第8話:聖女の逆鱗
氷晶城の前庭は、もはや戦場というより、神罰の場と化していた。
王家の禁忌遺物「魔力喰らいの枷」がアルベルトの腕に食い込み、赤黒い光を放ちながら、彼の魔力と体力を根こそぎ吸い上げている。
かつての「氷の怪物」は膝をつき、荒い息を吐いていた。吸い上げられた魔力が鎖を通じてエドワード王子へと流れ込み、王子の黄金の鎧が禍々しい紫色の光を帯び始める。
「ははは! 見ろ、この圧倒的な力を! エルゼ、貴様の純粋な浄化の魔力が、私を本物の『王』へと進化させてくれるのだ!」
エドワードが狂ったように高笑いする。
彼が剣を振るうと、紫色の魔力の斬撃がアルベルトへと襲いかかった。
「……ぐっ、……エルゼ、来るな……!」
アルベルトは辛うじて氷の盾を作り出したが、鎖に束縛された状態では、盾は脆くも砕け散った。斬撃が彼の肩を切り裂き、鮮血が白い雪を赤く染める。
「アルベルト――!!」
その瞬間、私の頭の中で、何かが音を立てて弾けた。
悲しみではない。それは、大地を揺るがすほどの激しい「怒り」だった。
(……私の、大切な……たった一人の……居場所を……)
私の身体から、これまでとは比較にならないほど強烈な、黄金色の光が爆発した。
その光は優しく包み込むようなものではなく、触れるものすべてを焼き尽くす「聖なる炎」のようだった。
「何だ……!? この凄まじい魔力は……!」
エドワードが顔を引きつらせる。
私の足元から、黄金の光の奔流が地を這い、アルベルトへと伸びていく。光はアルベルトを縛る黒い鎖に触れた瞬間、それを凄まじい熱で焼き切り始めた。
「ギャアアア!! 熱い! なんだ、これは!」
鎖を通じてエドワードに逆に「聖なる炎」が流れ込み、彼の鎧が融解し始める。
「貴様ら……! 聖女の力は、王家のものだ! 離せ、離せぇ!」
エドワードが悲鳴を上げながら、魔力を暴走させ、周囲の騎士たちを巻き込んで自爆しかけたその時。
「……私の女に、触るなと言ったはずだ」
鎖から解放されたアルベルトが、ゆっくりと立ち上がった。
彼の腕の傷は、私の光によって瞬時に塞がっていた。
だが、今の彼の瞳には、以前のような「孤独」はない。そこにあるのは、私への「狂おしいほどの独占欲」と、敵への「無慈悲な殺意」だけだった。
アルベルトは、エドワードに向けて片手をかざした。
「お前には、死すら生温い。……永遠の『氷獄』で、自分の愚かさを悔やみ続けろ」
彼が指を鳴らした瞬間、エドワードの足元から、黒い氷の棘が突き出し、王子の身体を一瞬で飲み込んだ。
炎の魔法も、王家の加護も、アルベルトの「真の王」としての力の前には無力だった。
エドワードは、恐怖に顔を歪めたまま、美しい氷の像へと変貌した。
「……殿下……! ひ、ひぃぃ!」
生き残った騎士たちは、武器を捨ててクモの子を散らすように逃げ出していった。
静寂が戻った戦場。
私は力が抜け、その場にへたり込んだ。聖女としての力が、身体から急速に失われていく。
「エルゼ!」
アルベルトが駆け寄り、私を強く抱きしめた。
彼の身体は、かつてのように刺す冷たさはなく、私の体温を吸い込んだような、心地よい「ひんやりとした熱」を持っていた。
「……怪我は、ありませんか……? アルベルト……」
私が力なく微笑むと、彼は私の頬を両手で包み込み、深く、執拗な口づけを落とした。
それは安堵のキスではなく、私への「征服欲」に満ちたキスだった。
「……お前が私を救った。……あんな凄まじい力で、私以外の男を焼き尽くそうとするお前を見て、私は……」
アルベルトの瞳が、蕩けるような甘い熱を帯びる。
「……お前を、この城の奥深くに閉じ込めて、私だけのものにしたいと、心から思った。……もう、誰にも見せない。誰にも触れさせない。……いいだろう、エルゼ?」
彼のぶつかり合うような独占欲に、私は恐怖ではなく、奇妙な高揚感を感じていた。
私もまた、彼に溺れていたのだ。
「……ええ。……あなただけの、エルゼです」
私がそう囁くと、彼は私を横抱きにし、氷晶城へと向かって歩き出した。
外の吹雪は完全に止み、空には見たこともないほど美しい、満天の星空が広がっていた。




