第13話:審問の終焉と、その手が選んだ未来
ご閲覧ありがとうございます。
今回の話では、いよいよ癒術院による審問が終局を迎えます。
問われるのは過去ではなく、“これから”の在り方。
村を想う人々の声と、リクトの覚悟が交差する中、ひとつの“決断”が下されます。
これまで積み上げてきた信頼と、命を救ってきた記録がどのような結果をもたらすのか──
どうぞ最後まで見届けていただけると嬉しいです。
「……変わってないな、ここは」
木造の診療所。その入口に立ち、俺は小さくつぶやいた。
王都の喧騒を離れ、再び辿り着いた辺境の村アルトレーネ。
ここが──俺が“医者”としてもう一度歩き出した場所。
「先生ー! 荷物こっち運びますねっ!」
セリアが診療所の裏手から元気に顔を出す。髪は短くなり、白衣も似合ってきた。以前よりずっと“大人びた表情”をしている。
「重いものは無理するなよ。あれからだいぶ筋力ついたとはいえ、助手として倒れたら本末転倒だからな」
「だいじょうぶですってば! って、あれ? 私、また“助手”に戻っていいんですか?」
「他に誰がいる。副院長代理殿?」
「……うわぁ、それはちょっと照れる」
にこにこと笑いながらも、セリアの手つきは慣れていた。
王都での会議、癒術院との交渉、数ヶ月にわたる激動の時間を経て、俺たちはようやく“帰ってこられた”のだ。
診療所の中に入ると、空気が少し乾いていた。
棚には丁寧に整理された薬草と器具、帳簿が積まれていて──この数ヶ月、誰かがここを守っていたことが一目で分かる。
「留守中、ありがとうな」
「……ううん、わたしも、ここが“帰ってくる場所”であるって信じてたから」
静かな言葉に、俺はわずかに胸を打たれる。
机に荷物を置き、白衣の袖をまくる。
王都で“復権”は果たした。癒術院でも俺の医療は正式に認められ、“科学医療の一手法”として位置づけられた。
でも──それが終わりじゃない。
ここで、また一から“村の医者”として、積み上げていく。それが、俺の選んだ道だ。
「セリア、今日は再開初日だ。まずは帳簿の確認と、在庫点検から始めよう」
「はーい、先生! あ、あと、患者さんからの“伝言メモ”、ちょっと溜まってました」
そう言ってセリアが差し出したのは、羊皮紙の束。
「“お腹の薬もうちょっとほしいです”とか、“腰が痛くて雨の日つらいです”とか……」
「ふふ、いいな。それが“日常の医療”ってやつだ」
俺は羊皮紙を一枚一枚めくりながら、ふと、静かに笑みを漏らした。
王都での輝きより、
この村の、汗と土と人の体温が混ざった空気の方が──よほど俺には、心地いい。
「さあ、今日からまた診療開始だ。俺たちの医療を、日々の暮らしに戻すぞ」
「うんっ!」
助手が嬉しそうに頷き、診療所の扉が再び開かれる。
朝の陽が差し込む中、俺は医者として“いつもの日常”へと戻っていった。
──これは、命を守る戦場じゃない。
でも、命を支える場所だ。
だからこそ俺は、ここに戻ってきた。
ただいま、診療所。
午前の光が差し込む診療所の中、俺は棚に並んだ薬草の匂いを嗅ぎながら、一枚の帳簿に目を通していた。
「乾燥カミラ草、残りわずか……これ、次の採集で補充が必要だな」
「先生、それ、あたしメモしておきますね。あと、エルム樹液もそろそろ……」
セリアは手慣れた動きで薬草棚を確認し、俺の言葉に追いつくように羊皮紙に書き込んでいく。
「前に来てた子どもたち、あの咳にはカミラ草茶がよく効いてたんですよね」
「そうだな。抗炎症作用と喉の粘膜保護。癒術よりも持続性がある」
「……でも、魔法じゃないのに効くって、やっぱり不思議に思う人、まだ多いんだろうな」
