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第5話:真実の声と、“正しさ”の証明

ご訪問ありがとうございます。

『魔法が信仰とされた世界で、“医学”を信じた追放外科医』第5話をお届けします。


今回は、リクトたちが「癒術院の圧力」に対して、ただ反抗するのではなく、「命を救ったという事実」で反証を試みる章となります。


癒術が効かない患者、過去に封印された非魔力医療の記録、村人たちの証言──

これまでの“成果”を束ねて、「正しさ」ではなく「現実」を突きつける準備が始まります。


そして、物語は新たな局面へ。

命を救うという“当たり前”の行為が、最大の反逆とされる世界で、リクトが下す決断とは。


ぜひ、ご注目ください。

 診療所の朝は、いつも通りだった。

 セリアは薬草棚の整理をしていて、俺は前夜に書き上げた診療記録を読み返していた。外では、誰かが鶏を追いかける音がする。

 ──平穏。戦いのような日々が続いていたせいで、逆に少しだけ落ち着かない。

 「先生、これ、昨日の患者さんの薬袋、名前がずれてたかも……」

 「確認する。ありがとな」

 彼女は得意げに胸を張る。あの“呪われた少女”が、今では立派な“助手”だ。

 そんな日常の中──

 それは、不意に届いた。

 「……これは……王都の封蝋?」

 村の使者が運んできた手紙には、王立医療会議の紋章がくっきりと刻まれていた。

 そして開封した瞬間、俺は静かに息を呑んだ。

 ──“王都王立医療会議は、リクト=クレメンシア殿に対し、

  医療技術評価および学術講義への出席を正式に要請します”──

 セリアが隣で覗き込みながら、ぽつりと呟いた。

 「……それって……“招待”……なの?」

 「ああ。名目上は、な」

 王立医療会議──王都の医療政策と癒術体系を統括する、いわば制度そのものだ。

 そこが俺の医療に「関心を持った」というだけで、普通なら歓迎すべき話だろう。

 ──だが、これは“和解”ではない。

 むしろ、試される。いや、“潰す機会を探られる”。

 「どうするの……? 行くの?」

 セリアの声が、不安を帯びていた。

 俺は少しだけ逡巡してから、頷いた。

 「行く。逃げたままじゃ、未来は変えられない」

 そう。

 俺がこの異世界で医者として立つと決めたのは、“誰かを救いたい”からだ。

 制度が壁になるなら、その壁に穴を開けてやる。

 

 数日後、村ではちょっとした騒ぎになっていた。

 「リクト先生が王都に呼ばれた!?」

 「まさか、また追放とかじゃないよな……?」

 それに対して、ゴルド村長代理はいつも通り落ち着いていた。

 「これは“招かれた”のだ。以前とは違う。だが、警戒すべきではある」

 村人たちは複雑な表情をしていた。

 俺がいなくなることで不安になる者。

 王都で再び傷つくのではと案じる者。

 そして──

 「……本音を言うとね、リクト先生にはこのままずっと村にいてほしいよ」

 そう言ったのは、ルークの母親だった。

 「でも、もし先生の医療がもっと広まれば、きっと……“先生じゃなくても助かる人”が増えるかもしれない。そう思うと……」

 彼女は寂しそうに、でも笑っていた。

 

 出発前夜。診療所の外で、セリアがぽつんと立っていた。

 「……私も、行っていいかな」

 「もちろん。一緒に来い。お前がいたから、ここまで来られた」

 彼女は、ほんの一瞬だけ、目を潤ませたようだった。

 「じゃあ……助手として、ちゃんと役に立たないとね!」

 

 王都行きの荷馬車が朝焼けを背に走り出す。

 その荷台で、俺は再びあの書状を読み返す。

 ──制度が変わるかどうかはわからない。

 だが、変わるきっかけには、なれるかもしれない。

 あの街には、俺の過去も、後悔も、そして因縁も眠っている。

 けれど──

 「未来は、これから作る」

 そう呟く俺の隣で、セリアがこくりと頷いた。

 行こう。

 再び、あの場所へ。

 “理念”を掲げ、命を背負うために。



 馬車が王都の城壁をくぐった瞬間、俺は思わず息を呑んだ。

 三年ぶりに戻ってきたこの街は、相変わらず喧噪と華やかさの入り混じった空気を漂わせている。

 石畳に響く蹄の音、魔導街灯の淡い光、そして行き交う人々の中には、魔法陣入りの診察着を着た癒術師の姿も見える。

 セリアが荷台から顔を覗かせた。

 「……すごい、人の数……それに、みんな服がきれいで、なんか……魔法の匂いがする……」

 「魔素が濃い空間では、物理的な刺激も魔法的な効果も混ざる。つまり、“空気まで制度化”されてるってことだな」

 セリアはよくわからない、という顔でこくりと頷いた。

 王都は──何もかもが“魔法基準”なのだ。

 俺が追放されたこの街で、もう一度医者として立つことになる。それがどういう意味を持つか、俺自身が一番わかっている。

 

