第12話:審問の幕開け──命を救う手は異端か正義か
ご覧いただきありがとうございます。
今回の話では、ついに癒術院の特別審問官が村を訪れ、“裁き”の舞台が整います。
命を救ったという事実は、果たして“赦される行い”なのか──
医療の本質を問う場で、リクトたちは言葉と記録と命で証明を試みます。
村の人々がどう語るか、審問官がどう裁くか。
大きな転換点となる回です。どうぞ最後までお付き合いください。
その日、診療所に一通の密書が届けられた。
癒術院の印は押されていない。だが、その紙質、封の仕方、差出人不明の署名──
内容を読む前から、“ただ事ではない”と分かった。
>《癒術院元高官ロズワルの証言記録》
>《対象:リクト=クレメンシア追放処分に関する内部調査報告書》
>《極秘資料。院外持ち出し禁止》
──ロズワル。
あの頑固で制度に殉じた男が、なぜ今、
自らの手で“追放の真相”を記したのか。
ページをめくった瞬間、
その“罪の構図”が、静かに浮かび上がっていく。
【追放は、制度の正義の名を借りた“政治的犠牲”だった】
当時、王宮と癒術院の間では、
“科学医療の台頭をどう抑え込むか”という非公開会議が複数行われていた。
癒術院内の急進派は、「制度を揺るがす“異端的成果”を事前に排除すべき」と主張。
その中で、実験成果を公表目前だったリクト=クレメンシアに白羽の矢が立った。
──俺は、制度にとって“都合の悪い象徴”だった。
救った命の記録。
癒術では救えなかった症例の報告書。
それらすべてが、制度の“唯一性”を否定する証拠だった。
そしてロズワルは、その犠牲を“正義”と信じ込むことで、自らの良心を黙らせた。
>「彼が制度に残れば、遅かれ早かれ癒術院は揺らぐ。
> ならば、“制度を守るために排除する”。それが、私の選んだ道だった」
だがそれは、“本当の正義”ではなかった。
ただの“恐れ”だ。
変化に、未知に、自分たちの地位が崩れることへの恐怖。
その事実が、こうして文字となり、
今、俺の前に置かれている。
セリアが後ろから顔を覗き込んだ。
「先生、それって──追放の……?」
「ああ。……“真実”だ」
セリアは黙ったまま、封筒の中に目を落とす。
「こんなことって……ひどい。制度の人たち、先生のこと“命を救ったから”追い出したなんて……」
俺は封筒を閉じ、静かに言った。
「制度ってのは、“正しさ”の形を決めたがる。
だが、命の現場に正解はない。
それを恐れた奴らが、俺を“排除”することで、安心を得たんだ」
「じゃあ……これ、どうするの?」
「使わないさ。──俺は、“復讐”がしたいわけじゃない」
セリアが顔を上げる。
「でも、先生は追放されて──あのとき、全部失ったのに?」
「それでも、“今ここにある命”を救えてる。
それが何よりの証明だ。
“制度の都合”より、“救った命の重み”を信じたい」
真実は、過去を変えない。
だが、未来を“選び直す力”になる。
俺が救った命たちが、それを証明してくれている。
だからもう、後ろを振り返る必要はない。
“医師としての誇り”は、奪われなかった。
──それが、俺のすべてだ。
王都の朝は、やけに静かだった。
だが、それは“嵐の前”の静けさに近い。
その日、王立医療会議に一本の届け出が提出された。
>《内部告発書:元癒術院補佐官ラズ=ファーレンによる証言》
>《主題:癒術制度内における診療選別・記録改ざん・政治的追放に関する実態》
ラズ。
かつて俺が癒術院にいた頃、一度だけ講義で同席した若手官僚だ。
真面目で気弱、だが制度に対して微かな疑問を持っていた男。
その彼が──“証人”となった。
「癒術院では、過去十年間にわたって、“癒術無効”と判断された患者の記録を一部削除・非公開としていた可能性があります」
「患者が救えなかった理由を“体質異常”に帰し、責任の所在を曖昧にすることで、制度の信頼を守ろうとしていた」
「さらに、“異端的治療を行った者”を、事前にリストアップし──
“制度を乱す恐れあり”とした者に、追放処分を進言していた例も……確かに、ありました」
──俺の名前も、その中にあった。
王立議事堂に集まった評議員たちは、誰もが顔を強張らせていた。
過去の正当性が、ひとつずつ崩れていく音が、確かに場内に響いていた。
その場に居合わせたライナが、報告を持ち帰ってきた。
