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第3話:揺れる村の掟と、信じる理由

ご訪問ありがとうございます。

『魔法が信仰とされた世界で、“医学”を信じた追放外科医』第3話です。


今回は、村での診療が軌道に乗り始めたリクトが、再び“外からの圧力”と直面する章となります。


魔法によらない医療が命を救い始めたことによる反発。そして、癒術院という巨大な権威の影が、じわじわと村を包み始める──


人々の信頼を勝ち得たはずの彼に突きつけられるのは、“信念を曲げるか、立ち向かうか”という選択。


リクトと村の人々が、それぞれの立場で葛藤しながら選ぶ道を、ぜひ見届けてください。

 昼下がり、珍しく診療所の前が騒がしくなった。

 診療台の片づけをしていたセリアが、戸口から顔を出す。

 「先生……ちょっと、大変かも」

 俺が外に出ると、村の入口の方から黒い馬車が一台、ゆっくりと近づいてきていた。

 外装には王都の紋章。癒術院本部のものだ。

 ──また、来たか。

 今度は誰だ。

 

 馬車が停まると、扉が静かに開き、長いマントを翻して現れたのは、先日来たアルゼとは違う人物だった。

 四十代ほどの女性。顔の半分を隠すベールを着けていたが、その歩き方、目の光、空気の重さ。只者ではない。

 「あなたが、リクト=クレメンシアね?」

 「そうだが、あなたは?」

 「王都癒術院本部、監察室主任、マイラ=グラウゼ。中央から正式に派遣された調査官よ」

 その名を聞いて、俺は思わずわずかに息を呑んだ。

 マイラ=グラウゼ──癒術院の“内側”を統制する立場であり、異端や不祥事の処理を専門とする“火消し”のような存在。

 

 「私は忠告しに来たの。あなたの活動は、中央では既に“政治的問題”として扱われ始めている。これ以上目立つと、あなた自身の身だけでは済まなくなるわ」

 「俺がやってるのは、ただの診療だ。病気を治してるだけだ。それが問題になるなら──そっちの方が異常だ」

 マイラは小さく笑った。

 「それが“正論”で通る世界なら、私の仕事はとっくになくなってる」

 

 そのやり取りを、診療所の前に集まった村人たちが遠巻きに見ていた。

 その中で、カイが一歩だけ前に出た。

 「おい、あんた。先生を脅しに来たのか?」

 マイラは目だけを動かし、冷ややかに言う。

 「忠告よ。これ以上、“科学もどき”の治療が広まると──火がつくわよ。外からじゃなく、内から」

 

 その言葉に、俺は確信した。

 これは“俺”への警告であり、“村”への牽制だ。

 築きかけていた平穏が、また踏みにじられようとしている。

 

 マイラは言い残すと、踵を返し馬車に戻った。

 扉が閉まり、車輪が土を噛む音だけが残る。

 

 沈黙の中、セリアがぽつりと呟いた。

 「……怖くないの?」

 俺は空を見上げながら答える。

 「怖いよ。相手は権力そのものだ。でも、それ以上に……失いたくないものがある」

 この村、この日々、この診療所。俺が選んで、やっと掴んだ生き方。

 

 なら、守るしかない。

 次に来るのが警告ではなく、排除だったとしても。



 マイラの訪問から一日が経った。

 村の空気は明らかに変わっていた。

 あの日まで、少しずつ積み上げていた信頼が、見えない糸を断ち切られたかのように静かに崩れ始めていた。

 

 「癒術院の人間が来たってことは、やっぱり“問題がある”ってことじゃないのか?」

 「ここまでしてもらっておいて、裏で“異端”扱いされてたんじゃたまらんわ……」

 

 そんな声が、風のようにすれ違う。

 否定されてもいないのに、自分から背を向ける。──信頼とは、いかに脆いか。

 

 その日の午後、村の会議所に招かれた。

 長老格を中心に、リーダー的な村人たちが集まっていた。

 「リクト殿。まず誤解しないでほしい。あなたを責めるための場ではない。だが……現実として、村の中に不安が広がっている」

 「“王都に目をつけられている”という事実は、我々には重いのだ。村の存続に関わる」

 

 黙って聞いていたセリアが声をあげた。

 「でも、先生は何も悪いことしてないよ! 病気を治して、助けてるだけだよ!」

 「それが“王都の方針に反すること”だった場合、どうなる? 村全体が異端とみなされるかもしれないのだ」

 別の者が言った。

 「なら、“癒術院のやり方”に従えばいい。リクト殿には一時的に休診してもらうとか──」

 

 俺は、ようやく口を開いた。

 「言いたいことはわかる。村を守りたいという気持ちは当然だ。でも俺は、患者が苦しんでいる時に黙って見過ごすような医者にはなれない」

 沈黙が落ちた。

 「俺のやっていることが危険だと、本当に思っているのなら、もうここにはいない。でも、ここで治療を受けた子どもたち、助かった命がある。それは“結果”だ」

 誰も反論しなかった。

 

