第3話:無能令嬢の秘めたる力
氷晶城の重厚な大広間に、場違いな高笑いが響き渡った。
やってきたのは、エドワード王子の側近であり、かつて私を「魔力なしの出来損ない」と蔑んだ騎士、バルトだった。
「ひどい雪だ。こんな辺境の化け物屋敷、一刻も早く立ち去りたいものだな。……おや、死体を確認しに来たのだが、まだ息をしていたのか、エルゼ?」
バルトは土足で絨毯を汚し、私を指さしてあざ笑った。
彼の腰には、王家から賜った「炎の魔力石」が輝いている。その熱気が、冷気で満ちた城の空気を不快にかき乱した。
「……バルト様。私は見ての通り健在です。公爵様のご慈悲により、こちらで平穏に過ごしております」
私が毅然と答えると、バルトは顔をしかめた。
「慈悲だと? 化け物に喰い殺される恐怖で頭が狂ったか。……おい、化け物公爵! さっさとその女を差し出せ。死んでいないのなら、連れ戻して地下牢にでも放り込むのが王子の温情だ!」
バルトが剣を抜き放ち、その先を部屋の奥、玉座に座るアルベルトに向けた。
「……私の客人に、無礼な真似を。」
アルベルトの声が地鳴りのように響く。
彼の周囲の空気が一瞬で凍りつき、床から鋭い氷の棘がバルトの足元へ伸びた。
「ひっ……! 化け物が、逆らう気か!」
バルトが恐怖に顔を引きつらせ、炎の魔力石を解放しようとしたその時。
強引な魔力の衝突により、城の均衡が崩れた。アルベルトの呪いが暴走し、凄まじい吹雪が室内に吹き荒れる。
「うあああ! 暑苦しい! なんだ、この冷気は!」
バルトは自分の炎に守られようとしたが、アルベルトの絶望的なまでの冷気がそれを飲み込もうとしていた。このままでは、バルトだけでなく、城そのものが凍りついてしまう。
(止めて……! アルベルト様が、これ以上傷つかないように……!)
私は無意識に、アルベルトの背中に駆け寄り、その凍てつく体に抱きついた。
「アルベルト様、落ち着いてください! 私はどこへも行きません!」
その瞬間だった。
魔力を持たないはずの私の体から、柔らかな「黄金色の光」が溢れ出した。
その光は、アルベルトの鋭く尖った氷の鱗を優しく包み込み、溶かしていく。暴走していた冷気が、春のそよ風のように穏やかなものへと変わっていった。
「な……んだ、これは……?」
アルベルトが驚愕の目を見開く。
私の光に触れた彼の肌から、氷の鱗が剥がれ落ち、そこには白く滑らかな、本来の「人間の肌」がわずかに露出していた。
「バカな……! 魔力なしの女が、公爵の呪いを中和しただと!?」
バルトが震えながら叫ぶ。
私の力は、魔力石を介した「魔法」ではない。それは、魂そのものが持つ、あらゆる負の力を浄化する「聖なる癒やし」の力だった。
「……帰りなさい、バルト様。これ以上アルベルト様を侮辱するなら、私が許しません」
私の瞳には、かつての弱気な色はない。
黄金の光を背負った私に圧倒されたのか、バルトは腰を抜かし、這々の体で城から逃げ出していった。
静寂が戻った大広間。
私は力を使って意識が遠のきそうになりながらも、アルベルトの顔を覗き込んだ。
「……よかった。止まって……」
膝をつこうとした私の体を、アルベルトの大きな腕が受け止める。
今度の彼の腕は、先ほどまでのような刺すような冷たさではなく、確かな体温を宿していた。
「エルゼ……。お前は、一体何者なんだ」
震える声で私の名を呼ぶアルベルト。
彼は、私の額に自分の額を重ねた。冷たいけれど、ひどく甘い沈黙。
「私……ただの、エルゼです……。あなたの、……」
そこまで言って、私は深い眠りに落ちた。
アルベルトが、私の髪を慈しむように撫で、一度だけ強く抱きしめたことも知らずに。




