第4話:拒絶された命と、封じられた真実
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『魔法が信仰とされた世界で、“医学”を信じた追放外科医』第4話です。
前回、癒術院からの“通達”という形で突きつけられた最後通牒により、リクトと村は重大な選択を迫られました。
今回はその続き──
・村が出した“本当の答え”
・リクトの手に渡る、かつて封印された“禁書”
・そして、「癒術では救えない命」との再会
科学と信仰がぶつかり合う中で、リクトが選ぶのは従順でも反抗でもなく、“命の現実”と向き合うこと。
この章では、初めて明かされる“癒術院の裏側”と、“救われるべき命”が照らし出されます。ぜひご一読ください。
通達が告げられてから、三日が経った。
村の空気は、張り詰めていた。誰もが何かを言いたそうにしながら、言えずにいた。
癒術院からの“最後通牒”──従うか、異端とされるか。
「先生、私……もしこのまま診療所が閉じられたら、また病気になったら、誰を頼ればいいの?」
年配の女性が震える声で問うた。
「魔法は効かないって言われたのに……それでも、癒術しか信じちゃいけないの?」
そんな声が、日ごとに増えていった。
「信じる者を選べと言われて、簡単に切り替えられるものかよ」
と、カイも呟いた。
一方で、恐怖に駆られて沈黙する者もいた。
「癒術院に逆らって、村全体が罰を受けたら……」
「国からの補助が切られたら、生きていけないぞ……」
分裂は始まっていた。
「やっぱり、先生が出て行くのが一番穏便なのかもしれない」
そう、誰かが言った時。
静かに立ち上がったのは、ゴルドだった。
「……黙れ」
村の中心にいる、老いた男の声は低く、しかし重かった。
「お主ら、忘れたのか。最初に“呪われた少女”と呼ばれていた子を、誰が救った?」
視線が、自然とセリアに向けられた。
彼女は、何も言わずに肩を張って立っていた。
「信じるに足る人間がいるのなら、それを守るのが“村”じゃないのか」
その言葉に、誰も反論できなかった。
その夜、ティマが診療所に現れた。
「準備はできてるよ。あたしの薬草棚、全部使っていい。魔法薬も含めてさ」
「……いいのか?」
「中途半端が一番嫌いなんだよ、あたしゃ。ここまで来たらやるしかない」
続けて、カイが小さな包みを持って現れた。
「村の自警団の何人かに話した。診療所を警備することに、同意してくれたよ」
そして、セリアが言った。
「先生。あたしたち、黙ってはいられないよ。村がどうするかなんて、関係ない。“治したい人がいる”って、それだけで十分だって、先生が教えてくれた」
言葉ではない。“姿勢”が、意思だった。
バラバラだった心が、再びひとつに集まり始める。
──なら、動こう。
反撃ではない。
ただ、“信念を示す”だけだ。
翌朝、診療所の前に一枚の木札が掲げられた。
> 『本日も診療します。魔法を使わない方法でも、命は救えます』
それは、癒術院に対する宣戦布告ではなかった。
ただの事実であり、村の決意だった。
俺たちは、“従わない”のではない。
ただ、“曲げない”だけだ。
診療所の扉に掲げた木札は、一見何の変哲もない宣言だった。
だがそれが意味するものを、癒術院は十分に理解している。
その証拠に、三日後──王都からの第二の通達は届かなかった。
代わりに、沈黙が深く、重く村を包んだ。
「静かすぎるのが、逆に気持ち悪いよな」
そう言ったのはカイだ。診療所の裏手で、簡易な警備拠点を作りながらぼやいた。
「癒術院は、圧力をかける時には時間をかける。直接潰すより、“自滅”を待つ方が楽だからな」
「でも、そう簡単に折れる先生じゃないこと、向こうも知ってるんじゃ?」
セリアが笑いながら言った。俺は肩をすくめて返す。
「だからこそ、他の方法を使ってくるかもしれない」
その日の夜。
ティマが一冊の古びた本を持って現れた。
「リクト。あんた、これ見たことあるかい?」
それは、表紙に“癒術院外典記録・分類外”と書かれた厚手の書だった。
「これ、禁書だぞ。どこで手に入れたんだ」
「昔、あたしの師匠がこっそり残していったものさ。“誰にも見せるな”って言われてたけど……今がその時かもしれないって思ってね」
中身をめくった瞬間、俺の手が止まる。
そこに記されていたのは──
> 『魔力無効性疾患』
> 『癒術が効かない患者群に対する“代替生理学的手法”による治療例』
> 『回復成功例多数。だが、倫理未確立のため封印』
──俺が、王都時代に提案した理論と一致していた。
それは、癒術では治せない病に対して、“科学的治療”を施した事例の記録だった。
当時の俺は、これに目を通すことすら許されなかった。