 会議は、結論のないまま終わった。

 戻る道すがら、セリアがうつむきながらつぶやいた。

 「……“正しいこと”をするだけじゃ、だめなのかな」

 「うん。時には、“正しい”だけじゃ人の心は動かせない。けど、正しさを捨てたら、それはもう医者じゃない」

 「じゃあ、どうすればいいの?」

 「それをこれから探すのさ。俺たちのやり方で」

 

 その夜、診療所の前に、ひとりの中年男が現れた。

 「……妻が倒れた。高熱で意識もない。癒術師は明日じゃないと来れないらしい」

 彼はためらいがちに、帽子を取った。

 「頼む。あんたしか……あんたしか、すぐ診られる医者はいない」

 

 俺は静かに頷いた。

 「診よう。俺は医者だからな」

 

 揺れる村の中で、それでも“選ばれる”ことがある限り、俺の仕事は終わらない。



 夜通しの診療だった。

 倒れた女性の熱は確かに高く、脱水と全身の倦怠感が強かった。だが原因は、癒術師が“霊的異常”と呼ぶようなものではなかった。

 単純な腸内感染──清潔でない水の摂取が原因だ。

 点滴代わりの電解水を何度かに分けて飲ませ、腹部を温め、嘔吐の症状が落ち着いたのを確認して、ようやく俺は椅子に腰を下ろした。

 「リクト先生……本当に、ありがとうございました……」

 付き添っていた男は、何度も頭を下げていた。

 昼間、診療所の継続を疑問視していた一人でもある。

 「礼はいい。奥さん、今夜が峠だ。あと一晩、水分が取れていれば回復する」

 「はい……! はい……!」

 男の目には涙がにじんでいた。

 

 翌朝、そのことは村中に伝わっていた。

 

 「癒術なしで助けたらしい」

 「けど、それって逆にすごくないか……?」

 「癒術院の人間が来ても、やっぱりあの人は医者だよ」

 

 少しずつ、でも確かに──風向きが変わっていた。

 

 そんな中、村の薬草師・ティマが診療所を訪れた。

 「アンタのやってる医療っての……全部が全部、魔法を否定してるわけじゃないんだよね?」

 「……ああ。むしろ逆だ。魔法を使えるなら、それを医療の一手段として活用した方がいい。ただ“効き目の仕組み”を理解していない治療は、再現性に乏しい」

 「仕組み……ね」

 ティマはふむ、と唸った。

 「だったらさ。あたしが昔習った“癒しの温気魔法”、あれ、科学で言うと何に近いと思う?」

 「恐らく“深部加温療法”だ。血流を促して、痛みや凝りを緩和させる作用がある」

 「……! なんだか急に、説得力あるじゃない」

 ティマは少し驚いた顔をして、それからにやりと笑った。

 「だったら、アンタの治療と“うちの魔法”を合わせて、何か一つでも形にしてみるってのは、アリなんじゃない?」

 

 その言葉は、リクトの中に新しい火を灯した。

 

 “科学と魔法の融合医療”。

 それは、長い間“対立”でしかなかった二つの知識体系が、初めて“共に患者を救う”ために並ぶ可能性だった。

 

 「……いいな、それ」

 「でしょ? 村の皆にとっても、“どっちを選ぶか”じゃなくて、“いいとこ取り”できる方が、楽なんじゃないかって思ってさ」

 ティマの言葉に、セリアが嬉しそうに頷いた。

 「じゃあ、それって……“どっちが正しいか”じゃなくて、“どっちも使っていい”ってこと?」

 「そう。“治すこと”が目的なら、手段が複数あって何が悪い」

 

 選択肢は一つじゃない。

 信仰でも科学でもない、“命を救うための知恵”こそが、これからの鍵になる。

 そう、俺は確信した。



 その日の診療所には、いつもと違う来客があった。

 ゴルド村長代理が、正式な使者としてやって来たのだ。表情は厳しく、背筋を真っ直ぐに伸ばしていた。

 「リクト殿、“村の医療体系見直し”について、癒術院本部への報告を行わねばならん」

 「……報告内容に、俺の名前は?」

 「出さねばならん。お主は“中心人物”だ。逃れられる話ではない」

 

 当然のことだ。あれほど目立つ動きをしておいて、無視できるはずがない。

 だが、それが意味するのは──“癒術院本部が正式に対応する”ということ。

 これまでのような個人の派遣や観察では済まなくなるかもしれない。

 

