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第9話:癒術院の通達と揺れる村──信じる先に灯るもの

ご閲覧ありがとうございます。

今回の話では、リクトたちが癒術院から突きつけられた“通達”を前に、村人たちの葛藤と信念の揺らぎが描かれます。


押し寄せる圧力、交錯する感情、そして一人ひとりの“選択”。

医療とは、正しさとは、そして誰のために戦うのか──

それぞれが問いかけられる回です。どうぞ最後までお付き合いください。

 緊張の糸が、診療室の空気を張り詰めていた。

 白布で覆われた簡易手術台。その上には、王女アメリア。

 王族の護衛たちが一歩下がった場所から、呼吸を呑んで見守っている。

 「心拍安定、血圧確認。セリア、補助位置確認」

 「はいっ、器具配置完了、吸引機作動中!」

 俺は深呼吸一つ。

 いつも通りだ。患者が誰であろうと、“診る者の責任”は変わらない。

 

 アメリア王女の体には、生まれつきの“内臓奇形”があった。

 癒術が通らない体質ゆえ、精密な手術以外に助かる術はなかった。

 ……だが、制度はその手段を“認めなかった”。

 

 「メス」

 「はい!」

 切開。露出。止血。

 魔法の光も、術式の紋も、ここにはない。

 だが──目の前の命は、確かに“こちら側”で生きようとしている。

 

 「血管処置……成功。臓器縫合、完了。残り、三分で閉鎖へ」

 「酸素量安定してます! ……先生、いける!」

 俺は最後の糸を縫い終え、しっかりと結んだ。

 「……手術、完了」

 

 緊張の糸が一斉にほどけたように、周囲から息が漏れる。

 「……助かった、のか?」

 「王女が……生きたまま、癒術なしで……!」

 

 まるで奇跡でも見たような視線が、俺たちに向けられていた。

 だが、これは奇跡じゃない。

 “技術”と“覚悟”の積み重ねだ。

 

 控室へ戻った俺に、セリアが涙ぐみながら駆け寄ってきた。

 「先生、ほんとに……ほんとに、助かったんだね……!」

 「ああ。お前の補助がなければ無理だった。お疲れさま」

 彼女はその場でぺたりと座り込み、大きく息を吐いた。

 

 数日後、アメリア王女が退院した。

 医療会議が手配した送迎馬車の周囲には、王都の市民が群がっていた。

 「王女様を救った医師って、本当に“あの”追放された──?」

 「癒術なしって……まさか、異端じゃなく“正しかった”のか?」

 

 市民の目が変わっていた。

 信じる者たちの数が、確実に増えている。

 

 王族の命を救ったことで、

 “制度の外”にいた俺が、“公の場”で語られ始めた。

 これは、名誉ではない。

 だが、“認知された現実”だ。

 

 その夜、アメリア王女が手紙を寄越した。

 >「リクト先生へ

 > 私は、あの手術の間ずっと怖かったけれど、

 > 先生の声が聞こえて安心していた気がします。

 > 私が生きているのは、先生のおかげです。

 > 今度、お城に遊びに来てください。

 > たくさんの人に、命を“見てもらえる”場所を案内します。」

 

 ああ、そうか。

 “見てもらう”──それが、始まりなんだな。

 命を、奇跡じゃなく“現実”として見ること。

 それが、制度を変える最初の一歩になる。

 

 光が差し込んだこの王都で、

 俺たちは今日も、命を救う。



 王都の広場は、祝祭のような空気に包まれていた。

 アメリア王女の回復は、ただの“王族の快癒”ではない。

 “異端の医師が命を救った”という前代未聞の事実が、民衆の想像力を熱した。

 

 「リクト先生! 本当にすごいよ! 王女様、笑ってたって!」

 「癒術じゃないのに……魔法じゃなくても、命って助かるんだ!」

 

 市民たちは口々にそう言い、

 通りを歩けば、俺に向かって頭を下げる者すら現れるようになっていた。

 

 「……変わったね、先生」

 診療所の受付で書類を整理しながら、セリアが言う。

 「昔は“異端者”だったのに、今じゃまるで“救世主”みたいに言われてて……ちょっと、変な感じ」

 「評価なんて、風みたいなもんだ。吹く方向が変われば、すぐに逆風にもなる」

 「それって……つまり?」

 「祭りのあとには、片づけがあるってことさ」

 

 事実、その“揺り戻し”は、すでに始まっていた。

 

 「──リクト=クレメンシアの処置は、王族の命を救ったとされるが、

  未承認手術であり、医療法規の違反行為である疑いは消えていない──」

 

 癒術院高官による“匿名声明”が、制度系新聞に掲載されたのだ。

 表立って非難できない。だが、“信頼に水を差す”ことはできる。

 まさに制度の常套手段。

 

 「これ、ひどすぎる……事実は全部わかってるくせに……!」

 セリアは憤ったが、俺は静かに首を振った。

 「当然の反応だ。制度の中には、“変わることに怯えている者”がいる。

  彼らにとって、俺の存在は“破壊者”にしか見えない」

 