「“不思議”の正体を解き明かすのが、俺たちの仕事だよ」
にこりと笑って言うと、セリアもほっとしたように笑い返した。
そんな静かなやりとりの最中──
「リクト先生! おら、ちょっと診てもらいてぇんだが!」
診療所の扉が勢いよく開いた。入ってきたのは、村の農夫・ハンス。日焼けした顔に大きな体、そして片腕に巻かれた粗末な布。
「また切ったのか?」
「いやぁ、柵の修理してたら、うっかり釘で……中まで入ったかもしれねぇ」
俺は頷き、彼を椅子に座らせる。
「セリア、消毒液とピンセット、それと包帯だ」
「了解!」
手早く準備をするセリアの姿に、少し感心する。
この数ヶ月で、彼女の成長は目覚ましいものだった。最初は触れることすら怖がっていたのに、今では処置の流れも自然に読めている。
「釘は抜けてるが、金属片が残ってるかもしれないな。ちょっと痛むぞ」
「へっ、痛ぇのは慣れてるさ」
「……その自信、ろくな結果にならないこと多いだろうけどな」
俺はそうぼやきつつも、傷口に消毒をし、ピンセットで異物を慎重に確認した。
「よし、金属片はなし。炎症も軽度。これなら、抗菌処置と包帯で様子見だな」
「先生が言うなら安心だぁ……」
ハンスは大げさに肩を落とし、笑いながら包帯を巻かれていく。
「セリア、処置記録つけておいてくれ」
「はーい!」
彼女は手元の帳簿に日付と内容を書き込みながら、ついでに尋ねる。
「ハンスさん、最近の体調とかはどうですか?」
「そうさなぁ……ちょっと酒が進みすぎてるって嫁に怒られたくらいか」
「……あの、肝臓って、黙って壊れるんですよ。気をつけてくださいね?」
「ひぇっ……」
セリアの本気の表情に、さすがのハンスも背筋を伸ばしていた。
午後、処置を終えた俺は外に出て、診療所裏の畑を見渡す。
薬草が風に揺れ、淡い香りが鼻をかすめた。
「変わらないようで、少しずつ変わってるな……」
そうつぶやいた俺の横に、セリアが並ぶ。
「先生、明日、村の子どもたちが“診療所ごっこ”するって言ってました。あたしが“先生役”で……」
「……似合いそうだな」
「えっ、ほんと?」
「お前はもう、“助けられるだけの人間”じゃないからな。支える側に、ちゃんと立ってる」
セリアは顔を赤くしながら、でも嬉しそうに笑った。
草の香りと、患者の声。
ここには、派手な魔法も、偉大な癒術もない。
でも──人の暮らしのすぐ隣にある、“生きる力”が確かに息づいている。
それが、俺たちの医療だ。
夜の診療所は、昼間とは違った静けさに包まれていた。
棚の薬草がかすかに揺れ、外の風の音だけが耳に届く。
机の上には、今日一日で診た患者の記録が並んでいた。
「ふぅ……結局、今日だけで六件。草傷、消化不良、関節痛、それと……」
俺は帳簿をめくりながら、患者一人ひとりの顔を思い出していた。
「……カルテって、やっぱりすごいね」
セリアが隣で小さく感心したように言う。
「たった一枚の紙に、“その人が生きてる証拠”が全部書いてある気がする」
「記録ってのはな。忘れないためだけじゃない。“向き合い続けるため”にあるんだ」
俺はそう答えながら、自分のカルテに目を落とした。
ページの端には、セリアの書いたメモがある。
“リクト先生、最近寝不足気味。顔色、やや青白い。朝食、抜く傾向あり”
……まったく。俺のことまで記録されているとは。
「勝手に診察するなって言っただろ」
「助手の仕事ですから」
セリアはにやりと笑って返す。
「なあ、セリア」
「はい?」
「お前は、この村にずっといてもいいと思ってるか?」
突然の問いかけに、彼女は少しだけ目を見開いた。
「……うん。だって、ここが“あたしの命を拾ってくれた場所”だから」
