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オマケ・嘉門君、SNSをはじめる

 嘉門君は映画やドラマや舞台など完全に役者業だけで、最近の芸能人には珍しくバラエティやSNSなどでも露出は一切無かった。嘉門君の場合は本人のキャラも相まって、その露出の無さが逆にミステリアスでカッコいい。レア感があると人気だった。


 しかしこのたび私生活が謎に満ちていた嘉門君が、ツブヤイターとマイチューブをはじめた。


『どれだけ更新できるかは分かりませんが、新しい試みを見守っていただけたら幸いです』


 写真も絵文字も無いシンプルな文章。それでも嘉門君のファンは大いに沸いて


『嘉門君の露出が増えて嬉しい!』

『24時間、見守ります!』


 その日の検索ランキングで嘉門君の名前が1位になるほど、華々しいSNSデビューをした。


 例の戦隊もので共演中の桃瀬ちゃんから「嘉門さん、SNSはじめたらしいですよ」と聞いた私は、さっそく彼のSNSをフォローした。


 まだはじめて1日なので、ツブヤイターにもマイチューブにもそれぞれ『SNSをはじめます』という投稿があるだけだ。それにも関わず、すでに10万人近くの人が嘉門君をフォローしていた。


 本人はイマイチ分かっていないけど、やっぱり嘉門君に注目している人は多いみたいだ。


 私もファンの1人として、嘉門君がSNSをはじめてくれたことが嬉しくて、さっそくお祝いの電話をかけると


「ファンの人たち、すごく喜んでいたね。かくいう私も嘉門君の投稿が見られて大歓喜ですが。SNS苦手みたいだったのに、どうして急にやってみようと思ったの?」


 何気なく尋ねると、嘉門君は遠慮がちに口を開いて


『実は丸井さんの影響なんです』


 嘉門君自身は今まで、SNSの個人的な発信に興味が無かったらしい。私なんか、ごく軽いノリで歌ったり踊ったりした動画を投稿してしまっているけど、嘉門君はストイックなのでプロ並みのスキルじゃなければ披露する価値が無いと思っていたそうだ。


 だけど自分が私のユルユル動画を見るようになって


『プロのクオリティには及ばなくても、好きな人の新しい一面が見られるだけでファンは嬉しいものなんだなって、自分が丸井さんのファンになって気づいたので。俺も演技以外でも、自分を応援してくれている人たちを喜ばせることができたらなって』

「うぅ、立派だね、嘉門君……。自分の人気アップじゃなくて、ファンのために挑戦してくれたんだね……」


 嘉門君の心境の変化がファンとして嬉しいだけじゃなく、芸能界の先輩としても感無量だ。嘉門君はそもそも私よりずっとすごい人だけど、人の成長を見るととても感動するし、自分がその一助になれたことも嬉しかった。


 例によって謙虚な嘉門君は


『俺は丸井さんと違って面白味が無いので、ファンに喜んでもらえるコンテンツにできるか少し不安ですが』

「無理にオモシロを狙わなくても、ファンは推しの情報を知れるだけで嬉しいから大丈夫! 趣味とか好きなものとか、自分が嫌じゃない範囲で発信していくだけでも、十分喜んでもらえるよ!」


 人を喜ばせようと意識しすぎると、かえって雁字搦(がんじがら)めになってしまう。ファンのいちばんの願いは推しが1日でも長く活動してくれることだと思うので、あまり気負わないように、自然体でいいんだよと励ますと


『これも丸井さんの真似になってしまいますが、俺も取りあえず歌ったり踊ったりしてみようかと。でも俺は俳優なのに、あまりに畑違いでしょうか?』

「嘉門君が歌って踊ってくれるの!? 絶対に需要あるよ、やってみて!」


 それから嘉門君は、まず投稿の定番である『歌ってみた』や『踊ってみた』から始めた。アクション俳優の嘉門君は運動神経抜群なので、例によって無表情ながらダンスはプロ並みだった。嘉門君、ダンスまで上手いのすごい、カッコイイ。


 ちなみに歌のほうは、コメント欄の反応を見る限り


『こんなに上手いのに全く心がこもらないの、逆にすごい』

『AIに歌わせたみたい』


 という反応のとおり、リズムや音程は完璧なのに、不思議と歌い手の感情や情熱を感じさせない平坦な仕上がりだった。しかし、じゃあ失敗かと言うと


『逆に癖になる』

『取りつかれたように聞いている』

『推しの美声、助かる』


 ファンは嘉門君の『心を持たないアンドロイド感』も愛しているので、逆に『歌声までロボット』的な楽しみ方をしているようだ。


 以前の嘉門君なら「やはり俺の表現には心が無いのか」と深刻に受け止めて、落ち込んでいたかもしれないけど


「相変わらず俺のやることは無感情で機械的みたいですが、それでも喜ばれていると思っていいんでしょうか?」


 また戦隊ものの撮影で休憩が一緒になった時。嘉門君に尋ねられた私は


「ネットニュースになるほど評判になるってすごいことだよ。ファンの人たちはみんな喜んでいるし、私も嘉門君の投稿をすごく楽しみにしている」


 笑顔で返す私に、嘉門君は「実は……」とSNSデビューについて、お父様からお叱りの電話があったと話した。


 嘉門君のお父様は、やはり人づてに嘉門君がSNSを始めたことを知って


『お前は役者だろう。タレントみたいな無節操な活動でファンに媚びるな。ちゃんと実力で勝負しろ』


 と苦言を呈して来たそうだ。


 嘉門君は、厳しいほどストイックに役者としての道を極めるご両親を尊敬している。だから以前は、お父様の言うように『嘉門尚悟』という個人ではなく、俳優としての実力で評価されなければ意味が無いと考えていた。


 だけど今の嘉門君は


『媚びているわけじゃなくて、俺を応援してくれる人たちを純粋に喜ばせたい。演技で人を唸らせることと同じくらい、ただ人を楽しませ、笑顔にできることはすごいと思うから』


 実力勝負をモットーとしている両親には甘えと取られそうな想いを、それでも口にしたところ


『……世間の風潮に流されているわけではなく、あくまで自分の意志でしているということか?』


 意外にも嘉門君のお父様は『……ならいい』と息子のやり方を認めて


『ただ笑わせることと笑われることは違う。俳優としての嘉門尚悟の名に、傷をつけるようなことはするな』


 そう言って電話を切ったそうだ。


「今までは父や母の意向に逆らったら、無理やり説き伏せられるか、見放されるものと思っていました。でも俺が自分の意志で決めたことなら、ちゃんと尊重してくれる人だったみたいです」


 非常階段でポツポツ、お父さんとのやり取りを話してくれた嘉門君の表情は、笑顔と言うほどでは無いけど、柔らかかった。


 余計なお世話かもしれないけど、密かに嘉門君の親子関係を心配していたので、お父さんが本当はちゃんと子どもの意思を尊重してくれる人だと分かって私も嬉しかった。


 プロとして芸や美を極める人。とにかく好きや楽しいを共有しようとする人。他の業種と同じで、芸能界にも様々な想いと在り方がある。


 私はありのままの自分で皆と楽しんでいけたらってスタンスだけど、嘉門君のご両親のようにストイックに芸の道を極める在り方も、気高くてカッコイイと思う。


 嘉門君もこれまではして来なかった様々なことに挑戦しながら、いちばん自分らしく輝ける道を見つけられたらいいなって、ファンとしても友だちとしても思った。

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