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アクション俳優の嘉門君

 嘉門尚悟(かもんしょうご)君と言う、24歳の人気アクション俳優が居る。彼は世界的アクション俳優の父と、ハリウッド女優の母を持つ、いわゆる二世タレントだ。


 でも嘉門君が注目を浴びているのは、親の七光りのせいではない。お父さん譲りのアクションセンスと、お母さん譲りの絶世の美貌を見事に継承した生粋のサラブレッドだからだ。


 185センチの長身に、スタント無しでアクションするために(つちか)った強靭(きょうじん)かつ美しい肉体。「アプリで常に加工している?」と疑いたくなるほど整った顔立ちに、毛穴レスの美肌。極めつけは世界的に見ても珍しい紫の瞳。


 最近はカラコンである程度目の色を変えられるけど、瞳が天然の紫なんてとても神秘的だ。この時点で嘉門君が生まれつき、とても持っている人であることが分かる。


 ちなみに私も子役として芸能界デビューしたので、芸歴だけなら18歳でデビューした嘉門君よりも長い。けれど私の場合は芸能人と言っても、アイドルやモデルのように女性の憧れって感じの人たちではなく、丸々コロッとした珍獣系だ。


 途中で太ったのではなく、デビュー当初からおデブ街道を一途に突き進んでいる。数少ない取柄として、美味しそうに食べることにおいて私の右に出るものはおらず、食べもの系のCMでよく見る顔として視聴者の皆さんからは『マルちゃん』の愛称で親しまれている。


 同じ芸能界に属していても、両親からして一流の嘉門君と食いしん坊系マルチタレントの私では、呼ばれる番組のジャンルが違う。そのせいでテレビ局ですれ違うことすら無かった。だから私にとって嘉門君は、常に画面の向こう側の存在で雲の上の人だった。



 しかし私は今スタジオで、嘉門君を探している。お互いのキャラ的に絶対に遭遇することは無いだろうと思われた嘉門君と私は、なんと現在、日曜朝の戦隊もので共演中なのだ。


 私はバトルシーン以外は常に食べ物を食べている、食いしん坊のおとぼけイエローだ。レッドから


『怪人が出た! 出動してくれ!』


 と基地に通信が入っても


『分かった! これを食べたら、すぐに駆け付けるね!』

『今来い!』


 と仲間のピンチよりも食欲を優先させる、ちょっとヤバい子だ。しかし幸いファンからは


『イエロー、戦闘中以外ずっと食べてる』

『マルちゃん可愛い。日アサの癒やし』


 と意外と好評だし、素の私と近いので演じていて楽しい。


 ちなみに嘉門君はレギュラーメンバーではなく、ピンチの時に現れる敵か味方か正体不明のブラックだ。無口無表情で最強かつ超絶イケメンの嘉門君は事前の予想どおり、主役のレッドを食う勢いでキッズからも主婦たちからも人気がある。



 そんな嘉門君はプライベートも孤高のブラックなのか、休憩中は他の共演者やスタッフと談笑することもなく、フラッと姿を消してしまう。芸能界も世間と同じで『皆とわいわい』が好きな人も居れば、『1人で静かに』が好きな人も居る。


 笑わないイケメン俳優として人気の嘉門君はまんま後者のイメージなので、生で見られるだけでラッキーだなぁと必要以上に構わないようにしていた。


 ただ今回はもうすぐ撮影が再開するのに、嘉門君と連絡が取れないとマネーシャーさんが困っていた。どうも上着を脱いだ時に、ポケットにスマホを入れっぱなしにしたまま、どこかに行ってしまったようだ。「撮影所からは出ていないはずだから」とスタッフさんたちが手分けして探しているのを私も手伝っていた。



 他の人たちは使われていないセットやトイレや休憩スペースを探す中、私は非常階段を探した。スターの嘉門君が居そうにない場所だけど、他は皆が見回っているしと、念のため探してみると


(あっ、嘉門君だ)


 階段に座っている嘉門君の背中が見えた。普通に声をかければ良かったのだが、彼の無防備な後ろ姿を見た私は


(ついでだから「わっ」と声をかけて驚かせてみようかな?)


 バラエティで染みついた『ちょっと一笑い』精神が疼いて、足音を立てないように嘉門君に近づいた。もう少しでバックが取れる! という時。


「……もう役者辞めたい」


 重たい呟きに、私は「えっ」と驚いた。私の声に反応して、嘉門君がバッと背後を振り返る。


「丸井さん。どうしてここに?」

「驚かせちゃったみたいでゴメン。撮影が再開したから呼びに来たんだ」


 聞かれたくないことだったかなと、少し気まずい気持ちで説明する。嘉門君はやや不可解そうな顔で


「だとしても、なぜ丸井さんが? いつもはマネージャーが教えてくれるのに」


 嘉門君は自分がスマホを持ち忘れたことに気付いていなかったみたいだ。


「嘉門君、気づいてないみたいだけど、上着にスマホを入れっぱなしで出かけちゃったから、連絡が取れなかったんだって」

「ああ、それでわざわざ来てくれたんですね。すみません」


 早く撮影に向かわなければいけないので「役者辞めたい」発言については、その場では聞けなかった。



 「仕事やめたい」とか「死にたい」とか本気じゃなく、ちょっとした弱音として言う人もいる。だから心配するほうがかえって迷惑かもしれないけど、休憩のたびに居なくなるのも、単に人が苦手だからじゃなくて気持ちが塞いでいるのかなと、やっぱり気になった。

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