6話
ザガンが振り上げた剣の切っ先が、洞窟の僅かな光を反射してきらめく。その瞳には、獲物をいたぶる捕食者の愉悦と、リオンの持つ金貨袋への卑しい欲望が浮かんでいた。
リオンは咄嗟に後方へ回避し、距離を取る。
(敵は四人……それもBランクの実力者)
さらに、この様子からしてザガンたちは人を殺し慣れている。
「心配するな、痛みは一瞬で終わらせてやる。お前の装備と金は、俺たちが有効活用してやるからよ!」
ザガンの言葉に、仲間たちが下卑た笑みを浮かべる。彼らにとって、目の前の少年はただの獲物。殺して奪うことに、一片の躊躇も罪悪感もない。
だが、リオンの内心は、凍てつくほどに冷静だった。
(……この世にうまい話はない)
最初から、この可能性は予期していた。洞窟に入ってからも、親切な言葉の裏に隠された殺意の匂いを、常に感じ取っていた。彼の冷静さは、恐怖や絶望から来るものではない。全てを覚悟しているからこその、絶対的な静けさだった。
「やれ!」
ザガンの号令が洞窟に響く。
後衛にいた魔術師が即座に呪文の詠唱を開始し、軽装の斥候がフッと掻き消えるように姿を消す。
前衛のザガンと、斧を構えた大男が、左右から壁のようにリオンへと迫ってきた。完璧な連携。格下相手を嬲り殺すには、あまりにも盤石な布陣だった。
リオンは一瞬で敵の構成と、この狭い洞窟という地形の有利不利を分析する。
(後衛の魔術師が最も厄介だ。まず、アレから潰す)
ザガンたちが勝利を確信した、その瞬間。リオンの姿が、その場から消えた。
「なにっ!?」
【身体強化 Lv.2】の力を解放したリオンは、床を蹴って銃弾のような速さで突進。迫り来るザガンと大男の間を、紙一重ですり抜ける。
詠唱を終え、炎を放とうとしていた魔術師の目に、信じられないものを見るかのような驚愕が浮かんだ。
「がっ……!?」
リオンの剣が、無慈悲に魔術師の心臓を貫いていた。温かい血が、彼の手にべっとりと付着する。
(……これが、人を殺す感覚か)
一瞬、前世の自分が悲鳴を上げる。だが、リオンは即座にその感傷を押し殺した。感傷に浸れば、次に死ぬのは自分だ。
仲間が瞬殺されたことに、残りの三人が激しく動揺する。
「な、なにをしやがった貴様ァ!」
「ヒューゴが……!」
その隙を、リオンは見逃さない。
突如、背後に現れた殺気。斥候の奇襲。だが、リオンはアーマーベアとの死闘で研ぎ澄まされた感覚で、その動きを完全に読んでいた。振り返りもせず、剣を逆手に突き出す。
「ぐっ!?」
闇から現れた斥候が、腹部に突き刺さった剣を見て呻いた。
しかし、Bランクの連携は素早い。リオンが斥候に気を取られたその一瞬を、大男は見逃さなかった。
「もらったぁ!」
凄まじい風切り音と共に、巨大な戦斧がリオンの肩へと振り下ろされる。
「しまっ……!」
完全な回避は間に合わない。リオンは咄嗟に体を捻るが、斧の刃が左肩を深く抉り、骨を砕く鈍い衝撃が全身を貫いた。
「ぐ……ぁっ!」
激痛に視界が赤く染まる。それと同時に、リオンが待ちわびていた無機質な電子音が、脳内に響き渡った。
『アップデートしますか? [Y/N]』
「……アップデート」
朦朧とする意識の中、彼は躊躇なく選択する。
『スキル:気配察知 Lv.1 を獲得しました』
砕かれた肩が、熱い奔流と共に瞬時に再生していく。それだけではない。まるで新しい感覚器官が生まれたかのように、周囲の殺気や敵意の流れが、手に取るように感じられた。
(これが、気配察知……。なるほど、これなら――)
リオンの口元に、初めて獰猛な笑みが浮かんだ。新たな力を得た彼にとって、もはや油断しきった彼らは敵ではなかった。
背後の斥候が、傷を負いながらも再度ナイフを突き出してくる。その殺意の流れが、まるでスローモーションのように見える。リオンは最小限の動きでそれを回避すると、流れるような動作で斥候の首を切り裂いた。
同時に、斥候が手放したナイフを中空で掴む。
返す剣で、大男の斧を弾き返し、がら空きになった胴体へナイフでカウンターの一撃を叩き込む。
「クソガキッ!」
大男の表情が歪み、斧の攻撃が雑な大振りになる。