「でも、いずれお前にも“学ぶ機会”は必要になる。“現場”だけじゃなく、理論や知識にも手を伸ばすべきだ」
「……王都に行けってこと?」
俺は首を振った。
「強制はしない。けど、医療は“伝える力”でもある。お前の言葉なら、救える命がもっとあるかもしれない」
しばらく沈黙があった。
やがて、セリアが小さくうなずく。
「わかった。……でも、先生がいる限り、あたしは“ここ”が原点だって忘れない」
「それで十分だよ」
再び帳簿に目を落とす。
この村の、小さな命たちの記録──
それは、医者としての俺の決意でもある。
“誰かの生を、確かにここで受け止めた”
それを忘れないために、カルテを書き続ける。
夜の風が、薬棚の瓶を静かに揺らした。
俺は今日もまた、明日の命のためにペンを取る。
「……これ、ほんとに“草”から取ったんだよな?」
机の上に置かれたフラスコを見つめ、俺はあらためて言葉にした。
透き通った薄緑の液体。ほのかに甘い香りが漂い、その正体は──村の薬草師ティマが持ち込んだ、“エルネ草の精製エキス”だった。
「当たり前でしょ。雑草呼ばわりされてたけど、ずっと気になってたんだよ。んで、乾燥・煮詰め・抽出ってやったら、これが出たのさ」
ティマは腕を組みながら、どや顔で言う。
「血流を促して、筋肉のこわばりをほぐす効果あり──って、前に先生が言ってた“深部加温”ってやつ、これと似てるんじゃないかい?」
「確かに。局所的に血行促進を起こす植物成分……天然のナファゾリンに近い構造かもしれないな」
「……なふぁぞりん?」
「気にするな。俺の世界で使われていた薬の名前だ」
診療所の一角、今では“研究室”と名付けられた場所で、俺とティマ、そしてセリアが日々草と格闘している。
この辺境の村で見つかった薬草と、俺の医学知識──
それらを掛け合わせて、「再現性ある治療法」を論文化する。
それが今、俺たちが進めている新たな試みだった。
「でも先生、“論文”って、村の人たち読めるの?」
セリアが素朴な疑問を投げかける。
「元々は“癒術院の研究会”向けだ。魔力の数値化が始まった今、“理屈の通る治療”が見直され始めてる。そこに、俺たちの事例をぶつける」
「ぶつけるって……喧嘩売ってます?」
「反応を見てみたいだけさ。“魔法じゃないけど効く”って現象が、どこまで認められるか──」
セリアは少し不安そうに、それでも手元のノートに向き直った。
「じゃあ……あたし、“患者の反応記録”をまとめます。声とか、症状とか。魔力がどれくらい要らなかったかもメモしてるから」
「助かる。科学が証明できない部分を、患者の“生きた証拠”が補ってくれる」
“草の研究室”は、今日も静かに、けれど確実に未来を掘り進めている。
学会も、癒術院も、この村も──
誰かが言葉にして、論じなければ変わらない。
俺たちの手で、
“治療は魔法だけのものじゃない”という証明を、始めるんだ。
診療所の奥にある研究室。そこに、俺は一枚の羊皮紙をそっと置いた。
それは、ここ数週間で積み上げてきた知識と観察の結晶──
癒術と非魔力医療の比較的有効性に関する初期調査報告書。
……なんとも回りくどいタイトルだが、“癒術院”に喧嘩を売らないギリギリの言い回しを意識した結果だ。
「先生……ほんとに、これ出すんですか?」
セリアが、やや不安げな声で言った。
「王都の癒術院って、前の“監察官の通達”だってまだ引きずってるはずでしょ? また火に油、じゃないですか……」
「火なら火で、炎症の程度を調べるチャンスだ」
俺はペンを置いて、少しだけ微笑んだ。
「これは“戦い”じゃない。“提案”だよ。“癒術”と“科学”が互いに補い合う可能性を、俺たちは村で実践してきた」
