ふたりのヒーロー
――俺はみんなの中から抜け出して、果てのない黒い海を泳ぐ。
赤い砂の地へ、息継ぎするように戻っては、また繰り返す。
いつ見てもみんなは変わらなかった。楽しいのは自分だけ。
それが今、誰の意志かも分からない変化が、みんなを揺らしている。
――ひとつじゃなくても、いいんじゃないか。
「放課後、宇宙人に会いに行くぞ」
朝の教室で、隼が意気揚々と宣言した。そばにいた僕と琉生は同時に声を出す。
「宇宙人?」
「昨日、山の中で見つけたんだ。ミステリーサークルをな!」
探検好きの隼の目はいつにも増して輝いていた。田んぼばかりのこの田舎町で、いつだって隼は新しい遊びを思いつき、僕たちを引っ張っていく。
「ミステリーサークルって、畑に変な模様ができるのだっけ?」
肩まで伸びた髪をさらりと揺らし、琉生が首を傾げた。物静かな彼女は考えることが好きで、謎とあらばすぐに飛びつく。
放っておけばどこへでも行ってしまう危なっかしい二人を冷静に見守るのが、この僕だ。
「いや、あれは人間の仕業だって証明されてるはずだよ」
横やりを入れる。確か、イギリスの二人組が始めたイタズラだったと思う。
どちらにせよ現実主義の僕には、宇宙人だとかUFOなんて話を信じる気にはなれない。
「叶多、夢のないこと言うなよ。今度こそ本物かもしれないだろ?」
隼が得意気に笑い、琉生は「まずは見てみなきゃね」なんて真面目に言う。
僕は肩をすくめてみせたが、こんな突拍子もない企みに付き合うのには慣れていた。
先月は池に浮かぶクラゲをタモで捕獲したら、ただのビニール袋だった。風もないのにすすきの間を通り抜ける透明人間の正体はタヌキだったし、夜に川で口笛を吹いていたのは十月には珍しいカジカガエルだった。隼の発見はだいたい空振りで終わる。
僕たちは幼稚園の頃からの親友だ。仲良くなったきっかけは思い出せないが、小学六年生の今でも気が合っていつも一緒にいる。スマホをいじってばかりのクラスメイトとは違い、僕たちは外で遊ぶほうが好きだ。そもそも、三人ともスマホを持っていない。
隼は祖父母と暮らしていて、家にあるのは固定電話だけ。
琉生は以前は持っていたが、「心に悪影響」と親に没収された。服装にも口うるさい、少し厳しい家だ。
僕は必要だと思ったことがない。会いたい友達には会いに行けばいいし、調べものは父さんのパソコンで足りる。スマホがないせいでクラスの話題にはついていけなくても、三人でいればそんなことは気にならない。
隼と琉生は今日もヘンテコな謎を追いかけ、僕はその後ろをついていく。
窓の向こうには、澄んだ青空が広がっていた。
放課後に鉄塔の前で待ち合わせた僕たちは、町はずれまで自転車で飛ばし、隼の案内で山の中へ進んだ。やがて視界が開け、古びたビニールハウスがいくつも並ぶ場所に出る。
隼のあとを追って奥のハウスに入ると、雑草が足元を覆うように生い茂っていた。
「ほら、あれを見てみろよ」
隼が指差す先に、雑草が生えていない不自然な円形のスペースがあった。その真上だけ天井がなく、丸く切り取られた空と地面の模様がぴったり重なっている。
「これがミステリーサークルだ!」
「うわあ……すごいね!」
二人がハイタッチを交わす中、僕はまだ信じられないでいる。
「誰かのイタズラじゃないの?」
「こんなところに作っても誰も見ないだろ? てことは、宇宙人の仕業なんだよ」
隼が両手を広げ、空を仰いだ。
「ねえ見て、この円の中、草が一切生えてない」
琉生は地面の土を手で触ると、リュックから青色のカメラを取り出し、写真を何枚か撮った。スマホの代わりに買ってもらったというそのカメラは、シャッターを切るとすぐに写真がプリントされるアナログタイプだ。