 宿は、王立医療会議が手配したものだった。

 格式ばった屋敷風の建物。出迎えた使用人は、俺を見るなり一瞬だけ表情を曇らせたが、セリアの笑顔に何も言わず頭を下げた。

 「すみません、部屋を二つお願いします!」

 「……了解いたしました」

 セリアは、何気ない対応にも緊張しているようだった。

 

 部屋に落ち着いたあと、俺たちは指定された場所──王立医療研究塔へと向かった。

 塔の中は、以前と変わらず。いや、それ以上に“整って”いた。癒術装置の整列、魔導式検査台、そして見慣れた──だが馴染めない、純白の癒術衣。

 「ようこそ。リクト=クレメンシア殿。ご足労、感謝いたします」

 そう出迎えたのは、一人の青年だった。

 白金の髪に眼鏡。知的な雰囲気を纏ったその男は、俺に丁寧に手を差し出した。

 「私、魔導医療研究局・技術解析室のライナ=シュタインと申します」

 握手を交わしながら、俺は彼の目を見た。

 ──好奇心。敵意でも拒絶でもなく、ただ“知りたい”という眼差し。

 「あなたの治療例、すでにいくつか記録を読ませていただいています。もしよろしければ、いくつかの症例について……明日、非公開の小講義をお願いできませんか?」

 「非公開か?」

 「ええ。いわば、“制度外”の試験的な枠です」

 つまり、表立っては認められないが──中には理解しようとする者もいる、ということだ。

 

 その時、塔の奥から聞き慣れた声が響いた。

 「ふん。異端者に道理など通じるものかと思っていたが、随分と優遇されているな」

 その声に、俺の背筋が自然と冷えた。

 現れたのは──

 「……ロズワル」

 癒術院高官、そして俺を追放した張本人。

 ローブの裾を翻して歩くその姿は、以前とまったく変わっていない。

 冷徹なまなざし。誰にも“触れさせない”硬さを纏っている。

 「これ以上、制度を乱すようであれば、今度こそ“異端者”として正式処分を検討する」

 淡々と、だが確実に含意された“圧力”。

 「俺は、医療をしているだけだ。癒術と異なる方法で、命を救ってる。それが“乱すこと”なら……制度の方が間違ってる」

 目を逸らさず、俺は言った。

 ロズワルは何も返さず、ただ背を向けて去っていった。

 

 「せ、先生……あの人が、追放の……?」

 「そうだ。あれが、“制度”そのものさ」

 

 王都の空気は、冷たい。

 だが、それでも温める価値がある。

 この街にも、命を繋ぐために闘っている者がいるのなら──

 俺は、再びこの地で立とう。

 理念のもとに、命を救うために。



 翌朝、王立医療研究塔の一室に俺は招かれていた。

 そこは一般の癒術師や見学者の立ち入りが禁止された、技術解析室内の“特別観察室”。

 いわば、制度の外にある者が“こっそり”出入りを許される場所だ。

 セリアは荷物を抱えながら、落ち着かない様子で周囲を見渡していた。

 「……うわ……なんか、全部が魔道具みたい……本当に、ここで先生が話すの?」

 「非公開ってのは、こういう意味さ。“本当は呼んじゃいけないけど、呼びたい”ってことだ」

 俺がそう言うと、彼女は不安そうに眉を寄せた。

 「……それって、また変な人に目をつけられるってことじゃ……」

 「もう目はつけられてる。今さら怖がっても始まらないさ」

 

 部屋には、昨日の青年──ライナが待っていた。

 彼は無骨な講義机の上に、癒術院の定式診断書と、俺が持ち込んだ医療カルテを並べていた。

 「ありがとうございます、来てくださって。実のところ……リクト先生の使う“術式なし医療”に、ずっと興味がありまして」

 「術式なしって言い方は、やっぱりここでは普通か?」

 「ええ。癒術ありきの世界ですから、“使わない”のではなく、“使えない”という印象が強いようです」

 ライナの言葉は柔らかかったが、その裏にある“常識の壁”は確かに重い。

 

