れただろう。


「伯爵に、私は無事だって伝えてください」


 あえて失敗することには目をつぶって、バルガーおじさんに言ったら、「わかった」と二つ返事で頷いてくれる。それから「俺も頼みたいことがある」と切り出した。


「東国に行ったら、会って欲しい奴がいる」


 魔法陣を維持するためか魔法陣に手を翳したままのバルガーおじさんが、まじめな顔で私を見た。 


「東国に居る俺の弟子でな。今、厄介なことに首突っ込んでるみたいなんだ」


 え、この肉体派を師匠にするってどんな肉弾戦な弟子なんだろ。


「天才だが、どうも思いつめるタイプでな。宰相補佐に帰ったはいいが、うまくやっているか心配だったんだ」


 宰相補佐?


「会えるかどうかわからんが、俺の名前を出せば会ってくれるはずだ。銀髪で目立つ奴だから、名前を出せば誰かがすぐ分かる」


 えっと、まさかね?


「ハイラント・アセク・ジンブリウムという」


 あの、有害銀髪か!!!

 そういえば、アイツ魔術師だったな!

 まだ生きてるのかアイツ!


「ん? 知ってるのか?」


 頭抱えた私に、バルガーおじさんの不思議そうな声がかかるので、


「知りません」


 思わず他人のふりしました。実際他人だしな!

 何にも知りませんよええ!

 あなたの弟子がどんなやんちゃやってるかなんて全然ね!

 しかし世間は狭い。

 北国で、有害銀髪の師匠に会うとは。

 そして師匠がこんな良い人なのに、弟子があんなだとは仏様でも分かるまい。


 今度は私が苦虫を潰したところで、バルガーさんが操ってた魔法陣から青白い火花が散った。


「これは…っ」


 ミカエリ・ジョーンズの切迫した声と一緒に、火花はどんどん増えて、あっという間に私を囲んでしまう。


「ヨウコ!」


 最後に誰かが私を呼んだ。

 でも、私はそれが誰かも確かめることが出来ずに、真っ白い世界に引っ張り込まれた。



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