ボンボロの唄
一
親の親もボンボロ。
親も正真正銘のボンボロ。
子もこならお墨付きのボンボロ。
朝餉は雑味ばかり、
炊いたご飯はそれは見事なメッコ、
とてもじゃないが美味しいとは言えず……。
だから彼はこういうのさ、
「楽しいね!」
だから親父もこう応えるんだよ。
「そうだな」
穴だらけの五日前の新聞を通して、
親子二人見合ったならば、
零れ出るように自然と笑う。
そんなちょっと風変わりな親子の毎日。
そんな二人をお日様が見守ってくれる。
そんな、
ボンボロ家族の毎日……。
そんな、
あったかい家族の毎日……。
二
ある日ボンが犬を拾ったよ。
とても可愛い小さな子犬。
子犬はボンの匂いを嫌ったけれど、
ボンはその子の匂いをとても気に入った。
お家へ連れて帰り、
汚れた毛並みを整えたよ。
泡だらけでなんだか洗う前よりも、
汚くなった気もするけれど、
子犬はすっかりボンに懐いたよ。
濡れた毛を扇風機で乾かし、
母の櫛で乱れた毛並みを丁寧に梳かす。
子犬は痛そうだけれども、
ボンはいつになくとてもとても真剣。
親父が帰ってきて一言、
「可愛くない猫だな」
だからボンはこういうのさ、
「ネコじゃない、ワンコだもん」
子犬も名前を呼ばれて吠える。
可愛いそんな家族が見合い、
自然と笑みが零れ出る。
そんなちょっと風変わりな家族のとある出来事……。
そんな家族をお月様も見守ってくれてる。
そんな、
ボンボロ家族の出来事……。
そんな、
あったかい家族の出来事……。
三
ある日親父が病院へ緊急搬送されたよ。
ボンは病院へ向ったよ。
何度か道を間違えて、
何度か病院間違えて、
酒屋の前で出会ったサキちゃんに伝えたら、
一緒に病院へ行ってくれた。
親父はベッドで眠ってる。
死んだと思って泣きつくボンが触れたなら、
親父は大声上げて起きちゃった。
それはそうだよ、
お腹が痛くて寝てたんだもの……。
お腹を押されたら痛いに決まってる。
それでも喜ぶボンだけど、
親父は看護師に助けを求めたよ。
サキちゃんが鍛えた腕でボンを引き剥がす。
ボンは逆らえず、
でも泣きたくて、
サキちゃんのお腹でいっぱい泣いた。
それを見てた親父が一言言ったよ。
「お前、いつの間に結婚したんだ?」
だからサキちゃんは言うんだよ。
「まだしてません、これからするんです」
ボンはなんで泣いてたか忘れて泣き止み、
親父はお腹痛いのも忘れて泣き出した。
看護師だって泣いちゃった。
見守るお月様だって泣いちゃった。
みんなでいっぱいいっぱい泣いちゃった。
ボンとサキちゃんだけが見つめ合い、
幸せそうに零れる笑顔で見つめ合う。
でもでも式は、
まだまだ遠そう……。
だって二人はまだ高校生、
結婚なんて早い早い。
ワンコも呆れてお家で吠えてます。
そんな、
愛しい家族の大きな出来事……。
そんな、
見守る家族が増えた大きな出来事……。
四
今日も今日とて出会います。
ポカポカお日様見守る朝に、
ゆらりゆらりと揺られる電車の中で……。
とてもとてもハンサムで、
とてもとても頼りない、
大人しくて、
いつも困った顔をしてる彼が気になって仕方がありません。
だって彼はハンサムだけど、
とっても気が弱いから、
好きでもない子に言い寄られても、
笑顔で困った眼をするばかり。
その日も彼は一つの吊り革を両手で掴む。
ゆらりゆらりと揺られる窮屈な電車の中で、
彼に夢中な同僚に言い寄られてます。
だから私は言うんだよ。
「嫌なら嫌と言いなさいっ! セクハラされて喜んでるようにしか見えないわよっ!」
そしたら彼は言うんだよ。
「ありがとう。でも、彼女だって寂しいんだよ?」
そしたら彼女は泣いちゃった。
泣き崩れて泣いちゃった。
彼の優しさを知ってたの。
彼の優しさに甘えてただけ。
皆が私を見るんだよ。
私が悪いみたいじゃない。
お日様見守る公園で、
子供みたいにブランコに揺られてる。
彼は言うんだよ。
「もう僕に関わらないって言ってくれたよ? ありがとう」
「ヘラヘラしないで! その笑い方、気になってしょうがない」
とっても胸がざわつくの。
とっても口が悪くなる。
とっても態度が横柄になる。
ホントは可愛くありたいけれど、
何故だろう?