 俺は、一つのカルテを開いた。

 「これは、村で診た子どもの症例。高熱、発汗不全、虚脱……癒術では“悪霊の干渉”と分類されがちだが、原因は脱水症状だった。塩分と水分を与えれば回復する」

 ライナは、カルテを食い入るように見つめていた。

 「確かに……魔力反応測定値が“ほぼ正常”という例ですね。通常なら“魔素の乱れなし=診断対象外”と判断される……!」

 彼の反応は、正直に言って新鮮だった。

 疑いでもなく、軽蔑でもなく──

 「……面白い。“異常がないこと”が、“無視される理由”になってしまうのか」

 俺のつぶやきに、ライナが頷く。

 「はい。癒術は“魔力の乱れ”に基づいて診断されます。魔素に異常がなければ、症状があっても“対象外”となる……そこに限界を感じていたんです」

 

 扉の外で、誰かの足音が止まった。

 一瞬の沈黙。だが、扉は開かない。

 ライナが小さく笑った。

 「ここには、興味を持っている者も、反発している者も来ています。“見ていないふり”をしながら、“覗き見ている”人も多いですよ」

 ──制度は、一枚岩じゃない。

 だが、その揺らぎの中に、突破口がある。

 

 セリアが、おそるおそる口を開いた。

 「先生……この人、信じていいの?」

 「今のところは、な」

 「“今のところ”かい!」

 俺は苦笑しながら、彼女の頭を軽く撫でた。

 「でも、信じようとしてくれる人間がいるだけで、十分だ」

 ライナが、少しだけ顔を赤らめながら言った。

 「できれば、先生の“方法”をもっと体系的に整理していただけますか?

 記録と症例、できる限り“再現性”のある形でまとめて……」

 「“学術化”しろってことか?」

 「はい。制度に対抗するには、制度の言葉を使うのがいちばん効きます」

 ……まったく、その通りだ。

 

 この日を境に、俺とライナの“共同作業”が始まった。

 癒術が“見落としてきた命”を、どう救えるか──

 科学という異質な知を、どう“言葉”に変えられるか。

 

 制度の扉は、固く閉じられている。

 だが、その隙間に手を差し込める者がいる限り──

 必ず、風は通る。



 講義後、研究室を出ようとしたそのときだった。

 廊下の角で、俺たちを待ち構えるように立っていた男がいた。

 「リクト=クレメンシア。少し、話をしようか」

 声は落ち着いている。だがその静けさには、冷気のような圧が含まれていた。

 ──ロズワル。

 俺を追放した癒術院高官にして、かつての直属の上司だ。

 セリアがぴたりと俺の後ろに隠れる。

 彼女の手が、震えているのが分かった。

 「……話なら、ここでもいい」

 俺は一歩も引かずに答えた。

 ロズワルはわずかに眉を上げ、そして、意外にも頷いた。

 「そうか。では単刀直入に言おう──お前を“癒術院技術顧問”として、正式に再任用する案が浮上している」

 言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。

 「……再任用、だと?」

 「そうだ。研究局の一部では、お前の症例報告を評価する声も出ている。“特例的な再登用”として、処分の取り消しと復職も可能だ。もちろん、今後の立場と報酬も保証する」

 その言葉を聞いたセリアが小さく息を呑んだ。

 「せ、先生……よかった……!」

 だが──俺は、首を横に振った。

 「条件は?」

 ロズワルは口角をわずかに上げる。

 「ひとつ。お前の“科学的診療”を、“癒術補助技術”として定義し、全て癒術院の監修下に置くこと」

 つまり──俺の医療を、“魔法の下位互換”として封じ込めるということだ。

 「……それで、認めたつもりか?」

 「異端を制度に取り込む。それが、“穏便な着地”だと、私は考えている」

 言い回しは柔らかい。だが、その実態は“支配”以外の何物でもなかった。

 俺は、静かに息を吐いて答えた。

 「断る。俺の医療は、“魔法の補助”じゃない。“別の道”として存在するものだ」

 「愚かだな」

 「譲れないんだよ。これは、俺だけの問題じゃない」

 セリアが、そっと口を開いた。

 「……先生が守ろうとしてるのは、“制度”じゃない。“命”だよ」

 ロズワルの目がわずかに細められた。

 「ふむ……“理念”か。“理屈”ではなく。だが、それでは国家は動かないぞ」

 「わかってるさ。だからこそ、命を救う“結果”で示す。それしかできない医者だからな、俺は」

 

