2人で鍋パ
嘉門君と交流がはじまってから半年。それまで私生活が謎に包まれていた嘉門君が、マイチューブとSNSで投稿をはじめるなど、ファンとしては嬉しい変化があった。
そんな嘉門君は最近、ファンの間で表情が柔らかくなったと評判だ。出会った頃に聞いたとおり、もともと表情豊かなタイプでは無いようで、大きな喜怒哀楽ではない。だけど嘉門君は、硬く閉じた蕾がほころぶように綺麗に微笑む。その微笑がどれほど美しいかと言うと、ファンの人からは
『光を見た』
『思わず手を合わせた』
『嘉門、ロボじゃなくて天使だった』
など好きやカッコイイを通り越して、神の奇跡のように崇められている。また嘉門君の笑顔がはじめてドラマで放映された日は『嘉門、天使だった』がトレンドワードの1位に輝いた。
嘉門君が褒められている! と思った私は居ても立ってもいられず
「嘉門君の笑顔、大評判だったね!」
と、さっそく電話をかけると
『褒めてもらえてありがたいんですが、どう足掻いても人間になれないことに驚いています』
微笑を浮かべられるようになってなお、嘉門君の神秘性と美しさが損なわれることはなく、いい意味で人間っぽくない。ロボっぽさを気にして人間を目指していた嘉門君からすれば、人類を通り越して天使になってしまったのは遺憾かもしれないけど
「嘉門君はもともと人間だから! 人間に「人間になったね」って言ったら失礼だから、みんな言わないだけだよ!」
強く言い聞かせると、嘉門君は『なるほど』と素直に納得してくれた。私は改めて
「私も嘉門君の笑顔をテレビで見られて嬉しかった。笑えるようになって良かったね」
『丸井さんのおかげです』
嘉門君は謙遜ではなく、本気で思ってくれているようで
『丸井さんと居る時は自然と笑顔になれるので。多分そのせいで少しは表情が柔らかくなったのかと』
「そうだったら嬉しい。これからも嘉門君が、たくさん笑えるようにするね!」
出会った頃は泣いたり笑ったりできなかった嘉門君が、微笑を浮かべられるようになって本当に喜ばしい。以前の心を持たないアンドロイド感も魅力的だったけど、ファンはやっぱり嘉門君の笑顔を見たかったと思うので。
これからもっと嘉門君を笑顔にするぞと誓ったところで、さっそく会う約束をした。この前、嘉門君のお見舞いに行った時に「ご飯を食べにおいで」と誘ったアレだ。今は12月で、お鍋にピッタリの季節。2人で鍋パしようよと嘉門君を誘った。
私の家では、お鍋は晩御飯に食べるものだった。よって嘉門君には、夜の7時頃に来てもらった。
約束の5分前に、私のマンションに来てくれた嘉門君に
「ゴメンね。せっかくのお休みなのに、遅くに呼び出しちゃって」
玄関で謝ると、嘉門君はフルフルと首を振って「明日の仕事は午後からなので大丈夫です」と答えて
「それに丸井さんに呼んでもらえるなら、いつでも嬉しいので」
はにかみながら微笑む嘉門君に、私は胸がギュンとなって
「ひぃっ、可愛い! 後輩の鑑だね、嘉門君!」
撫でたそうな素振りを察してか、嘉門君は自ら屈んでくれた。
いいところのお坊ちゃんでありロボであり天使でありクールな殺し屋役を得意とする嘉門君は、ワンコ属性まで備えつつある。無敵かな。
嘉門君のご厚意に甘えて部屋に上がってもらったあと、少しナデナデさせてもらった。
礼儀正しい嘉門君は、お呼ばれと言うことでお土産を用意してくれて
「これ、今日ご馳走していただくお礼に。冷凍しておけるそうなので、好きな時に温めて召し上がってください」
「ひゃー、たい焼きだ~! これ美味しいところのヤツだよね? ありがとうー!」
恐らく嘉門君はこれから食事なので、好きな時に食べられるように冷凍できるものを差し入れてくれたのだろう。でも6つもたい焼きをもらったら、1つくらいは冷凍前に食べたい。
「これからお鍋だけど、今1個ずつ食べちゃう? 食べちゃう?」
一見相談しているようで、止められない勢いを感じたのか、嘉門君は食前おやつに付き合ってくれた。
私は嘉門君の分も温かい緑茶を入れると
「あんこ美味しい。幸せぇ。ありがとう~」
「喜んでもらえて嬉しいです」
と本番前に至福のひと時を過ごした。
一般的な女性はたい焼きを1つ食べると、けっこう食欲にブレーキがかかるらしい。しかし私の胃袋の働きは、たい焼き1つくらいでは少しも衰えず
「具だくさんで美味しそうですね」
「お鍋久しぶりだから欲張っちゃった。それにたくさん具が入っているほうが、いいダシが出るし」
活き活きとカセットコンロにお鍋をセットして、私も食卓につくと
「いい卵も買ってあるから! シメの雑炊も期待していてね!」
食べる前からシメの話をしつつ、鍋パをはじめた。お鍋は嘉門君があまり食べない可能性を考えて4人前にくらいにした。
けれど実際は私と同じくらいたくさん食べてくれて
「ご馳走様でした。鍋も雑炊もすごく美味しかったです」
「ありがとう。嘉門君がたくさん食べてくれて嬉しかった」
言葉で「美味しい」と言われるのも嬉しいけど、何よりたくさん食べてくれることが口にあった証拠だ。嘉門君と美味しくお鍋を食べられて、とても楽しかった。