「……制度の中に、“あなたを追放した理由が正しくなかった”と気づいていた人間は、確かにいたんです。
でも、何も言えなかった。“制度の重み”が、それを許さなかった」
俺はただ、静かに頷いた。
「なら、やっとだな。“言葉にできる時代”が、始まったってことだ」
告発の内容は即座に広まり、
市民たちの反応も変わり始めていた。
「制度って……命のこと、ちゃんと考えてたのか……?」
「追放された医師のほうが、“ずっと人間的”だったってことか……」
癒術院への信頼は、音を立てて崩れていた。
セリアは、診療所の窓からその声を聞きながらぽつりと呟く。
「先生……これって、“ざまぁ”って呼んでもいいのかな」
俺は首を横に振った。
「“ざまぁ”で終わらせるな。“変わること”を、ここで止めさせちゃいけない。
崩れたなら、築き直すしかない。
“命を正しく診られる制度”を、今度こそ──」
制度は、嘘をついた。
だが今、その嘘を正す者たちが、声を上げ始めた。
証人の告白は、始まりの合図だった。
制度は、崩れるのではない。
“正しい形に、戻るのだ”。
王宮の大広間。
その中心に設けられた特設壇上には、王国の司法代行者、そして王家の代理として第六王女・アメリアの姿があった。
並ぶ議員、癒術院上層部の面々。
そのどれもが、かつて俺の存在を“危険因子”とし、王都から追い出した者たちだ。
だが今日、この場において裁かれるのは──俺ではない。
「被調査対象:元癒術院院長補佐・ヒュベリオン派閥、及び制度内記録操作に関与したとされる関係者一同」
告発文、証言記録、記録改ざんの証拠書類。
ラズ、ロズワル、そしてアメリア自身によって裏付けられたそれらが、今、白日の下に晒されている。
「かつてリクト=クレメンシアを“非倫理的医療行為者”と断じた処分記録、
および彼に関わる症例記録に対し、制度上の“意図的な操作”が認められました」
アメリア王女が声を張る。
あの日、癒術では救えなかった自分の命が、彼によって救われたこと──
その証人として、王家は“制度の正義”を再定義しようとしていた。
「命に選別はない。
その根幹に関わる制度が、過ちを犯したことは明らかです。
王家としても、癒術院に対し“全面的な構造見直し”と、“処分の再審査”を命じます」
ざわめく議場。
その中心で、俺は立ち上がる。
「俺は、追放されたことを恨んではいない。
だが、“命を見捨てた制度”を許す気は、今もない」
「これからも、俺は命に向き合う。
それが癒術であれ、科学であれ、選ばれるのは“正義”じゃない。
“救われた命”そのものだ」
言葉の重みに、会場が静まり返る。
そして司法代行者が、最終決定を告げた。
「過去の追放処分は、“制度的瑕疵を伴う不当な手続き”と認定。
よって、リクト=クレメンシア殿に対し、制度上の“名誉回復”を命じる。
また、同氏が現在担っている科学医療部門の正式統括役を、
王国医療制度の中核“医師団長”として任命することを、勅令として発布する」
──それは、制度が自らの過ちを認めた証。
名誉も、地位も、俺にとっては必要なものじゃなかった。
だが、この場に至るまでに救われた命たちのために。
ここで、この決着は──必要だった。
セリアが、涙を浮かべて立ち上がった。
「先生……! やっと……やっと、認められたんだね……!」
アメリアもまた、そっと目を伏せながら口を開いた。
「先生のような人が、“医療の中心”にいる世界が……きっと、未来を救う」
かつて俺を“外”に追いやった制度が、
今、“内”から変わる。
──すべては、命のために。
王国の医療は、過去と決別し、未来を見据え始めた。
王都に灯る無数の提灯が、まるで星空のように揺れていた。
それは王家主催の祝賀夜会──制度改訂と医療功労者の叙任を讃える場として設けられた、特別な式典。
だが、俺にとっては別の意味を持つ夜だった。
「王政の名のもとに、ここに“リクト=クレメンシア”を、王国医師団長に任命する」
玉座の前、勅令を携えた王直属の使者がその名を読み上げた瞬間──
場内にいた貴族、医師団、そして数人の癒術院関係者が、一斉にざわめいた。
それは前例のない人事だった。
追放された元医師が、制度の中心に“帰還”するだけでなく──
医療体系そのものを担う、“改革の旗印”となったのだ。
俺は、玉座の間を歩いた。
一歩ごとに、足元で“制度の残滓”が音もなく砕けていくような感覚があった。
