感想
「このホワイトムースケーキは冬の湖で優雅に泳ぐ白鳥を思わせます。口に入れるとほんわりと優しく溶け出し、絶妙な口当たりでした。」
「なるほど。」と、店主は嬉しそうにうなずく。
「こちらのピーチタルトはいたずら好きな春の妖精が姿を変えて、目の前に現れたよう。・・タルト生地を食べている時のサクサクした音はまるで妖精たちが、くすくす笑っているかのようです。」
「ほぅ。」と、店主は嬉しそうにうなずく。
「こっちのレモンババロアは、なんていうのかな・・こう甘酸っぱいんですよ。今はもう忘れてしまった”初恋のときめき”を思い出させるっていうか、『ひと夏の青春』て感じのね。」
「へえ。」と、店主は嬉しそうにうなずく。
「ああ、このモンブランケーキはですね、マロンクリームの流れるようなしなやかさが、そう、秋の窓辺にたたずむ貴婦人のまとうドレスをひるがえしたところに見えます。マロンの味わい深さがまた、センチメンタルな気分にさせてくれますね。」
「はぁ~」と、店主は嬉しそうにうなずく。そしてこう述べた。
「・・・どうもありがとう、本当にここまで的確に感想をくれると、職人として作りがいがあったってもんだ。でもそれとこれとは話が別だからね。食べた分はきっちり請求するから。今日はもう帰っていいよ。あ、それと、明日から来なくていいから。」
ちぇっ。ダメだったか。
ショーケースの一列目のケーキを全てつまみ食いした俺はケーキ屋のバイトを初日でクビになった。
完