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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
103/209

木と小姑

 幾つかの街に立ち寄って幾日か経つと、最初のうちこそ遠慮がちだった見た目は子供で中身は大人を地で行くステファンは、すっかり口うるさい小姑になってしまった。

 宿を取るにもあれはだめここがいいとか、お酒を飲み過ぎるなとか、ふらふらと街へ出かけるなとか、無駄なお土産を買うなとか。

 でも、生来面倒見のいい性格らしく、徹夜で原稿をしていたらお茶を入れてくれるし、酒場では無防備に男と飲むなと口酸っぱく忠告してくれる。

 どうやら、旅の資金のほとんどを私に頼っているのを気にしているようだった。


「またこんなに酒を買いこんで」


 ステファンはそう小言を付けくわえてから地酒が三本ほど入った袋をサリーの鞍にくくりつけてくれた。


「いーじゃない。ステファンも飲めば」


「俺は酒を旨いと思えない」


 つまらない二十五歳だ。


「お前のご主人さまはどうしてこんなに酒好きなんだろうな」


 そう言ってステファンがサリーの首を撫でると、彼女は同意するように「クゥ」と鳴く。近頃じゃ、ステファンの方がサリーと仲が良いぐらいだ。サリーの裏切り者。やっぱり女は男が出来ると友情より恋なのか。


 今日も朝日が昇ったばかりで街を発つことにしている。

 乾いた気候だったはずが、近頃では濃い朝靄で前が見えないことが多い。

 荒野にも枯れ木や岩よりも草地が多くなってきていて、砂漠も伯爵の住む荒地もすでに遠い。

 ステファンと旅をするようになってからは彼が荷持と一緒にサリーに乗り、私はほとんど徒歩だ。お陰で街に着くとよく眠れる。


「じゃぁ、気をつけてね。兄弟げんかしないようにね」


 そう笑ったのは宿屋の女将さんだ。

 私とステファンは年が近くとも見た目が大人と子供だ。だから、説明も面倒なので兄弟として通している。

 宿から発つ私たちを、気のいい宿屋の女将さんが見送ってくれることもあって、今日の女将さんは昼ご飯にとサンドイッチも作って持たせてくれた。

 女将さんも旅人を送ることには慣れていて、私たちは軽く手を振っただけで別れた。 

 この街では朝早くから市が立つので、往来はすでに賑やかだ。

 西国の辺境だったはずの荒野では、迷い人狩りや戦争の話題を囲んだ人々がどこか息を潜めて生活していたので、更に辺境のこの地域の人々は自分たちの生活だけに生きていてどこか伸びやかで平和だ。

 そういう地域になってくるとステファンも私も、あまり迷い人だとかそういうことを気にしないでいられた。


 旅の最中、ステファンとは色々な話をした。

 

 彼は自分が消えた十五年間の元の世界のことを知りたがったけれど、私は彼が住んでいたイギリス (ユナイテッドキングダムって英国のことだったとあとで思いだした) のことをよく知っているわけじゃないから、記憶にある大きな事件を話してきかせた。

 ステファンの方もまだ十歳だったこともあって、それほどちゃんとした元の世界の記憶があるわけじゃなくて、私のテロがどうとか世界的不況がどうとかいう話にはいまいちピンとこない様子だった。彼が話すのはほとんどが西国に来てからの話だ。

 ステファンは、迷い人の村に近い荒野に落ちた。だから、迷い人の村の人に拾われて、幸いにもイギリス人の血が混じった迷い人の子孫の夫婦に預けられることになった。最初は言葉も何もかもが違う生活に戸惑って、養父母に元の世界へと返してくれとなじったりもしたそうだ。だが、彼らは根気よくステファンの不安を宥めて、彼に言葉から一つ一つ教えた。子供のいない夫婦だったので、ステファンは可愛がられたそうだ。


「そもそも村には、子供はほとんど居なかった」


 草地の目立ってきた荒野を二人でぽくぽく歩きながら、ステファンは日除けのマントから地平線を見つめていた。


「迷い人と、この世界の人間とではうまく子が出来ないようなんだ」


 研究者みたいにそう言ったくせに、ステファンは気まずそうに私と視線を合わせない。


「だから村じゃ、近親相姦が繰り返されていて、そのせいでまた子供ができなくなっていた」


 だからステファンは歓迎されはしたものの、ステファン自身の体は大人になるわけじゃない。いつまでも落ちた時のままだ。


「迷い人がどうして年をとらないのかは、子孫たちもよく知らない。俺は、やっぱり別の世界の人間だから、この世界には馴染めないんだと思っていたが」


 それは私の疑問の一つでもある。


「北国についたら、ヨウコはどうするつもりなんだ?」


 とりあえずは自分の疑問を解消する。


「それで?」


 それで?

