海とクローン
「そう、そのメロディ、大好き」
唯一の家族であるアンドロイドが、わたしの好きな音を奏でてくれる。
小さな島の小さな白い家。
そこに不似合いなほどの、立派なグランドピアノは白い色。
生まれた後の初めての記憶は水槽の中。
透き通ったガラスの向こうには、何人ものアンドロイドが行き交っていた。
『もうじき、外に出られるからね』
毎日話しかけてくれるのは、一人のアンドロイド。
その日が来て、水槽の水が引いていき、わたしはペタリと底に座り込んだ。
ガラスの壁が引き上げられると、あのアンドロイドがわたしを抱き上げてくれた。
「お誕生日、おめでとう」
海の底にある大きなドームから、小さな潜水艦に乗って星の表面に出る。
自動操縦に任せたアンドロイドは、わたしを膝に抱いていた。
着いたのは小さな島。
そこには、小さな白い家が一軒だけ建っていた。
わたしとアンドロイドは、二人きりで暮らした。
彼女に言葉を教わり、それから知識を教わった。
この星には、オリジナルの人間はいない。
わたしはクローン人間だ。
星の表面はほとんどが水。
海の中に、小さな島がぽつりぽつりと浮かんでいた。
海の底には、いくつかのドームがある。
ドームの中央にあるコンピュータは、残されたすべての記録をかき集めて研究を重ね、人間のクローンを造り出した。
最後のオリジナルの人間が死んでから、もう数百年が経っている。
クローンは何度も失敗したそうだ。
造られた肉体はオリジナルより限界が早く来る。
その結果、今では十六年の寿命を定められていた。
ドームで生まれたクローンは、十六年の生涯を小さな島で一人のアンドロイドと共に過ごす。
アンドロイドはコンピュータと繋がっているから、何でもこなす。
クローンがピアニストになるのは無理でも、好きな音を伝えれば、アンドロイドが演奏してくれる。
クローン人間の好き嫌いを調べるのはコンピュータの興味だ。
ただの研究なのだ。
けれど、好きを探しながら、世話係のアンドロイドはわたしの居心地を良くしてくれる。
風が吹き過ぎるのが好き。
小さな温室で作る、赤い果物が好き。
アンドロイドの弾くピアノの音色が好き。
遠い昔の、お姫様と王子様の話が好き。
キラキラ光る海が好き。
ずっと側に居てくれる、あなたが好き。
伝えた好きと、伝えなかった好き。
もうじき、十六歳の誕生日が来る。
「赤い実のケーキが食べたいな」
「一緒に作りましょうか」
「うん」
コンピュータに造り出されて生まれ、役目を終えるだけのわたしに、死という感覚は無い。
アンドロイドと同じで、自分の仕事を終えるというだけのこと。
「また、会える?」
「きっと会えるよ」
膨大なデータの中で、わたしたちが残した記録がすれ違うこともあるだろう。
なんの感情も無い、ただの数字たちだったとしても、どこかに再会は生まれる。
「おかあさん、ありがとう」
誕生日の夜、呼んでみたかった名前を、初めて口にした。
「おやすみ、よい夢を」
夢の中で、きっとまた会えるから。
アルカイックスマイルのアンドロイドの顔が、少しだけ泣いてるみたいに見えた。