西の空が夕焼けに染まる頃、隼が「そろそろやるか」と一枚のメモを取り出し、それを琉生が覗き込む。
「ベントラーベントラースペースピーポー?」
「おう、これで宇宙人を呼べるらしい」
「なるほど、交信術ってわけだな」
僕が茶化すと、二人は顔を見合わせて笑った。
「幼稚園の頃はいつも宇宙人ごっこしてたくせに。ねえ、隼」
「懐かしいよな。紙皿をUFOにして飛ばしてたっけ」
「ええ? なんの話だよ」
「あんなに夢中だったのに、まさか忘れちまうなんてなあ」
「凄かったよね。一人で宇宙人を探しに行って騒ぎになったことも――」
「も、もういいだろ、昔のことなんて。大体、お前たちが変わらなすぎなんだよ」
恥ずかしそうに顔を赤らめる僕を見て、二人は更に盛り上がる。
「それより! 宇宙人が地球を侵略するって言い出したらどうするんだ?」
焦って話題を切り替える。隼が、「うーん」と唸ってから僕の肩をポンと叩いた。
「お前に任せるよ。うまく説得してくれるだろ?」
冗談めいていても、本気で宇宙人の存在を信じている隼の眼差しは真剣だ。
馬鹿になんてできるわけがない。
「……任せとけよ」
僕たち二人は笑顔で拳を合わせた。
天井に開いた丸い空を見上げる。夕陽は沈みかけ、辺りは暗くなり始めていた。
「それで、どうする? 三人で中に入る?」僕はミステリーサークルを見つめた。
「私はパス。宇宙人が現れる瞬間の写真を撮りたいから」
「なら、オレ一人でいいぞ。もしなんかあった時、二人が残ってるほうが安全だしな」
「へえ。隼、ずいぶん賢くなったな」
「このやろ」
隼が僕の頭を乱暴に撫で、琉生のカメラがカシャリと音を立てた。
隼がミステリーサークルの中央に立ち、両手を広げ空に向ける。
「よし、いくぞ……ベントラーベントラースペースピーポー!」
どうせ何も起きない――そう思った直後、光に包まれた。眩しさに顔を手で覆った時には、光はすでに消え去っていた。
「……なんだ今の。稲妻?」
空に異変はない。
「ねえ、どうしたの?」
琉生の視線の先で、隼が両手で目を抑えてうずくまっていた。
「隼、どうした? もう眩しくないって」
「…………」
僕が声をかけても微動だにしない。
おかしい。いつものあいつなら、歓声を上げて饒舌に話し始めるのに。
「隼……なあ、隼!」
僕は隼の手を無理やり引き離す――その瞬間、息を呑んだ。
隼の目は、顔の半分を占めるほどに大きく見開かれ、真っ黒に塗り潰されている。
琉生が裏返った声で叫んだ。
隼は何かを確かめるようにゆっくりと手足を動かしていた。
まるで、誰か別のものが動かしているみたいに……。
僕はとっさに琉生の手を引いた。
薄暗い林を抜け、道を下り、時折後ろを振り返りながら夕闇の中を駆け抜けた。
自転車を置いた外灯の下まで辿り着き、息を整える。
琉生はポケットから一枚の写真を取り出し、それをじっと見つめてから、僕に手渡した。
「これ、あの時の……?」
両手をあげている隼の頭から、光が発している。
——いや、光が隼の頭に向かって降りてきたようにも見える。あの光は本物だった。だとすると、やっぱり……。
「宇宙人の仕業、なのかな。隼、明らかにおかしかったもん。大人を呼んだほうが……」
琉生の声は震えていた。
確かに、隼のことは心配だ。それなのにどうしてか、あの存在には触れてはいけない気がして、僕は無理やり言葉を絞り出した。
「きっとすぐに元に戻って帰ってくるはずだよ。今は待とう」
僕がそう説得すると、琉生はしばらく迷ったのちに頷いた。
「あんな姿を見られたら、みんなに何を言われるかわからないもんね」
自分に言い聞かせているように聞こえたのは、僕も同じように不安だからだろう。