 その日の午後、研究塔でライナが俺を待っていた。

 「……制度内部で、反動が強まっています。

  “科学医療部門の凍結”や“監査官の再任命”といった話も出始めているようです」

 「来るべきものが来た、ってところか」

 

 ライナは迷いながらも口を開いた。

 「リクト先生、あなたがここで引いてくれれば……たぶん、癒術院はそれ以上追ってこない。

  代わりに、記録や思想は私たちが受け継いでいく。……それでもいいと、考えたことは?」

 

 俺は静かに立ち上がり、窓の外の王都を見下ろした。

 「“理念”は、譲って伝えるものじゃない。“覚悟”ごと引き受けて、次へと繋ぐものだ。

  それを俺が背負わなかったら、命の声はまた“届かなくなる”」

 

 たとえ祭りのような喝采が消えてもいい。

 たとえ称賛が非難に変わってもかまわない。

 俺がここに立つ理由は、変わらない。

 

 この国で、

 “選べる命の道”を作るために。



 「──先生、ちょっと来て! 外が……!」

 セリアの叫びに呼ばれて診療所の扉を開けた瞬間、俺は言葉を失った。

 診療所の前には、数十人の人だかりができていた。

 その誰もが、声を上げるわけでもなく、ただ“待っていた”。

 診てもらえるのを。

 命をつなぐ手を、差し伸べてもらえるのを。

 

 「皆さん、並んでいただけますか。診療には順番がありますので……!」

 セリアが必死に対応する中で、

 一人の老婆が俺の手を取った。

 「先生……あんたのことを、ずっと“異端者”って言ってた私が、今こうして並んでる。皮肉だねえ……でも……」

 その手は、震えていた。

 「“癒術が効かなかったら、もう終わり”って、誰に言われても信じてた。でも、あんたは違った……

 だから、ここに来たんだよ」

 

 命を救った“結果”は、確かに声を生む。

 声は、人を動かす。

 そして──人の数が、制度を揺らす。

 

 その日の午後、俺たちは王立医療会議に呼び出された。

 会場には、制度派の重鎮たちが並び、ひときわ大きな威圧感を放っていた。

 

 「リクト=クレメンシア。君の活動によって、市民の医療への信頼が“癒術の外”に傾きつつある。

 我々はそれを“懸念”している」

 

 つまり──“効きすぎた”ということだ。

 

 「市民が命を守れるなら、癒術であれ科学であれ、方法は関係ないはずだ」

 俺がそう返すと、老練な評議員の一人が机を叩いた。

 「君は理想を語るが、我々は“統治”を守らねばならない。

 “命の選択肢”が増えすぎれば、制度が崩れる。君はそれを望むのか?」

 

 制度にとって“正しさ”は重要じゃない。

 “管理可能かどうか”がすべてなのだ。

 

 「制度が壊れるなら、それまでだったということだ。

 だが俺は、“選べずに死ぬ命”を見過ごす方が、よほど問題だと思う」

 

 空気が張り詰める。

 だが、その場にいた数名──とくに若手の評議員たちは、目を逸らさなかった。

 拒絶ではなく、“葛藤”がそこにあった。

 

 会議は結論を出さぬまま、打ち切られた。

 だが、それは“封じられた”のではなく、“延ばされた”にすぎない。

 

 帰路、セリアがぽつりと呟いた。

 「なんで、命の話をしてるのに、あの人たち……“数字”のことばっかり話すんだろうね」

 「それが、“制度の盾”ってやつさ。守るべきは命じゃない。“制度そのもの”なんだよ、あいつらにとっては」

 

 でも──俺たちは、その盾の裏にある“命の声”を聞いた。

 だから、戦える。

 守るために。

 

 群衆が背中を押してくれるなら、俺はその前に立ち続ける。

 “治せるかどうか”ではなく、“諦めないかどうか”。

 それが、医者に問われるすべてなのだから。



 王都の朝。

 王宮内、第三庭園の噴水広場には、軽やかな笑い声が響いていた。

 その中心には、淡い桃色のドレスをまとった少女──アメリア王女がいた。

 

 「ほら、先生! 私、もうこんなに歩けるようになったの!」

 「無理はするな。回復したとはいえ、まだ術後なんだからな」

 そう言いながらも、俺は自然と微笑んでいた。

 

 アメリアの術後経過は順調そのものだった。

 癒術が一切通らなかった体に、初めて“治るという感覚”が芽生えたのだ。

 そして、その事実は──王宮の中で、確かに“揺らぎ”を起こしていた。

 

 「……お嬢様。そろそろお時間です。今日の午前は、次期王位継承者たちの立会演習に……」

 付き人が耳打ちする。

 それを聞いたアメリアは、ふと顔を曇らせた。

 

 「ねぇ、先生。私って……“王族”としては、ずっと不出来だったのかな」

 「……なんでそんなことを聞く?」

 「だって、癒術も効かないし、みんなからは“欠陥体質”って囁かれてきたし……。

 王族は“魔力を持つこと”が当然だって、ずっと思われてるから……」

 

 彼女の目に、少女ではない“ひとりの人間”としての痛みがあった。

 

