第9話:蜜月の氷晶城、深淵の誓い
王家の軍を氷獄へと沈めた翌日。
氷晶城には、今までにないほど穏やかで、それでいて密度の濃い沈黙が流れていた。
私は、アルベルトの寝室の大きなベッドの上で、彼に後ろから抱きしめられるようにして目を覚ました。
「……エルゼ。起きたのか」
耳元で囁かれる声。彼の長い銀髪が私の肩にかかり、くすぐったい。驚いたことに、彼の身体を覆っていた氷の鱗は、今や胸元にわずかな名残を残すだけとなっていた。
「アルベルト……。お怪我、もう痛くないですか?」
私が振り返ろうとすると、彼の腕にぐいと力を込められ、背中を彼の胸にぴったりと押し付けられた。
「逃げるな。今はただ、お前の体温を感じていたい」
彼の大きな掌が、私の腹部を愛しむように撫でる。その動きには、昨日エドワードから私を奪い返した時の、烈しい執着がまだ滲んでいた。
「……お前の力は、私を救うだけではなく、敵を焼き尽くす力でもあった。……あんなに恐ろしく、美しいお前を、私以外の誰にも見せたくない」
アルベルトは私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「お前を、この城の最奥に隠してしまいたい。……ここなら、誰もお前を見つけることはできないし、傷つけることもできない」
彼の言葉は、半分は愛で、半分は狂気だった。
けれど、王都で誰からも必要とされなかった私にとって、その過剰なほどの独占欲は、何よりも甘い毒薬だった。
「アルベルト……。隠さなくても、私はどこへも行きません。あなたの腕の中が、私の世界のすべてです」
私がそう告げると、彼は満足げに喉を鳴らし、私を正面から抱き寄せた。
彼の瑠璃色の瞳が、蕩けるような情熱で私を射抜く。
「……ならば、その証を見せてくれ」
彼は私の手を引き、城の地下へと続く隠し階段を下りていった。
着いた場所は、城の真下に広がる、巨大な氷の空洞だった。そこには、アルベルトの魔力の源泉である「氷晶の心臓」が、青白く脈動しながら浮かんでいた。
「ここは、私の命そのものだ。……エルゼ、お前の光を、ここに注いでほしい」
アルベルトが私の手を導き、巨大な氷晶に触れさせる。
私が目を閉じ、彼への愛を込めて光を解き放つと、氷晶の青と、私の黄金の光が混ざり合い、洞窟内が幻想的なオーロラのような光で満たされた。
「これで、私の魔力とお前の魂は、永遠に分かつことのできないものになった。……お前が死ねば、私も死ぬ。私が凍れば、お前も凍る」
アルベルトの顔が近づく。
光の渦の中で、私たちは何度も、何度も、魂を削り合うような深い口づけを交わした。
彼の指先が、私の肌を熱く、そして甘く、独占の印を刻みつけるようになぞっていく。
「はぁ……、エルゼ。愛している。……お前なしの人生など、もう想像すらできない」
氷晶の洞窟の中で、私たちは一つになった。
氷のように冷たい場所で、火傷しそうなほど熱い情熱に身を委ね、二人の呼吸だけが重なり合う。
それは、世界から切り離された、二人だけの真実の結婚式だった。




