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 想子は外が好きだと思っていた。

 本当のところは家にいたくないだけなのだが、その現実から目をそらして蓋をキツく締めている。だから、自分は外が好き、ということにしている(

 幸いなことに、そこそこの人口密度を保ちつつも割と自然豊かという中途半端な田舎に住んでいた。

 実際、本当に外が快適で、空も雲も草も花も好きだった。木も家の屋根もアスファルトもそれを濡らす雨も、乾かす風も、光も、想子を否定しない。肯定もしない。どんな姿でも、どんな言葉をこぼしても。

 だから、外へ出た想子はニンジンになった自分に焦りもしない。家のそばを流れる名前も知らない川へ真っ直ぐ向かった。川へは薄や背高泡立草が繁茂する一角を抜けないとたどり着けないから、川と叢の間の開けた空間には誰も来やしない。この川沿いに隠れるのが想子の生活において唯一の楽しいことだった。今日も背の高い草に隠れられることに安らぎを求める。まだ虫が多いからもちろん長袖長ズボン。


(ニンジンだから虫に刺されることはないのかな)


 ニンジンは意外と便利かもしれない。ちょっと心が軽くなって、護岸ブロックのヘリに座り込んだ。

 今は自分がニンジンになったことより、人間に存在が見つかることのほうが恐ろしい。特に外遊びをする低学年の小学生は時々やってくる。集団で冒険ごっこでもしているのか、川で釣りがしたいのかはわからないし知りたくもなかった。


(大丈夫。誰も来ない)


 想子は高く澄んだ秋の青い空を眺めていた。


(一人は最高だ)


 そう思った矢先だった。


「ソーコちゃん?」


 振り返ると、叢の手前でこちらを真っ直ぐに見つめる女の子が立っていた。デニム地のオーバーオールに赤い上着を羽織り、手には犬用のリードを持っていた。リードをたどるとその先では柴犬らしき犬が行儀よく座ってその子を見つめている。

 犬の散歩でこんなところに来ている人を想子は初めてみた。

 女の子は目を真ん丸にして、こんな場所に人間がいることに驚いているのか、それともニンジン人間に驚いているのか。それはわからなかった。

 想子はその女の子を知っていた。 


「……カズちゃん」


 同じクラスの鈴木和音だった。彼女が小4のときに引っ越してきて以来そこそこ仲が良いけれど、ややテンション高めの彼女とは『友だちの友だち』といった距離感であり、それ以上でも以下でもないという関係だった。


「やっぱりソーコちゃんだ!」


 大きな声を上げた彼女はじっと想子を見つめてから、屈託なく笑う。


「ソーコちゃん、ニンジンなんだね」


 上がった頬と下がった眉毛が無邪気で、裏表のない彼女のそのままみたいな笑顔に想子はなぜだか泣きたくなった。こんなときに出会ったのが彼女であることが奇跡みたいに思えたのだ。


「そうなの。ニンジンなの。カズちゃんは犬の散歩?」


「そうなんだけどね」


 肩をすくめ、カズちゃんがリードを少し引っ張ると、犬は足を踏ん張って抵抗している。


「これなの。こちらが主導権を握ろうとすると

反抗的な態度をとる。どちらかというと私が散歩されてる。こんなところ初めてきたよ」


 かわいい顔して気の強い犬に想子は笑ってしまった。


「名前は?」


「くにお」


「オス?」


「メスだよ。お父さんはくにおって言うけど、私もお母さんも弟もちゃんと『くにちゃん』って呼んでる」


「くにちゃん、触って大丈夫?」


「大丈夫。噛まないよ」


 想子はくにちゃんの顎の下のふわふわとした毛を撫でた後、耳の後ろを掻いた。目を細めるくにちゃんからは仄かに日向の匂いが立ち込めた。今度はくにちゃんは想子の手の甲やスニーカーの匂いを入念に嗅ぎ始めた。


「やっぱり、ソーコちゃんおいしそうなのかな」


 カズちゃんは真顔でいう。


「やめてよ」


「きんぴらごぼう、食べたいなぁ」


 カズちゃんの言い方がおかしくて、想子はついつい笑ってしまった。


「やめてって」


 笑った分、少し気分が軽くなった想子はカズちゃんに訊ねてみることにした。


「ニンジンになっちゃったから、明日休んだほうが良いかな」


 想子は喉に引っかかった小さな異物を吐き出すように呟いた。


「休んじゃやだ。来てよ。きっと人気者だよ」


 不安を蹴散らすカズちゃんの即答にまた涙が込み上げた。嬉しいけれど、人気者は言い過ぎだと思う。


「ニンジン人間だよ? いじめられないかな」


「いじめるのは、ニンジン人間より目立ちたい子くらいじゃない?」


「そうかな」


「そのうち慣れちゃうよ」


「ニンジンだよ? 慣れる?」


「私は秒で慣れたよ?」


 こんなとき、想子ならなんて言っていいかわからないし、ニンジンになった友人から距離を取ってしまうと思う。それなのに、カズちゃんはこちらが聞きたい言葉を自然と、ちゃんと、言ってくれる。


「カズちゃんは器がデカい」


 想子が言うと、カズちゃんは目を見開いてから照れくさそうな笑顔をこぼした。


「へへっ。やだな。褒めないでよ」


「本当だよ。今私救われたんだよ」


「うん。ありがとう。でも、こんなふうに言われると。なんて言ったら良いものかな」


 カズちゃんは本気で照れている。純粋無垢で天然女子の雰囲気がある。それなのにどこか鋭くて、こちらがどんなにガードしても、そもそも霧に包まれて自分でも見えないはずの道でも、そこをちゃんと通って、確実に核心をついてくるのは何故だろう。


「でもさ、ソーコちゃんはどうしてニンジンになったんだろうね」


「どうしてだろう」


 カズちゃんのまっすぐな視線に、想子はなんだか誤魔化してしまった。


「不思議だね」


 そう返して、その日はカズちゃんと別れた。




 ニンジンになった理由に心当たりがあった。昨日の土曜日アイス事件だと思う。


「アイス食べる?」


 そう言って父に差し出されたのは、1パックに2つ入りのアイスだった。残されたアイスは淋しく冷凍庫へともどされる。


「ひとつ余ってるね」


 食い意地張った想子は余ったアイスも食べたかったのだ。だから、つい諦めきれずに言葉に出てしまった。


「三人姉妹だと仕方ないよね。四人兄弟なら良かったのかな」


 余ったアイスも食べたいという欲深さを隠すために何やら口走ったところ、父は穏やかに言った。


「うちの子は二人なら良かったんだ」


 その瞬間、生まれてはじめて体が凍りつくという体験をした。

 三女の想子は父親の顔を見ることができなかった。いらない三人目であることを優しく教えてくれた父に憤ることができなかった。


「そうだね」


 想子はヘラヘラと笑ってアイスを食べる意外、何もできることはなかった。


 次の日、日曜日。想子はニンジンになっていた。

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