「……“治った”っていう“結果”は、もうあるもんね」
ああ。
この村には、“魔法じゃないと救えない”と言われた患者が、
“魔法じゃないからこそ助かった”事例が、いくつもある。
その記録──カミラ草を用いた咳止め療法、エルネ草の温湿処置、電解水による脱水回復など。
どれも王都の教本には載っていない。だが命を救ったことは、紛れもない事実だ。
「ティマが整理してくれた“薬効分類表”も添えてある。魔力反応がゼロで効果があった治療、再現性のある処方、それぞれ時系列でまとめた」
「これ……“村の草”と“先生の医学”が、ちゃんと交わってる証拠、ですよね」
「そうだ。“村の医療”として、ここで芽を出した知恵だ」
俺はセリアと目を合わせ、はっきりと頷いた。
「この資料を、王都に送る。“癒術院医学会”の年次報告会──あそこに、正式に“提出者リクト=クレメンシア”として届ける」
「出すだけじゃ、終わらないですよね?」
「ああ。“反応”が来る。“認めるか否か”の、な」
その日の午後、俺たちは村の伝書局を訪れた。
この村にも王都との文通路線はある。とはいえ、馬車で二週間はかかるルートだ。
封筒に、報告書、使用薬草のサンプル、診療記録の抜粋、そして簡単な挨拶文を入れる。
「行ってこい。これは、“否定されて終わる”報告書じゃない。“次の医療”の種だからな」
封を押し終えた俺の手を、セリアがそっと握った。
「……先生、すごいことしてるんだって、あたしやっと実感してきました」
「大したことじゃない。俺はただ、“目の前の患者を救うために必要な方法”を使ってるだけさ」
「でも、その一つひとつを、こうして“残そう”ってしてる。誰かに渡そうとしてる。それって……」
セリアは少し言い淀んでから、はにかんだ。
「……なんか、すっごくかっこいいです」
「そりゃどうも」
それから三日後──
伝書局に、一通の“返信”が届いた。
宛先は、リクト=クレメンシア。
差出人は──癒術院学術部副長、ライナ=ヴァレール。
俺は封を開け、内容に目を通した。
短い文面だったが、そこにはこうあった。
《報告書、受理。議題として年次医学報告会へ正式提出予定。あなたの資料は“治療体系比較分科会”にて審査される》
──受理された。
それだけの事実に、俺は一息、長く息を吐いた。
「よかった……」
隣でセリアが小さく声を漏らす。
“正体不明の力”ではなく、“誰にでも使える技術”で命を守る道。
それが、ようやく“語る場”に辿り着いた。
だが──
これはまだ“始まり”だ。
“王都の医療”という巨大な権威の前で、この村の草と、俺の知識がどこまで通用するか。
それを測る、初めての“外の戦い”が始まろうとしている。
夜。
診療所の裏庭に立ち、風に揺れる薬草たちを見つめながら、俺はひとり呟いた。
「──伝わるかどうかは分からない。でも、伝えなきゃ何も変わらない」
治すことの意味。
魔法でも、科学でもなく、その根っこにある“命を想う心”。
それを──王都にぶつけてやろう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回のエピソードでは、長く続いた“審問編”が一つの結末を迎えることとなりました。
癒術院の裁定、村の空気、そしてリクト自身の内なる決意──
「異端でも構わない」と言い切る強さの裏にあったのは、ずっと変わらなかった“救いたい”という想いだったと思います。
物語は次の段階へと進みます。
ただ命を守るだけではなく、どうすれば“正面から認めさせるか”という、新たな闘いへ。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!