「……あったんだ。証拠が」
「つまり、あんたのやり方は“新しい”んじゃなくて、“封じられた”ものだったってわけだ」
ティマの声には怒りが滲んでいた。
この記録の中には、かつて癒術院が“失敗”と呼んだ数々の症例があった。
だがその多くが、“非魔力治療によって回復した”と明記されていた。
「なぜ、これを封じた?」
俺は本を閉じ、静かに呟いた。
セリアが、膝に座りながらぽつりと言う。
「それって……“癒術が万能じゃない”って証明しちゃうから?」
「そうだろうな。癒術院の権威は、“魔法が唯一無二の治療手段だ”って信仰に成り立ってる」
「じゃあ、先生がやってるのって、癒術院にとっては“存在を揺るがす”ことなんだね」
俺は息を吐いた。
「だから、黙らせようとしてきた。でも、もう……逃げる理由はない」
記録は、事実だった。
俺の治療は、“過去の誰かがたどり着いたもう一つの正解”だった。
ならば、今こそ──それを“認めさせる”時が来たのだ。
禁書に記された記録──それは、癒術院が過去に“非公式に成功していた”科学的医療の証拠だった。
俺は夜を徹してそれを読み込み、要点を整理していった。
「この記録の構成、意図的にバラバラにされてるな」
「隠す気満々ってことか」
ティマが苛立ちをあらわにしつつも、手際よく抜粋の写本を手伝ってくれていた。
セリアは図の整理と読み取りを担当し、カイは村の若者を集めて証言を記録してくれている。
「ルークの母さんも協力してくれた。先生に治してもらった人たち、口々に話してるよ」
「それだけ“成果”が残ってるってことだ」
“感覚”ではない、“結果”の記録。
魔法と違って、目に見える治療、測定可能な改善──それこそが俺たちの反証材料だった。
「これなら、“ただの異端”で片づけられる筋じゃない」
「そっちは任せる。私は魔法医術と組み合わせた治療例をまとめて出すよ」
「俺も“警備強化”って名目で、門の見張り増やしておく。……何が来ても、守れるように」
──村が、動いている。
そして、その午後だった。
診療所に一人の少女が運び込まれた。
肩で息をしながら飛び込んできた男が叫ぶ。
「娘がっ……倒れて、口から泡を……!」
見れば、少女はぐったりとしたまま、痙攣していた。瞳孔は開きかけ、唇の色が悪い。
「名前は!? いつから症状が出た!?」
「エルナ……三日前から発熱があって……でも癒術では何も起きなくて……!」
俺はすぐさま診察台に寝かせ、セリアに指示を飛ばす。
「水と冷却布、あと筋肉弛緩の調合薬を──急げ!」
「はいっ!」
脈は弱く、だが早い。
発熱、痙攣、意識混濁。重度のウイルス感染──それも中枢神経系に作用している。
癒術が効かない理由も、記録に残されていた。
「……この症状、“魔力の拒絶反応”だ」
「えっ……?」
俺は、禁書に挟まっていた一枚の症例写本を広げた。
> 『特定の免疫特性を持つ患者は、魔力を強制注入されることで中枢障害を起こす』
> 『癒術無効どころか、“悪化因子”となり得るケースあり』
つまり──魔法で治そうとしたことで、病状が進行したのだ。
「これは……癒術では救えない。だが、“今なら”間に合う」
俺は電解剤と抗ウイルス処方薬の調合を始めた。
少女の生命の灯は、まだ完全には消えていない。
この治療は、証明になる。
過去に封じられた記録を、いま現実として“上書き”する証明になる。
「セリア、記録を頼む。脈、体温、経過──全部、残す」
「うん……! 絶対、無駄にしない!」
命を救う。それが唯一にして最大の、反証だ。
治療から二日後、少女・エルナの瞳が、静かに開いた。
「……お、お父……さん……?」
隣で付き添っていた男が、言葉もなく涙をこぼす。
セリアが記録をつけながら、小さくガッツポーズを作っていた。
「体温安定、脈拍戻った……完全に、峠は越えました」
「よくやった」
この二日間、俺たちは寝る間も惜しまず看病と記録を続けた。
そのすべての数値、処置内容、反応の変化──記録用紙は既に何十枚にも及んでいる。
そして、そこにはひとつの事実が明確に記されていた。
──癒術が効かなかった患者を、科学医療で救った。
ゴルドはその全記録を持って、王都へ送る準備に入っていた。
「癒術院のやつらが、どんな顔をするか見てみたいもんだな」
「“顔を変える”より、“口を閉ざす”方が得意な連中だ。だが、今回はそうはいかない」
その日の午後。
王都方面から、再び使者がやって来た。
今度は、かつてとは異なる旗印を掲げていた。
「癒術院特別審問官──シグル=レイナート。命を預かる者として、真偽を確認しに参った」
痩身、冷たい眼光、金属のように無機質な声。
彼は剣ではなく、“制度と法”を使う刃だった。