 その報告書は、ティマと俺が共同で作成した。

 内容はあくまで中立的に。「魔法治療と非魔力医療の統合的実践」「村の合意のもとに導入された代替療法」など、角を立てず、だが明確に変化を伝える文言でまとめた。

 送付されたのは数日後。

 それから、村は“沈黙”の中に包まれた。

 

 一週間──何の返答も、来なかった。

 二週間──視察も、指示も、音沙汰なし。

 癒術院が“無視”しているわけではないのは明白だった。

 これは──“圧力”だ。

 

 「ねぇ先生、何か来た?」

 「いや、何も。だから、逆に嫌な感じだな」

 

 外からの干渉が来ないまま時間が過ぎるほど、村の中には見えない緊張が溜まっていった。

 

 そんなある日。

 セリアが走って診療所に飛び込んできた。

 「先生! 村の門に……“癒術院の紋章”をつけた馬車がまた来てる!」

 「……ついに来たか」

 予想していたよりも早い。

 

 外に出ると、整備された黒い馬車が一台。扉には封蝋が割られた痕跡。

 そして、その横に立つ人影──

 「久しぶりですね、リクト殿」

 マイラ・グラウゼ。

 再び姿を見せた監察室主任は、前回とは違う、どこか“静かな怒り”を纏っていた。

 

 「話があります。村の“越権的医療実験”について──正式に通達を行うために来ました」

 

 “通達”。

 その言葉の意味するものを、俺は理解していた。

 癒術院は、動いた。



 マイラ・グラウゼは、村の会議所にすぐさま場所を指定した。

 「これは“通知”ではありません。あくまで“通達”です。内容は既に決まっており、変更の余地はありません」

 集まった村人たちの空気が一気に張り詰める。

 俺は何も言わず、静かに彼女の言葉を待った。

 

 マイラは、手にした羊皮紙を広げた。

 「王都癒術院は、アルトレーネ村における“非認可医療行為の継続”を確認。これを『癒術統制法 第八項違反』として正式に指摘。よって以下の三点を命ずる」

 彼女の声は冷たく、寸分の隙もなかった。

 

 一、

 非魔力医療(通称:科学療法)に基づく診療行為の即時停止。

 二、

 関係資料および器具の提出、および医療記録の癒術院監査下への移譲。

 三、

 リクト=クレメンシアの“医師活動資格”の無効化、並びに再審査のための出頭命令。

 

 ざわつく村人たち。

 セリアが「ふざけてる……!」と声を上げそうになったのを、俺はそっと手で制した。

 

 マイラが言葉を重ねる。

 「なお、従わない場合は“異端行為”として処理する権限が、癒術院にはあります。……誤解のないように言えば、“この村ごと”調査対象となり得るということ」

 

 それは──最後通牒だった。

 

 俺は深く息を吸い、吐いた。

 「つまり、“従え”と」

 「そう。“従えば見逃す”。今ならまだ、癒術院も穏便に済ませたいのよ」

 

 選択を迫られているのは、俺だけではない。

 この村全体が、二つに割られようとしていた。

 

 黙っていたゴルドが、ようやく重い口を開く。

 「リクト殿。お主に村を去れとは言わぬ。しかし──村を守るためには、“形だけでも従う”という道も……」

 「……黙って言うことを聞けってことか」

 

 ティマが、苛立ちを隠さずに言った。

 「冗談じゃない。ここまでやってきたのに、結局“魔法以外は認めない”ってことかい!」

 セリアも負けじと続く。

 「癒術が万能じゃないから、先生が来て、助かった人がいっぱいいるのに……!」

 

 マイラは微笑すら浮かべず、言い切った。

 「それでも、“中央”が決めたことなのです。反論は受け付けません。……返答は一週間以内に」

 

 彼女は紙を机に置き、踵を返すと会議所を後にした。

 背中を押すような重い沈黙が、その場に残された。

 

 俺は羊皮紙の通達文を見つめながら、呟いた。

 「……選ばされるのか。“従うか、闘うか”の二択を」

 ゴルドの顔が曇る。

 「どうか、無茶はせんでくれ」

 「……俺はただ、“治療”をしているだけだ。それが罪なら、医者なんてやってられない」

 

 あと一週間。

 この村と俺に、選ばせるつもりだ。

 癒術に屈するか、自分たちの信念を通すか。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


第3話では、リクトが過去の影と向き合うだけでなく、“癒術という信仰”に支配された村の中で、「もう一つの治し方」を守ろうとする姿が描かれました。


癒術院の特使の訪問、マイラの“最後通牒”、そして村の人々自身の迷いと覚悟──


信じる者と、揺れる者と、恐れる者。それぞれの心情が交錯しながら、「命を救うとは何か」という問いが、より深く描かれていきます。


次回は、さらなる対立の中で明かされる“隠された真実”と、命をかけた治療が物語の鍵を握ります。


引き続き、よろしくお願いいたします!

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