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『手紙』シリーズ

ひまわりの庭で

作者: 千椛

『手紙 ~曾祖母の遺言~』に出て来る姉妹の母・理美さんが高校生の頃のお話です。

時代は昭和50年代後半。

「あれ、人がいる」


「これ、理美(さとみ)。何、その言い方。それに挨拶は?」


 しまったと思いながら、こんにちはと言うと、はい、こんにちはと返ってくる。大正生まれの祖母は礼儀に煩い。


「だってばぁちゃんの絵、風景ばっかで、基本、人は居ないから」


「あぁ、そういう事ね」


 夏休み、バイト帰りに祖母宅に寄ると、祖母は庭に面した縁側に腰掛け、絵を描いていた。祖母が描くのは、その多くが少し古びた海辺の街や灯台等の風景だ。しかしその絵は、上半身裸の男性の後ろ姿が描かれていた。



「ねぇ、アイス買ってきたから、食べよう!」



 縁側に並んで座り、アイスを食べる。庭にはひまわりが、今を盛りと咲いていた。その事を言うと、


ここ(絵画教室)の生徒だった子がね、種を蒔いたのよ。倍増計画だって。80円で種を買って(ここ)に蒔けば、夏の終わりには何倍にもなる筈だって」


「増やしてどうすんの」


「飼ってるハムスターの餌にするって」


「へぇ、ちゃっかりしてる」





「ねぇ……あの絵の人でしょ。ばぁちゃんが結婚しなかった理由。何で好きになったのか、聞いて良い?」


 好きだった人を戦争で亡くした祖母は生涯独身で、孤児だった父を養子に迎え、一人で育て上げたのだ。

 私の質問に祖母は一時考えていたが、やがて懐かしげに話し始めた。


「最初は憎らしく思っていたの。だって勉強でも運動でも、敵わなくてね。もう悔しくて、悔しくて。ばぁちゃん、負けず嫌いだったから」


「だったら、何で?」


「……絵を誉めてくれたの。夏休みに描いた絵が賞を取って、役場に張り出されて。その時に、わざわざ役場にその絵を見に行ったらしくて、家に来て『あげん上手か絵ば、見たことなか』って」


「それで?」


「それだけ」


「えっ、終わり?」


 今の話のどこにトキメく所があるんだと騒ぐ私に、だって言うだけ言ったら、走って帰ったのよと、祖母は笑い、


「でも、なんで?」


 と聞く。


「うーん、何となく?」


 ごまかすように笑う。実はバイト先の先輩から告られたのだ。ちょっと良いなと思っていた大学生。だけど、迷っていた。


 彼氏は欲しいけど、こんな気持ちで付き合うのは、何か違うような気がして。





(あ、熱量……)


 太陽を見続けるひまわりを見て、ふと、そう思った。

 祖母は相手の言葉の奥にある絶対的な熱量に一瞬にして焼かれ、醒めない恋に落ちたのではないかと。


 告白された時を思い返す。そんな熱量は感じなかった。


(断ろう)


 そう決めてスッキリした心に、


 チリン。


 風鈴が響いた。

お読みいただき、ありがとうございます。


もし、『手紙 ~曾祖母の遺言~』を読まれた方でしたらば、下記のお話をご一読頂けたらと思います。



 ****



 それは思いもよらない《再会》だった。


 泣き腫らした目をした娘達が、祖母の棺に何やら入れているのを見て、少し興味を引かれたのだ。丸められていた画用紙を、そっと手に取り広げる。


「あ、人がいる」


 そう発した言葉と見覚えのある絵が、娘時代の夏の日の事を鮮やかに思い出させた。

 この絵のモデルの名が、「栄さん」だと祖母が教えてくれた事も。


(お久しぶり。その節は、どうもお世話になりました)


 絵に挨拶やお礼というのも変だが、私はずっとこの絵に助けられたような気がしていたのだ。


 あの後直ぐに、告白してきた先輩には断りの返事をしたのだが、それで良かったと直ぐに判った。何せ、それから一週間もしないうちに、その先輩は別のバイト仲間と付き合いだしたのだから。


(結局、ただ彼女が欲しい()()だったんだ)


 そう思った。しかも夏の終わりには、そのバイト仲間と妊娠騒ぎを起こして、二人してバイトを辞めていったのだ。それを聞いて、もしかしたら自分が同じことになっていたかも知れないと思い、ゾッとしたのを覚えている。


(そう、あの日、祖母に会いに行き、この絵を見なかったら……)


 その後、医療系の大学に進み、就職した職場で偶然出会った男性と結婚した。夏の強い日差しのようではなく、春の陽だまりのような暖かさを持つ人だ。


「ばぁちゃんはこの熱量を、あの世まで抱えていくのね」


 言いながら絵を丸め直し、祖母の胸元に戻す。流れているユーミンの曲に、あの日の祖母の囁くような歌声が重なった。

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