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7話

 Aランク冒険者、レイナ。


 彼女から放たれるプレッシャーは、ジークやザガンたちとは比較にならない、本物の強者が持つ凄みがあった。


 ギルド内の全ての視線が、自分たち二人に突き刺さっているのが分かる。ここで下手に嘘をつけば、即座に見抜かれるだろう。


 リオンは短い言葉で、事実だけを告げた。


「洞窟で、殺されそうになったから、殺した」


 その言葉に、レイナは驚く様子もなく、むしろ「だろうな」と納得したように頷いた。


「"聖なる剣"の連中には、裏で新人を食い物にしてるって黒い噂がずっとあった。あんたがそれを証明したってわけだ。……だが、問題はそれだけじゃない」


 レイナはリオンを手招きし、ギルドの隅にある個室へと無言で歩いていく。リオンは一瞬躊躇したが、彼女に従う以外の選択肢はなかった。


 二人きりになった個室で、レイナはリオンが"聖なる剣"から剥ぎ取った戦利品の中から、一枚の黒いカードを指差した。そこには、不気味な鱗の紋章が刻まれている。


「それは『奈落のシャドウスケイル』。暗殺や新人潰しを請け負う、非合法組織――闇ギルドの証だ」


 レイナの言葉に、リオンは息を呑んだ。ただの冒険者崩れの強盗団ではなかった。その背後には、遥かに巨大で悪質な組織が存在していたのだ。


「"聖なる剣"はその組織の一員だ。つまり、あんたはただのチンピラを殺したんじゃない。巨大な闇組織に喧嘩を売ったんだ。おめでとう、坊や。あんたは今、この街で一番命を狙われる存在になったよ」


(……まただ。どこまで行っても、俺は追われる側なのか)


 領主の息子から逃れるために村を出たというのに、今度は闇ギルド。


 理不尽な力に脅かされる現実は変わらない。 


(自由になるためには、絶対的な力が必要だ。奴らを根絶やしにできるほどの力が)


 レイナは、静かに、しかし燃えるような憎悪をその瞳に宿して言った。


「……あたしのかつての仲間は、『奈落の鱗』に殺された。あたしはずっと、奴らに復讐する機会を伺っていた」


 彼女はリオンを真っ直ぐに見つめる。


「あんたには規格外の才能がある。だが、今のままじゃ闇ギルドの暗殺者に殺されておしまいだ。私が生き残る術を教えてやる。その代わり、私の復讐に手を貸せ」


 それは、共闘という名の取引だった。


(……手を貸せ、か)


 リオンはレイナの真意を探るように、その鋼色の瞳を観察する。


 彼女の瞳に浮かぶのは、憎悪と復讐心。他人の善意など信じないリオンにとって、その剥き出しの目的は、むしろ信頼に値した。


(この女は、俺を自分の復讐の駒として使いたいだけだ。だが、今の俺にはこの取引に乗るしかない。生き残り、強くなるために)


 彼の目的は、誰にも脅かされない絶対的な自由。そのためには、Aランク冒険者の知識と経験は、何よりの近道だった。


 リオンの沈黙を肯定と受け取ったのか、レイナは「これは投資だ」と言い放つと、大金の入った袋を投げ渡した。


「まずはまともな装備を揃えな。話はそれからだ。お前ほどの逸材が、そんなナマクラでは話にならん」


 リオンは無言で金貨袋を受け取った。それは、ただの金ではない。彼女と自分とを結ぶ、最初の契約の証だった。


 レイナはリオンの返事を待たずに立ち上がると、半ば強引に彼を連れ、街一番と評判の武具店「ヴァレリウス商会」へと向かった。


 ◇


 ヴァレリウス商会は、フロンティアの冒険者たち御用達というだけあり、リオンがこれまで見たこともないような武具で溢れかえっていた。


 壁一面に掛けられた剣、槍、斧。鈍い光を放つ鋼鉄の鎧から、エルフの細工が施された革鎧まで、その品揃えは圧巻の一言だった。


(すごい……これが、本物の冒険者が使う武具か)


 村の鍛冶屋が作る農具兼用の粗末な剣しか知らなかったリオンは、武器一つ一つに込められた職人の魂と、それが持つであろう殺傷能力の高さに、思わず目を奪われる。


 レイナはそんなリオンの様子を面白そうに一瞥すると、店の奥から出てきた恰幅のいい店主と何事か言葉を交わし、一本の黒い剣と、黒銀の軽鎧を持ってきた。


「坊やにはこれだろ。お前の雰囲気に合ってる」


 リオンが手にした黒い剣は、まるで闇を凝縮したかのように光を吸い込み、驚くほど手に馴染んだ。黒銀の軽鎧も、動きやすさを一切損なわない作りになっている。


 店主が用意した試し斬り用の的を前に、レイナはリオンが買ったばかりの黒い剣を手に取ると、悪戯っぽく笑った。


「手本を見せてやる。あたしの剣技は高いぞ? 目に焼き付けておきな」


 次の瞬間、彼女の冗談めかした空気が一変する。リオンは肌を刺すような鋭い闘気に、思わず息を呑んだ。


【雷光】


 声と同時、閃光が迸った。常人には目で追うことすら不可能な、まさに雷のような一閃。硬い金属製の的が、音もなく、バターのように滑らかに斬り裂かれていた。


(これが、Aランク……。ザガンの剣とは次元が違う。俺が手に入れなければならない、本物の力――)


 リオンがその神業に圧倒されていた、その時。彼の眼前にだけ、あのウィンドウが表示された。


『アップデートしますか? [Y/N]』


(アップデート……? まさか……!?)


「……アップデート」


『スキル:雷光 Lv.1 を獲得しました』


 身体強化や再生だけではない。他者の技術を見て、学び、自分のものとして完全に昇華させる。それが、自らの持つ「アップデート」能力の、もう一つの本質。


 リオンは全身に走る戦慄を抑えた。


「どうだ、今のを真似できるか?」


 得意げに、しかしどこか誇らしげに笑うレイナ。


 リオンは無言で剣を受け取ると、目を閉じた。脳内に流れ込んできた剣の軌道、筋肉の動かし方、魔力の循環、その全てを追体験する。


 そして、目を開くと、彼はそこに立っていなかった。


 リオンの体が、レイナと全く同じ動きを、寸分の狂いもなく再現する。


【雷光】


 再び、閃光が走る。先ほどレイナが斬り裂いた軌跡の、わずか数ミリ隣を、全く同じ一閃が駆け抜けた。


 得意げな笑みを浮かべていたレイナの顔から、表情が消える。


 驚愕、困惑、そして――畏怖。彼女は目の前の少年が、ただ才能ある子供などではない、自らの理解の範疇を遥かに超えた、規格外の「バケモノ」であることを、その肌で理解した。


「……そういえばあんた、名前は?」


 絞り出すような声には、先ほどまでの余裕など微塵もなかった。


「……リオン」

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