 「アメリア。お前が今、生きて歩いて、誰かに声をかけられるのは──

 魔力じゃなくて、“生きたいって思った意志”と、それを助けた周囲のおかげだ」

 「……先生」

 「王族だろうと、平民だろうと、命に格差はない。

 あるとしたら、“向き合った数”だ」

 

 アメリアは目を伏せ、ゆっくりと頷いた。

 「ねぇ先生……今度の評議会、私も出席していい?」

 「お前が? あんな硬直した場に?」

 「“患者の声”として、言いたいことがある。

 “癒術で助けられなかった命も、生きる資格がある”って──

 私が、生きてる証明として、ちゃんと話す」

 

 その意志の強さに、俺は一瞬言葉を失った。

 

 癒術が救えなかった王族が、“科学医療を受けた事実”を公に語る。

 それは、制度にとって明確な“亀裂”になる。

 だが──それを選ぶ覚悟を、彼女は持っていた。

 

 その日の午後。

 王宮内の一部高官たちが密かに会議を開いていたとの報告が入った。

 「王女の発言が制度に波及することを警戒し、

 発言機会を“制限する案”が出されているようです」

 ライナの報告に、セリアが唇を噛む。

 「……また、制度の都合で、命の声を封じようとしてる」

 

 俺はゆっくりと立ち上がった。

 「なら──俺が、正面から制度に向き合ってみせる。

 “患者の声”が黙らされるなら、“医者の声”でぶつけるまでだ」

 

 王女の回復は、“医療の奇跡”ではない。

 それは、“制度に問う覚悟の始まり”だった。

 

 治すだけでは終わらない。

 命を生きる“その先”を守るために──

 次は、“声を届ける番”だ。



 王立医療会議──

 制度のすべてが集うこの円卓の間に、俺とアメリア王女は並んで座っていた。

 重厚な石壁、天井の魔導灯、そして何よりも、

 “沈黙と監視”の視線が、俺たちの一挙手一投足を計っている。

 

 今日の議題は、表向きは“新設された科学医療部門の今後について”。

 だが、実質は“異端の医療を、制度がどう扱うか”という最後通告に近い。

 

 「では、まず……アメリア王女より、発言があります」

 議長の言葉に、場がざわつく。

 王族が制度の会議に自ら口を開くなど、異例中の異例。

 だが、アメリアは一歩も怯まず、立ち上がった。

 

 「私の命は、癒術では助かりませんでした。

 それは、制度の責任ではない。体質の問題だから。

 でも──だからこそ、“他の方法があった”ということは、決して見逃してはいけないと思います」

 

 場が静まり返る。

 

 「私がここに立っているのは、“選択肢”があったからです。

 癒術がだめなら、科学がある。魔法が効かないなら、手を当ててくれる人がいる。

 その“当たり前”を、もっと広げてほしいんです」

 

 少女の声は細く、だがまっすぐだった。

 その場にいた誰もが、“王族としての言葉”ではなく、“一人の命からの訴え”として聞いていた。

 

 そして俺もまた、立ち上がった。

 

 「医療は、制度のためにあるものではない。

 命のそばにあるべきものだ。

 だが今の癒術制度は、“効かない命”を見放している。

 その現実を前にして、俺は医者として、黙っているわけにはいかない」

 

 対面に座る癒術院の高官たちが、表情を曇らせる。

 ロズワルの姿はない。だが、彼の席に残された沈黙が、“制度の軋み”を物語っていた。

 

 「今、制度が問われているのは、“医術の正しさ”ではなく、“命への姿勢”だ」

 

 その言葉に、会議室の空気が変わった。

 

 若手の一人が立ち上がる。

 「私は、王女殿下とリクト氏の意見に賛同します。

 制度が“救える命だけを選ぶ”のではなく、

 “どんな命にも手を差し伸べようとする姿勢”を取り戻すべきです」

 

 その声に続くように、二人、三人と、

 徐々に賛同者が現れ始めた。

 

 やがて議長が手を上げ、議場を制す。

 「──本件、審議継続。科学医療部門は存続とし、

 制度統合の可能性についても、正式に議題へと繰り上げる。

 また、“患者の発言権”に関する項目も、次期制度改訂案に盛り込むよう指示する」

 

 ……勝利ではない。

 だが、制度の壁に“正式な亀裂”が入った瞬間だった。

 

 会議後、アメリアが小さく拳を握った。

 「……届いた、かな。私の声」

 「届いたさ。あとは、“命の声”を聞こうとする者が、どれだけ増えるかだ」

 

 拍手はなかった。

 だが誰も、“否定”をしなかった。

 

 それはつまり、

 “認め始めた”ということだ。

 

 命に寄り添う医療。

 制度を越えて繋がる、人と人の手。

 その“価値”が、今ようやく、語られ始めた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、リクトたちの“信念”と、癒術院による“最後通牒”との衝突を軸に、

村全体が試される緊迫した展開となりました。


誰かの命を守りたい──ただそれだけの行動が、どれほどの反発を受けるのか。

それでも支えてくれる仲間たち、揺れながらも向き合う村人たちがいて、物語は確かに前に進んでいます。


次回もどうぞご期待ください。

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