家に帰っても、隼の異様な目が頭から離れない。落ち着かないまま夕食を済ませると、電話が鳴った。僕の心臓は跳ね上がった。
隼の祖母からで、嫌な予感が的中した。
「じゃあ、父さんたちは探すのを手伝ってくるから、お前は家にいるんだぞ」
心当たりを告げようか悩んでいると、母さんが「大丈夫よ」と微笑んだ。
「叶多だって幼稚園の頃、一人で遠くまで行っちゃったことがあったでしょう?」
「あの時は心配したな。でも、お前もこうして無事に帰ってきたんだから」
優しい顔を曇らせたくなくて、結局何も言えなかった。
僕は両親を見送った後、じっとしていられず、懐中電灯を持って家を抜け出した。自転車にまたがろうとした時、後ろから声がかかる。琉生だった。
「うちの親も探しに行ってるの。ため池とか、川のほう。だから私たちは、あそこに」
「うん、行こう」
自転車で山の麓まで行き、懐中電灯で足元を照らしながら、記憶を頼りに登っていく。
考えが巡って喋れずにいると、琉生がぽつりと話し始めた。
「もう覚えてないと思うけど……幼稚園の頃、私、おままごとでお母さん役がやりたくてね。お姉さんでもよかったな」
突然、何の話だろうと思いつつ、口は挟まなかった。
「女の子たちに仲間に入れてもらうんだけど、いつもお父さん役にされて、悲しかった。そしたら叶多が、一緒におままごとしようって誘ってくれたよね。『俺がお父さん役をやるから、お前はお母さん役な』って」
僕が無言でも構わずに、琉生は話し続けた。
「叶多は、私のことを、初めて女の子として見てくれた人だった。だから叶多がいなくなっちゃった時、もう帰ってこなかったらどうしようって、怖かったんだ」
「それって、僕が宇宙人を探しに一人で遠くに行ったっていう……」
「うん、その時。隼なんて泣いてたよ。……隼はさ、家が大変だったから、毎日同じ服着てからかわれてたでしょ。私は何もできなかったのに、叶多は『気に入った服着て何が悪いんだよ』って、みんなの前でかばってあげてた」
「よく覚えてるなぁ……そんな昔の話」
「叶多と違って記憶力いいからね」
琉生は誇らしげだった。
「私と隼にとって、叶多はヒーローだったんだよ。だけど、帰ってきてからは少し変わったよね。前より大人しくなったっていうか」
「へえ。なんか……僕って、変な奴だったんだな」
「ううん、違うよ。最初は別人に見えたけど、叶多は、やっぱり叶多のままだったよ。私と隼のこと、嫌いにならないでくれたもん」
「何言ってるんだよ。嫌いになる理由なんてどこにもないのに」
琉生はふふっと笑って、それ以上は何も言わなかった。
暗い山道の先に、ビニールハウスが見えた。琉生と顔を見合わせ、あの場所に足を踏み入れる。
満天の星空の下、ミステリーサークルの中心に立っていた隼は、僕たちが雑草を踏む音で振り向いた。
あの大きく開かれた目は、元通りになっていた。しかし、光は宿っていない。
――やっぱりこいつは、隼じゃない。
鋭く睨みつける僕を追い越して、琉生がサークルの中に飛び込み、そいつの肩を揺さぶる。
「しっかりして、隼! 乗っ取られちゃだめ!」
その瞬間、また眩い光が弾けて僕は顔を背けた。
恐る恐る目を開けると、琉生が両手で顔を覆って立ち尽くしている。
隼の体を借りた何者かが一歩前に出てきて、僕は後ずさりした。
「帰還しろ。我々の元へ」
――なんだって?
呆気に取られていると、琉生がゆっくりと顔を上げた。瞳は、すでにあの不気味な黒一色に染まっていた。
「る、琉生……っ」
呼びかけには答えず、無表情でじっと僕を見ている。
「あなたは忘却している。かつて我々と同一であったことを」
思わず口をつぐむ。二人から何度も言われてきた言葉が、今の隼の声に重なって脳裏で反響する。
――そもそも僕は、本当にあの頃を体験したのだろうか?