リオンは体を屈め、斧を回避すると大男の胸に突き刺さったナイフを抜き取り、腹部、太もも、足首と流れるように突き刺す。
「がぁ!」
膝をついた大男は苦悶の表情でリオンを睨む。
リオンは道端で通り過ぎるかのような自然な動きで、剣を滑らせ、大男の首筋を撫でた。
巨体は、悲鳴を上げることなく崩れ落ちた。
仲間が次々と倒され、洞窟内にはザガンとリオンだけが残された。
ザガンは爽やかだった顔とは一変して、憎悪に染まった表情でリオンを睨んだ。
「クソガキが! 調子に乗りやがって! 金なんてどうでもいい! 今ここでお前をバラバラに切り刻んでやる!」
剣を握り直したザガンが破竹の勢いで向かって来る。
ザガンの剣技は、リオンの剣術とはレベルが違った。
身体能力と【気配察知】で攻撃を凌ぐリオンだが、経験に裏打ちされた巧みな剣筋に、次第に防戦一方へと追い詰められていく。
「どうだ、クソガキ! お前と俺では格が違うんだよ!」
ザガンは己の勝利を確信しかけ、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「これで終わりだぁ! 死ねぇ!」
ザガンが渾身の力を込めて必殺の一撃を繰り出した、その瞬間。
リオンの脳内に、再びあの音が響く。
『アップデートしますか? [Y/N]』
「アップデートだ」
『スキル:剣術 Lv.1 が Lv.2 にアップデートされました』
リオンの脳内に、洗練された剣の動き、体捌き、呼吸法までもが流れ込んでくる。それまで霞んで見えていたザガンの剣筋の、その先の「隙」が、今はっきりと見えた。
リオンは紙一重で必殺の一撃を回避すると、反撃に転じる。その動きは、先ほどまでとは別人のように洗練されていた。
「なっ!? なぜだ!? 動きが全く違う!」
今まで通用していた攻撃が簡単にあしらわれ、逆に鋭い反撃がザガンを襲う。彼の顔から余裕が消え、焦燥と恐怖が浮かんでいく。
「どうなってやがる! こんなの別人じゃないか!」
精神的に追い詰められたザガンが、起死回生を狙って放った大振りな一撃を繰り出した。
「俺が負けるはずないんだぁー!」
それこそが、リオンが待っていた最大の隙だった。
リオンは冷静にその攻撃を受け流し、がら空きになったザガンの心臓を、吸い込まれるような一閃で貫いた。
「……あ……?」
命乞いをする間もなく、ザガンは自分の胸に刺さった剣を見下ろし、信じられないという表情で崩れ落ちる。
リオンは、その亡骸に一瞥もくれず、静かに剣を鞘に納めた。
◇
ギルドに戻ったリオンは、受付カウンターに"聖なる剣"のギルドカードと装備一式を無言で差し出した。
返り血を浴びたリオンの姿と、カウンターに置かれたBランクパーティーの装備に、受付嬢は言葉を失う。
周囲の冒険者たちも、何が起こったのか理解できず、ただ遠巻きにざわめいていた。
(これが冒険者の街……。奪うか、奪われるか。ただそれだけだ)
「"聖なる剣"はオークたちに殺されました」
リオンの言葉に受付嬢はハッ我に返ったかのように装備を確認した。
「ダンジョン内で起こった事件や事故は全て自己責任となりますので、詮索はいたしません」
受付嬢はそう告げると、装備品を受け取り「換金してまいります」と裏へと歩いて行った。
突き刺さる好奇と恐怖の視線を感じながら、リオンは淡々と換金を済ませ、金貨の詰まった袋を手にギルドを去ろうとした。その時だった。
「待ちな、坊や」
凛とした、しかし有無を言わせぬ声。
リオンが振り返ると、そこに立っていたのは、ギルドの片隅で一連の騒動を静かに観察していた一人の女冒険者だった。黒銀の軽鎧に身を包み、腰には見事な長剣を帯びている。
女冒険者はリオンの目の前まで歩み寄ると、その冷たい瞳でリオンをじっと見つめ、興味深そうに口の端を上げた。
「あたしはレイナ。Aランク冒険者だ。坊や、なかなか面白い目をするじゃないか。その装備、どうやって"聖なる剣"から奪ったのか、詳しく聞かせてくれるか?」
(Aランク……。ザガンたちとは比較にならない、気配がする)
リオンは警戒を最大レベルに引き上げ、目の前の女を冷静に観察した。