「話は聞いている。“癒術で治せなかった少女”が、別の手段で救われたと。……記録を見せていただきたい」
俺はためらわず、全記録を差し出した。
彼はその一枚一枚を丁寧に、数時間かけて読み込み、ついには禁書の写本にまで目を通した。
やがて、静かに口を開く。
「……これは確かに、“事実”だ。症例、経過、結果。どれも捏造の痕跡なし。癒術が無効であった根拠も、明示されている」
その場にいた村人たち、ティマ、セリア、そして俺までもが、思わず息を飲んだ。
癒術院の使者が、事実を“否定しなかった”。
だが──
「しかし、制度上、癒術院としてこの方法を“認可”するわけにはいかない」
「……それはなぜだ」
俺の声は、静かだったが、怒気を帯びていた。
「本院は、“魔法によって成り立つ医療機関”です。“魔力によらぬ医療の存在”を公に認めれば、その存在意義そのものが揺らぐ」
「患者の命より、制度を守るのか」
「私は制度を守る者だ。君が命を守る者であるように」
彼は立ち上がり、封蝋の書簡を置いた。
「ただし、本院はこれ以上、君たちの活動に干渉しない。“村内で完結する限りにおいて”──その診療の継続を黙認する」
それは、敗北を認めずに退く“黙許”だった。
名誉も記録も奪われたまま、だが実質的に、俺たちの勝利だった。
セリアが小さくつぶやく。
「……認めた、んだよね? やり方はともかく、先生が救ったことは」
「……ああ。言葉にしなくても、それが“答え”だ」
この村は、これからも命を救い続ける。
魔法でも、医学でも。
必要なのは──方法じゃない。“想い”だ。
審問官が村を去ってから、一週間が経った。
癒術院からの圧力は止んだわけではないが、あの書簡一枚が、村の中に“確かな境界線”を作ってくれた。
診療所には、これまで通り──いや、以前よりも多くの患者が訪れていた。
「この薬、冷たいのにあったかくなるって変な感じするなあ」
「魔法じゃないのに、痛みがすっと引くんだな……」
そこには疑いではなく、驚きと笑顔があった。
俺が望んだのは、まさにこの光景だった。
診療所の一角には、魔法の道具と医療器具が並べて置かれている。
棚にはティマの調合薬と、俺の生理処方薬が並び、カルテ記録の隣に魔力反応測定のメモがある。
「まるで、魔法と科学の薬局みたいだね」
セリアが笑いながら言った。
「悪くないだろ。二つが並ぶだけで、安心する人間もいる」
「どっちかじゃなくて、どっちもある。それって、“選べる”ってことだよね」
“選べる”──それはこの村の、そしてこの診療所の最大の強みになった。
ティマが新しい薬草を持ってやってくる。
「この草、昔は“ただの葉っぱ”だと思われてたんだけどさ、先生に見せたら『抗炎症作用がある』って言ってたじゃない?」
「それなりに有効成分がある。熱を下げるサポートになるはずだ」
「じゃあ、“ティマ印の炎冷散”って名前で売っていい?」
「ネーミングはセンスが試されるな」
そんな日常の中にも、俺たちの戦いの爪痕は残っている。
けれど、そこに宿るのは恐れではない。
信頼と、自信。
そして──未来の形だ。
夕暮れ、セリアが診療所の裏で空を見上げながら言った。
「ここ、本当に変わったよね。前は、誰も寄りつかない場所だったのに」
「今じゃ、村の中心にあるようなもんだな」
「先生の力もあるけど、先生を信じた人たちの力も……だよね」
信じてもらえたから、俺はここにいられる。
支えてもらえたから、俺はもう、“一人の医者”じゃない。
「これで……終わり?」
セリアの問いに、俺は首を横に振る。
「始まりだよ。これは、ようやく“スタートライン”に立てたってだけだ」
「じゃあ次は?」
「もっと多くの命を救う方法を探す。できるなら、この村だけじゃなく……外にも、届けていきたい」
魔法と科学が、肩を並べて人を救う未来。
それは、たった一つの村から始まるかもしれない。
──それが、この診療所の役割だ。
俺たちは今日も診療を続ける。
どんな命も、どんな痛みも──“選ぶこと”のできる場所で。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第4話では、癒術院からの圧力に対して村が下した「静かな抵抗」、そしてかつて封じられた“科学医療の成功記録”が明らかになりました。
さらに、“魔力を拒絶する体質”という特殊な症例により、リクトの医療が“信仰では救えない命”を繋ぐ証明として描かれます。
そしてこの章の終盤では、癒術院への“反証”を準備する動きも本格化。
次回は、リクトたちが積み重ねてきた証拠をもとに、いよいよ“公の場”で揺るぎない主張を試みるターンへと突入します。
科学と魔法が交錯するその先を、どうぞお楽しみに。




