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可愛い後輩ができました

嘉門(かもん)君が本当に役者をやめたいなら止められないけど、私はちょっともったいないと思うな。だって嘉門君には明らかに他の人には無い圧倒的な存在感と、アクションのセンスがあるから」


 普通は人の魅力は話してみないと伝わらない。加えて美形の比率が高い芸能界では、ちょっと見目がいいだけの人が無口無表情で居たら、あっという間に埋もれてしまう。


 けれど嘉門君の無口無表情は、クールでミステリアスって唯一無二の魅力になっている。加えて「本当に裏社会の人間なのでは?」と疑うほど、迫力のあるアクションを見せてくれるのだから、他に代わりのない個性だと思う。


「だからこそ泣いたり笑ったりできないってハンデを抱えながらも、嘉門君に出て欲しい人がいっぱい居るんじゃないかな。それは明らかに嘉門君にしかできない仕事で、立派な才能だと思う」


 私も彼のファンの1人なので、だんだん熱が入ってしまって


「少なくとも私は嘉門君の演技が好きだから、見られなくなっちゃったら残念だな。冷徹な殺し屋とか、孤高の探偵とか、人型アンドロイドとか、嘉門君ほどイメージに合う人は居ないもの!」

「……要するに色んな役は演じられないけど、特定の役にはよく嵌まると言うことですか?」

「そう! 色んな役を演じ分けられるのもいいけど「この役は絶対に嘉門!」って得意分野を持っていると考えたらいいと思う!」


 だいたい嘉門君の人気と言ったら、役のために俳優を探すのではなく、嘉門君を出すために役が作られるレベルだ。役者としては演技力で評価されたいかもしれないけど、嘉門君を見たがっている人がたくさん居ることを知って欲しかった。


「……あの、ありがとうございます」

「ん? 何が?」

「他人事なのに、親身に励ましてくれて」

「他人事じゃないよ。さっきも言ったけど、私も嘉門君のファンだからね。嘉門君に演じてもらいたい役がたくさんあるんだから、居なくなったら困るよ」


 お世辞じゃなくて本気で言うも、本人はやっぱり無自覚のようで


「そんなにありますか? 俺が演じられそうな役」

「嘉門君のルックスとキャラは漫画やゲームとの親和性が最高だから! 私が監督なら絶対に嘉門君にお願いしたいよ! 見た目もカッコいいし、アクションもキレキレだし!」


 少年漫画やゲームに出て来るカッコいいライバルキャラや敵の美形幹部など、クールな強キャラを演じさせたら嘉門君の右に出る者は居ない。お父さんの方針で嘉門君は演技ではなく、本当に色んな武術を極めているそうなので、佇まいからして強さに説得力がある。


 嘉門君が出てくれれば、漫画やゲームの実写化のクオリティが格段に上がるので、絶対に俳優で居て欲しいとファンとして強く願う。


 その一念が届いたのか、嘉門君は無表情ながら少し和らいだ空気で


「……丸井さんは俺が子どもの頃から活躍している方ですから、ずっとテレビで拝見していたんですが、実を言うと少し苦手でした。俺はこのとおり根暗なので、自然体で皆に愛されて、いつも元気で明るい丸井さんが眩しくて、余計に自分がダメに思えたので」


 嘉門君って、すごく謙虚なんだな。世間的には絶対に、食い気と愛嬌とファンの皆さんの慈悲だけで生きている私よりも、嘉門君のほうがすごいのに。なぜか私を上に見ているようだ。私が嘉門君より上回っているのなんて、年齢とウエストだけだろうにさ……。


 しかし嘉門君は雲間から光が差すように、控えめな微笑を浮かべながら


「だけど、こうして話してみたら、丸井さんのおかげでただ心が明るく晴れて、気持ちが楽になりました。やっぱり丸井さんってスターなんだなって。すごいなと思いました」


 私には縁の無いスターだと思っていた人に、まさかのスター扱いをされた私は


「ええ? 私なんか全然スターじゃないよ? 言っておくけど、嘉門君のほうがすごいからね? メチャクチャ光っているし、たくさんの人が憧れているんだから!」


 今担当している戦隊もので担っている色のイメージと同様、イエローはお手頃スナックの定番カラーで、ブラックは本格派の高級色だ。私が持たれているのは親しみであって、憧れではない。芸歴こそ私のほうが長いけど、嘉門君のほうがずっとスターだ。


「あとお気づきかどうか。嘉門君、今すごく素敵な顔で笑っていました」

「本当ですか?」


 笑えないと言っていただけあって、やっぱり嘉門君は無自覚なようだが


「本当。笑顔というより微笑かもだけど、すごく素敵な笑顔だったよ。自然に笑える時があるなら、きっともっと笑えるようになるよ」


 素人(しろうと)考えだけど「自分は表情を動かすのが苦手」という思い込みが、余計に顔を強張らせているのかもしれない。でも心理的な問題だとすれば、悩みから離れて気楽に過ごす時間が増えれば、自然と顏の強張りが取れて行くんじゃないかな。


 そろそろスタジオに戻ろうと、非常階段を上がる途中。


「あの」


 嘉門君の声に、足を止めて振り返ると


「……良かったら、これからもたまに話を聞いてもらっていいですか?」


 嘉門君は少し不器用に視線を外しながら


「俺、人と話すのが苦手で、こういうことを相談できる人が居ないので。丸井さんに聞いて欲しい……」


 嘉門君、私よりも30センチは身長が高いのに。この雨に濡れた子犬感はなんだろう。


 完全無欠のイケメン俳優かと思いきや、意外と悩み多き嘉門君に、私は先輩心をキュンとくすぐられて


「全然いいよ! さっきも言ったけど、私も嘉門君のファンだから。力になれたら、むしろ嬉しい。遠慮しないで、なんでも相談してね」


 嘉門君がこれからも元気に俳優を続けてくれるように、全面的にバックアップしようと誓ったのだった。

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