表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

比喩表現ってなんでしょうね

作者: 朝日 橋立
掲載日:2026/06/16

比喩表現が必要か否かみたいな議論があったような、あるいはなかったような……。

どうにも記憶の怪しい今日この頃ではありますが、個人的にはやはり比喩表現というのは好ましいなと思います。


さて、ご存じの通り感情というのはひどくアナログのものです。

途切れのない連続したものとして存在するこれらを、私たちは時折言葉によって切り取ります。


例えば、炎がゆらゆらとしているのを見て、「これは燃えている」と形容することでしょう。

「燃えている」この言葉は眼前の炎のみに適用されるものでしょうか?

遠い場所、誰かが付けたマッチの火や蝋燭の火なんかも「燃えている」と言えます。


これは果たして区別されるものでしょうか?

確かに時間や場所、あるいは温度だとか種々様々あります。

しかし、私たちは一様にこれらを「燃えている」と形容することでしょう。


このように個々の差異を捨て去り、一様にすることをデジタル化というのでしょう。

すると、言葉というのは事象のデジタル化するコンバータなのでしょう。


この点を考えると、感情のアナログをデジタル化するのは言葉ということになります。


例えば、優勝を目前に敗れた最後のインターハイと、家族を亡くした時の感情。

これらは同じ悲しいというカテゴリーに分類されます。勿論悔しいだったり、種々はあれ一般にこれというレッテルを貼ることにしましょう。


けれど、インターハイと肉親を亡くした苦しみは同質と言えるでしょうか?

どちらも一様に似た姿を持つ事実はありますが、しかし、完全に同一なものとは言えないでしょう。

この感情の差異を指し示す手段とは何でしょうか?

この一つが比喩表現と言われるものです。


恋い破れたことを花が散ったなんて言ったり、あるいはつまらない日々を灰色と言ったり。優勝を逃したことは足場を失くしたことかもしれないし、家族を失うことはしがみついていた柱を失うことかもしれない。

さてこれら一様に悲しいと形容されるものでも、差異は確かにあります。


すると、比喩表現とは何でしょうか?

これはきっとジオラマというべきものです。


デジタル化した感情というのは、決してアナログに戻らないものです。

比喩表現はそのデジタルを、投影して私たちに想像を促す装置なのです。


例えば、破れた恋の散った花は綺麗な桜色をしているかも知れません。しかし、これは全く事実ではなく、単なる私の想像です。


しかし、アナログ化の不完全な比喩表現は不要なものでしょうか?

これに私は間違いなく、大きな声で否と言います。

全く一つの解釈が正しいわけではなく、そしてアナログ的解釈は一過性のものだからです。


立場が違えば、体調が違えば全く考えることは変わって、それを単純に一意に決めることは不可能です。

ですからこそ、我々は比喩表現というツールを用いるのでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
言語学的な話と認知科学的な話が混ざってるようでどっちの話がしたいのかわからないけど、認知科学でいうなら比喩は”世界の理解の仕方”そのものですね。人間は同じ世界を生きていないので、話し手と聞き手の頭の中…
 正しく比喩とは比べ喩えることで説得力を与える表現。想像力と語彙力、それを統合した創造力こそが表現の芸術性といえるでしょう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