 もしも、北国で言われたらどうしよう。

 元の世界へ帰れるって。


「―――わかんない」


 ぽつんと言った私を、ステファンは出来の悪い妹を見るみたいにして苦笑した。


 地図を見ながら休憩して、すっかり手に馴染んだ方位磁石で方向を確認しながら辿りついた街は、今までの岩ばかりの街とはまた一風変わった街だった。


 森みたいに木々に囲まれていて、街の周りはほとんど草地だ。

 ツリーを飾るみたいに木々に吊るされたランプの明かりが灯される頃に着いたから、ぼんやり浮かぶ木の家々はまるでおとぎ話の世界だった。

 道はならされた土の道で、久しぶりの感触に固い岩の道に慣れた私はふわふわとスポンジの上を歩くような感覚になった。


「可愛い弟さんですね」


 まず立ち寄ったギルドで、愛想がいい受付のお姉さんがにっこり笑って言った。

 村に居た頃は着のみ着のままだったので、新しく服を買って身奇麗にしてあげると、予想外に上品な赤気のお坊ちゃんが出てきたのだ。私の背の半分しかない華奢な色白だし、切りそろえた赤毛はふんわりとしてて撫でると気持ちいいぐらいだし (ものすごく嫌がられるからあんまり撫でられないけど) 、新緑を思わせる緑の吊り目は賢そうだし、実際、その可愛らしい口から出てくるのは大人の皮肉だ。 私は憮然とするステファンをひとしきりお姉さんに自慢して原稿を渡してお金をもらう手続きをするのが、ここ最近の日課になっている。


「にやにやするな。だらしない」


 決まって不機嫌になるステファンに「まぁまぁ」と言って、宿を探す。

 こうしていると、本当に弟が出来たみたいだ。

 見つけた宿屋の主人は騎竜を珍しがったけど、快く厩を貸してくれたので、サリーに干し草をあげてから彼女を休ませて街に出かけることにした。

 ついでに夕食も食べるから、ステファンも一緒だ。 


 森に囲まれた、というよりも森の中の街は歩く人もなんだかおとぎ話の中の人みたいで、自分まで妖精の国だか何だかに迷い込んだようだ。

 でも、道すがら買ったホットワインみたいな地酒はお腹にしっかりとアルコールを満たしてくれた。


「飲み過ぎるなよ」


 今ではすっかり私の懐を管理しているステファンは、横目で私をぎろりと睨んでくる。


「はいはい。ステファンは欲しいものないの?」


 おとぎ話の商店街みたいな店が立ち並ぶ街路には色々な店がある。小窓のついた店には木で作ったらしいおもちゃが見えたし、大きな間取りの本屋には、びっしりと小難しいハードカバーの本が並んでいたし、上品なツタ模様をかたどった入口のアクセサリーのお店にはアンティークみたいな宝石が並んでいる。

 ぼんやりとランプに照らされた店は旅人や商人相手でもあるらしくて、この夕食の時間でも人通りは多かった。


「―――元の世界で、住んでた街みたいだ」


 ステファンがどこか遠い目をしてぽつりと言った。


「よく父さんに連れてきてもらったんだ。dinnerを外でとる時には、遅くまで開いてる店の通りを通っていって」


 おもちゃをねだってそれをいつも買ってもらえなかった。でも、


「必ずChristmasにはそのおもちゃをくれた」


「そっか」


 お父さんとの晩御飯の記憶も、クリスマスの楽しい思い出も、きっと何度も自分の中で繰り返したんだろう。

 ステファンの目には、もう懐かしむような色はなかった。

 