 沈黙の後、ロズワルは言った。

 「ならば──お前の行く末を、私は“制度の内側”から見届けさせてもらう。

 “実績が出せなければ、次は情けはない”。覚悟しておけ」

 彼はそのまま踵を返し、廊下の奥へと消えていった。

 

 セリアは小さく震えていたが、それでも口を開いた。

 「……怖かった。でも、先生が背を向けなかったから、あたしも逃げなかった」

 「ありがとうな、セリア。お前がいてくれるだけで、俺は折れずにいられる」

 

 ロズワルの誘いは、甘美だった。

 復職、報酬、名誉──すべてを“制度の下”で取り戻せる道。

 だが、それは魂を売る契約と同じだ。

 

 俺が選ぶのは、“命を救う自由”だ。

 たとえそれが、制度に抗う道でも。



 王都での数日を終えた頃、一通の使いが村から届いた。

 セリア宛の手紙には、懐かしい筆跡でこう記されていた。

 ──“先生が王都で何をしているか、村でも話題になっています”──

 ──“癒術院がまた動いたって、本当ですか?”──

 ──“……リクト先生は、帰ってきますか?”──

 セリアは手紙を読み終えると、小さく唇を噛んだ。

 「みんな、不安なんだよね……“王都がリクト先生を奪う”って、思ってるのかも」

 「奪う、か。そんなつもりはないけど……」

 「でも、あたしは分かるよ。先生が王都で認められて、制度の中で働けるようになるなら……“その方が幸せなんじゃないか”って、思ってる人もいるんだよ、きっと」

 彼女の声には、迷いが滲んでいた。

 王都での緊張が続く中、村という“原点”を思い出すと、それは余計に強く感じられる。

 

 俺たちは一度、王都を離れて村に戻ることを決めた。

 理由は簡単だ。

 ──「俺たちは、まだあの村に“届けたいもの”がある」。

 

 村へ戻ると、広場にはいつもの顔が揃っていた。

 ルークが走り寄り、セリアに飛びつく。

 「おかえりー! 王都どうだった? すごいの? 魔法バンバン?」

 「うん……すごかったよ。でもね、リクト先生の方がずっとすごいんだから!」

 村人たちは、口には出さずとも、視線に多くの想いを込めていた。

 「……あんた、戻ってきたのか」

 「てっきり、王都でまた出世して、こっちなんか忘れるかと……」

 そんな言葉にも、俺はただ静かに笑った。

 「忘れるわけないだろ。ここで始まったんだ、俺の医療は」

 それを聞いたティマが、ふっと息を吐いた。

 「……まったく。妙な“医者ごっこ”が、いつの間にか村を変えちまってるってのが、笑える話だよ」

 

 夜、診療所の明かりの下で、セリアが俺に聞いてきた。

 「先生。もし、王都で本当に“席”をもらえたら……そこに行くの?」

 「選ぶのは、その時だ。今はまだ、選びきれない」

 「……そっか。じゃあ、あたしも今は、ここで先生の隣にいる」

 その言葉に、俺は少しだけ肩の力を抜いた。

 

 村は揺れている。

 王都での動きに、不安も期待も入り混じって──それでも、今はまだここで息づいている命がある。

 

 この村から始まった医療が、どこまで届くのか。

 制度を変えるだけじゃない。“信じてくれる人”の顔を、ひとつでも守るために。

 俺は今日も、診療所の扉を開ける。

 どこにいても、医者は医者だ。

 選ばれることより、“選び続けること”が、俺の矜持なのだから。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


第5話では、癒術院の強権に対抗する術として、“命を救った記録”が持つ力が明らかになっていきました。


信仰や権威に拠らず、患者の声、データ、記録、それらすべてが“言葉以上の説得力”を持つ。

リクトたちは、その事実を一つずつ積み重ねることで、村に新たな“道”を切り開き始めています。


この章は、戦いの始まりではありません。

“ただ真実を並べただけ”で世界がどう反応するのか──その問いに向き合う、静かで熱い前哨戦でした。


次回、第6話では、いよいよ王都側が“正式な対応”を見せ始めます。

その時、リクトと村が下す“覚悟”とは――どうぞお楽しみに。

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