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マルチタレントの丸井さん(嘉門視点)

 丸井朝日(まるいあさひ)と言う、25歳のマルチタレントが居る。子役として5歳で芸能界デビューした彼女は、丸々した体型とファンから『マルちゃんスマイル』と呼ばれる幸せいっぱいの笑顔で、6歳の時にオヤツのCMで大ブレイクした。


 一般的に子役は、大人に近づくに従い人気に陰りが出る。けれど童顔で天真爛漫な丸井さんは、25歳になっても天性の明るさと愛らしさを保ち、テレビで見ない日は無いくらいだ。


 丸井さんは主にバラエティやCMで活躍している。たまに女優としてドラマや映画にも出る。自身のマイチューブでは歌ったり踊ったり、自分でデザインした服や小物の販売もしている。


 カラフルなものが好きらしく、演技の仕事が無い時はいつも柔らかいピンクや金やラベンダーなど、夢可愛い色に長い髪を染めている。


 子どもの頃は両親から与えられた課題をこなし、大人になってからは周囲に求められるままに、なんとか役者業をしている俺からすれば、自分の好きを自由に表現し、それで「可愛い」「好き」と愛されている丸井さんは天性のスターだった。


 テレビを付ければ高確率で目にする丸井さんは、人の視線などまるで気にしないように、素直に泣き笑いおどけて皆を楽しませる。多弁で表情豊かな丸井さんは、無口無表情の俺には、いつもキラキラ眩しすぎて、太陽を直視できないように、なんとなく苦手だった。


 ただ丸井さんは完全なる陽の人だ。たまに演技の仕事をしても、子ども向けかコメディ色の強い作品に限られる。アクション俳優である俺とは仕事の傾向が違うので、同じ芸能界に属していても会うはずの無い相手だった。


 俺にとって丸井さんは、常に画面の向こう側の存在で、星のように遠い人だった。



 けれど最近、一生かち合わないだろうと思っていた作品傾向が、まさかの一致を見せた。日曜朝の戦隊ものに、俺は非常勤のブラックで、丸井さんは常勤のイエローで出演することになった。


 この作品には丸井さん以外に、ピンク役の女性が出て来る。俺は役者業だけで手一杯なのであまり知らないが、24人組のアイドルグループで、けっこう人気があるらしい。ポジション的には丸井さんがコメディ担当で、ピンクがヒロインらしいのだが、ネットの反応を見ると


『イエロー見たいから早起きがんばる』

『マルちゃんのおとぼけを見ないと日曜がはじまらない』


 などピンクより愛されている節がある。


 じゃあ、ピンク役の女性が丸井さんに嫉妬するかと言うと


「へへっ、朝日さん可愛い。日アサの癒やし」


 と自分がいちばん丸井さんにデレデレしている。丸井さんは老若男女に人気だが、特に同性に好かれるようだ。単に可愛いからだけでなく、丸井さんがいい人だからだろう。


 彼女は演技ではなく本当に人が好きで、心を開いている。だから人も彼女を愛し、心を開く。人を好きになることも心を開くことも、うまくできない俺からすれば、本当に眩しすぎる人だ。人間としての出来が違うと、見るたびに自分が恥ずかしくなる。


 特に彼女は表情が魅力的だ。普段ならともかく丸井さんは演技でも、自然に豊かな表情をする。丸井さんはマルチタレントで、演技はたくさんの仕事の1つでしかないのに。



 この現場で俺が演技のダメ出しをされたことは無い。もともとブラックのイメージに合うからと選ばれたので、台詞や動きが合っていれば叱られることは無い。


 ……だけど、もしうちの両親が見ていたら「お前のそれは演技とは言わない」と言うだろう。ただ指示された通りに動くマリオネットだ。ネットで言われているように『人間なのに人間じゃないみたい』だ。



 演技だけじゃなく人としても、俺は何か不完全な気がして、それを見抜かれたくないから、いつも人の輪に入るのを躊躇う。人と交わらずに人間性が磨かれるはずが無いと、頭では分かっているのに。


 こんなにいろいろ思い悩んで、自分の至らなさに苦しむくらいなら


「……もう役者辞めたい」


 非常階段で独り呟いた瞬間。背後から「えっ」と声が聞こえて驚いた。声の主は丸井さんだった。


 (なんでよりによって、こんな自分とは真逆のすごい人に)と内心、狼狽(うろた)えた。


 うちの両親は美意識がとても高くて、「愚痴や弱音は見苦しいから吐くな」と言われていた。自分でも普通は一から道を切り開く中、これだけ人にお膳立てしてもらいながら、辛いなんて言うのは甘えていると思う。


 だから丸井さんに愚痴を聞かれて


(親の七光りでヌクヌクやっているくせにと、呆れられただろうか)


 と気になりつつ、誤魔化すだけの器用さは無かった。

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