「それを養父母に話したら、それを真似て、俺が家に来た日に毎年ご馳走を食べるようになったんだ」


 そう話すステファンは、今度は暖かく笑った。


「あ、あれ買おう」


 私の目についたのは、金属で作られたストラップみたいな飾りだ。

 店のおじさんによると、年に一度のお祭り用の飾りで、祭りの日に一斉に木に飾るんだそうだ。

 馬や家、人や動物が薄い金属で影絵みたいに切り取られていて、何かに触れるとリーンと澄んだ音がする。


「これにしよ。ステファン」


「どうして俺に聞くんだ」


 私の隣で退屈そうにしていたステファンは呆れて溜息をつく。


「ステファンも買うからだよ」


「俺はいらない」


「どれにしようかなー」


 ステファンの不満を聞き流して、私はずらりとツリーの飾りみたいに吊るされた飾りを物色した。

 あ、ハート型がある。どこの世界も何だか似てるもんだな。


「ステファンはこれにする?」


「いらない」


 ハート型はお気に召さないらしい。

 ふと目についたのは、わっかが幾つも重なったみたいに動く丸い飾りだった。ゆらゆら輪が動いて面白い。


「これにしよう。おじさんこれ二つ」


「はいよ」


「おい!」


 ステファンの有無を無視して支払いを済ませたら、やっぱりステファンは不機嫌だった。


「はいこれ」


 私は飾りを一つ、ステファンに差し出した。


「……何で、俺に」


「いいじゃない。お揃いで」


 その様子を店先で見ていたおじさんは笑った。


「仲がいいねぇ。ここらじゃ、普通そういうのは恋人同士でやるんだよ」


 ステファンが何故か真っ赤になった。

 

 そのおじさんに教えてもらって美味しいシチューの夕食にありついても、ステファンは何だかふてくされたままだった。

 何よーもう。


 宿に帰って一緒の部屋で眠る前、ステファンが自分の手を出してきた。


「ん」


「―――なんですか、その手」


 街の様子をランプの明かりで書きとめていた私は思わず顔をしかめた。何を出せっていうの。今まで不機嫌だったくせに。


「さっきの」


「さっきの?」


 オウム返しの私に、とうとうステファンは白い顔を真っ赤にした。


「さっきの飾りをくれ!」


 ああ。そういやまだ私が持ったまんまだった。

 ベッドの脇にある今ではすっかり愛用になった肩かけ鞄のポケットから飾りをひっぱり出すと、鞄にかけていたマントがばさりと落ちてしまった。

 私の無精に、ステファンは思わずといった風に溜息をつく。


「はい」


 呆れ顔の彼に飾りを渡して、私はマントを拾いあげた。

 しかしこのマントは丈夫だな。まだ草臥れもしてないよ。


「そのマント、大事なものなのか?」


 私の様子を見ていたらしいステファンがやたら静かな声で訊くので、私も何だか丁寧にマントを畳んだ。


「うん。大事な人からもらった大事なマント」


 孤独で残酷で、面倒臭い私の魂の片割れ。

 元気にしているだろうか。


「……おやすみ」


 ひとに尋ねたくせに、ステファンはさっと顔をそむけて向かいのベッドに入ってしまった。難しい年頃なんだろうか。年上だけど。


「おやすみ、ステファン」


 私もマントを脇に置いて、手帳や万年筆を片付けてからランプの明かりを落とした。


「―――なぁ」


 ベッドに潜りこんだら、寝たと思ったステファンの声がした。


「なぁに?」


「ヨウコは、この世界で特別大事な人がいるのか?」


 ステファンと川の字で寝るようになってから、初めて訊かれた。

 ステファンには、今までの私のことはほとんど話していない。


 大事な人は、いるんだろうか。

 大事にしたい人たちは居る。

 でも、今まで生きることに必死で、助けられることに感謝していたから、誰が特別かなんて考えたこともない。


「―――わからない」


 素直に応えたというのに、ステファンは何だか布団の中で笑ったみたいだった。


「ヨウコらしいな」


 私らしい?

 なんだそれは。


 そんなことを考えるうちに、私の方がうつらうつらとしてきて、夢の中に吸い込まれていった。



―――それから、数日後、私たちは北国の城門に辿り着いた。



誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。

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