光まで吸い込みそうな瞳の奥を交互に見つめると、奇妙な感覚に襲われた。この二人を随分昔から知っている気がしたからだ。
膨れ上がった違和感の正体が、今、ひとつになった。
「……僕が、宇宙人なんだな」
記憶が、静かに僕を飲み込んでいく。
――数えきれないほどの星々が燃え尽き、また生まれる間、僕たちはひとつだった。無数の粒が集まり、同じ思考を共有し、全体として在り続ける。
僕たちは遥か遠くの星に宿り、そこから得られるエネルギーを糧に生きていた。だが、星は寿命を迎え、僕たちは新たな拠り所を求めて宇宙を漂った。
地球のそばを通り過ぎる時、誰かに呼ばれている気がして、僕は地上に印を残した。
それがこのミステリーサークルだった。
その場にいた少年と、僕は溶けるように混ざり合い、分かれた。
少年は宇宙へ渡り、僕は叶多になった。
慣れない体で必死に世界に馴染もうとしているうちに、だんだんと元の自分を忘れていった。
隼と琉生は、以前とは違う僕を受け入れ、そばにいてくれた。
「あなたは『個』として存在している。同一を拒む意志が生まれ、我々を乱している」
だから、僕に帰れというのか。ひとつに戻すために。
「……二人を返してくれ」
「我々が帰還すれば、彼らの沈んだ意識は戻る」
僕が応じなければ二人は戻れない。それに、僕という前例が、更に多くの同胞をこの星へ呼び寄せ、新たな犠牲を生むかもしれない。
僕は、隼と交わした約束を思い出した。
「わかった。その代わりに、先に彼らを戻してほしい。無事を確認したら、すぐに向かう」
「果たされなければ、再び迎えに来る」
彼らはサークルの中で背を向けた。その首が天を仰いだ瞬間、糸が切れたように二人がその場に崩れ落ちた。
僕ははっとして駆け寄り、サークルに入らないようギリギリのところで足を止め、覗き込む。二人は唸りながら頭を抱え、ゆっくりと目を開いた。
「あれ……夜になってる? オレ、寝てた? 宇宙人は?」
「隼! よかった、元に戻ったんだね」
止めていた息を、深く吐きだした。鼓動が落ち着くのを待たずに、僕は立ち上がる。
帰ってきた叶多は、混乱して立ち尽くしてしまうかもしれない。
それでも、きっと大丈夫だ。最高の親友がそばにいるから。
「隼、誰に何言われてもへこむなよ。琉生は、堂々と自分らしくいればいいんだ」
不思議そうな顔をしている二人をサークルの外へと追いやり、僕は中に入った。
「……あとはよろしくな。本物のヒーロー」
胸に手を当てて、一人そう呟く。
動揺する二人を背に、僕は空を見上げた。
輝く夜空に、流れ星が消えていく。
僕は願った。三人が、これからもこの星で、夢を追っていけますように――。
――目を覚ますと、俺は地に足をつけていた。久しぶりの感覚だ。
「叶多!」
後ろから男二人の声がして、俺は振り返った。
隼と琉生だ。
二人のこともずっと観測していたのに、こうして目の前にすると懐かしく思えた。
「心配するな、全部終わったから。それより、まずは山を降りよう」
俺が腕時計を見せると、二人は慌てだした。
明日にでもちゃんと説明してやろう。
ふと後ろを振り返ると、そこにあったはずの円は、揺れる草の影にまぎれて見えなくなっていた。
『全部終わったって?』
――ああ。連中は、火星で片づけてきた。放っておいたら地球に向かいそうだったからな。
『いつ? どうやって? 僕からはそっちを観測できなかったんだ』
――隼と琉生の中にいた、あいつらが戻ってきた時。みんながざわついてたから、矛盾した思考を思いきりぶつけて混乱させてやったんだ。それで全滅。
『無茶するなよ。みんなでひとつなんだから、自分の命だって危ないのに』
――俺も消える覚悟だった。でもお前に引き寄せられて、命拾いしたよ。
『宇宙で会えてよかったな。ふたりでひとつになれるなんて思わなかったけど』
――ははっ。これも一つの進化ってやつだろ。
それより、未来に備えないと。
今から約五十年後、でっかいやつが地球に衝突する。
このままだと人類滅亡だ。
「うっそだろ!」
僕はすっとんきょうな声をあげた。
2026年4月に書いたものです。
そのあとで映画【プロジェクト・ヘイル・メアリー】を見て、生態系が若干似ている!?と思ったのですが、よくある設定なのかもしれません。
冒頭のモノローグは、本来の体の持ち主である叶多の声。
ちなみに琉生は、体は男、中身は女の子です。