王の前に立つと、アメリアが静かに歩み寄ってきた。
儀礼用の白衣を手に、そして凛とした声で言った。
「リクト=クレメンシア。
あなたは、制度が見落とした“命の声”を拾い続けた。
その実績、覚悟、信念に敬意を表し、今この瞬間から──
王国医療の礎として、新たな“医の信”を託します」
白衣が、肩にかけられる。
過去には決して得られなかったその重みが、今、胸にしっかりと乗った。
セリアの目には、涙が浮かんでいた。
ライナは感無量といった顔で拍手を送り、
観客席の一角では、王女アメリアが静かに微笑んでいた。
──この国で、もう一度“命に選ばれる医療”を始める。
式のあと、王宮の外縁にある庭園へ出た。
星空と提灯が交錯する幻想的な光の下、セリアがそっと近づいてくる。
「……おめでとう、先生。ずっと、この瞬間を見ていた気がする」
「ああ。……だが、終わりじゃない。“始まり”だ」
「でも──“ここまで来た”ことは、認めていいと思うよ」
彼女の言葉に、俺はようやく、小さく頷いた。
「ありがとう。お前が隣にいてくれたから、ここまで歩けた」
沈黙が、しばし流れる。
「これから……何を変えていくの?」
「まずは、命に届く制度。“選ばれた者”じゃなく、“見捨てられていた者”の側に立つ体制を作る」
「──先生が、“救えなかったあの日の命”を、きっと超えていくんだね」
その言葉に、胸の奥が静かに揺れた。
過去は、悔いと後悔の連続だった。
だが、今ここにあるのは、“選び抜いた信念”の結実だ。
名誉とは、与えられるものではない。
積み重ねた“行いの結果”として、自然とそこに現れるものだ。
そして今、俺はそれを──“命たちに”証明されたのだ。
王都に朝が訪れた。
だが、その空気は昨日までとは違っていた。
名誉回復。制度改革。医師団長就任。
形式上は“勝者”となった俺だが、内心は静かだった。
これは、決して“勝ち取った地位”ではない。
ただ、“命の現場に戻る場所”を手にしただけだ。
──だから、やるべきことは変わらない。
その朝も、診療所には変わらず患者が来ていた。
新しい診察服を着ても、俺のやることは同じだ。
症状を見て、話を聞き、必要な処置をする。ただそれだけ。
「はい、お薬は一日三回。……次の診療は三日後だ」
いつもの手順、いつもの声。
だが、その後ろに立つ人々の表情が変わっていた。
「先生、“王の医者”になっても変わらないんだね」
「王族を救った人に、私みたいな貧民の診療までしてもらえるなんて……」
そう、ここが本当の“意味”だ。
制度に認められたことが大事なんじゃない。
“制度の内と外”を分ける線を、俺たち自身が越えていくことが──意味なのだ。
その日の午後、セリアとライナと共に、診療所の裏にある小さな講義室へ向かった。
「今日からここを、“未来の医療者たち”の教室にする。
癒術しか知らなかった者も、科学に触れたことのない者も、
誰でも“命に向き合う力”を学べるように」
セリアがにっこりと笑う。
「ついに、“先生の処方箋”が、未来に届くんだね」
処方箋──
命の痛みを和らげるために、医者が記す“選択の指示書”。
それはつまり、“希望のメモ”でもある。
癒術か、科学か。
それは問題じゃない。
命が“選べる”ということが、なによりの希望だ。
夜、静かな診療所にて。
俺は今日の記録を閉じ、灯りを消し、ひとつだけ言葉を残した。
「医療とは、選ぶことじゃない。
“選ばせること”だ。命に、未来に──希望を」
そしてこの信念は、王都を超えて、
やがてこの世界のどこかで、
新たな命を救うだろう。
──追放された外科医は、今、王国の“未来医療”の中心にいた。
だが彼は変わらない。
ただひとつ、“命を諦めない医者”として──
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回の第12話では、ついに癒術院の審問官が現れ、リクトたちの医療行為が公の場で問われる展開に突入しました。
罪ではなく、実績で語る。
支えてくれた人々の証言や、救われた患者たちの存在こそが、リクトにとって最大の“反証”であることを描きました。
次回(第13話)では、審問の最終局面。
村の命運、癒術と医療の関係、そしてリクトの“本心”が語られる場面へと進みます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!