あのヘラヘラ顔の前では取り繕えない。
「ボンボロって知ってる?」
「貴方のことでしょ?」
「違うよ、僕の親父や爺ちゃんも含めてそう云われてる」
なんでヘラヘラ出来るのか?
なんで家族含めて悪口云われてるのに笑って居られるの?
私にはさっぱりわからない。
だけど彼は言うんだよ。
やっぱりヘラヘラしながらさ。
「ご先祖もそう云われてると思ったら凄くない? ボンボロって呼ばれるとさ、なんか皆繋がってるように思えて嬉しいんだよ」
わからない。
でも、
わからなくはない。
でも、
やっぱりなんか違くない?
考えてたら自然と頬が蕩けちゃう。
アイスクリームみたいに蕩けて解けていく。
亡くなった祖母がいつか言った言葉を思い出す。
「おばあちゃん、アイス溶けちゃったら美味しくないよ?」
「溶けちゃってもアイスはアイスよ? 私は甘いの大好きだから、溶けたアイスも大好きなの」
いっぱい頬が緩んじゃう。
なんだかわからないんだけれど、
いっぱいいっぱい泣けてくる。
化粧も溶けて酷い顔になっちゃう。
なのに彼は言うんだよ?
「素敵な泣き顔ですね。とても綺麗だ」
大声上げて泣いちゃった。
いっぱいいっぱい泣いちゃった。
気付けば彼の胸で泣いちゃった。
「僕たちに子供が出来たらボンって名付けません?」
気持ちも確かめ合っていないのに、
付き合ってもいないのに、
キスだってしていないのに、
プロポーズだってされていない。
なのに彼はそんなことを言うんだよ?
私が大嫌いなヘラヘラの薄っぺらい笑顔で、
とってもとっても優しい笑顔で。
だから聴いたのさ。
「女の子だったらどうするの?」
そしたら彼は言うんだよ、
「あっ!」
彼がボンボロって呼ばれる訳を知ってしまった。
知らなくても良かったのに、
知ってしまったなら仕方ない。
私だって女の子。
ダメな彼を支える覚悟ぐらい、
この場で即行決めてやる。
「私が死んでも、泣かないって誓える?」
彼は言うんだよ。
「無理です! わんわん泣きます! 毎日毎日泣いて過ごします! ……だけど!」
ああ、
こんな時でさえヘラヘラしてる。
もう抗えないじゃないか。
私の心は固まってしまった。
もう、
彼しかこんな私を受け入れてくれる男は居ないんだと。
「僕はそれを糧に生きます! 貴方のことを考えて、子供達と生き抜きます!」
こんなのこんなのズルだろ?
子供だって授かるかわからないのにさ。
「満点だ。ならいいよ、私をくれてあげる。その代わり、見ての通り私は短命だよ?」
外科手術で等になくなった、
片胸をちらりと見せる。
そしたら彼は言うんだよ。
「露出狂ですか?」
「サイテー……、だからボンボロなんて云われるのよっ!」
わんわん泣いた。
子供みたいに、
彼に縋ってわんわん泣いた。
泣いて泣いていっぱい泣いた。
どれだけ泣いたかわからない。
いっぱいいっぱい泣いて過ごした、
いっぱいいっぱい幸せな毎日。
気付いた時には彼がいつもヘラヘラしてて、
その隣でやっぱり同じように困った眼をしてる。
彼とヘラヘラしてるボンが居て、
そんな二人を遠くから見てる私が居た。
触れられないのに寂しくない。
もう私の声は二人に届かないけれど、
全然悲しくなんかない。
だって、
お日様と一緒にヘラヘラ笑ってる彼らを見守れるのだから。
そんな、
ちょっと風変わりな家族の歴史。
そんな、
ボンボロ過ぎる家族の唄ーー
五
親の親もボンボロ。
親も正真正銘のボンボロ。
子もこならお墨付きのボンボロ。
ついでにそんな彼らを残してしまった私はもっとボンボロ。
だけどだけど、
素敵な家族が増えたなら、
もうボンボロだんて言わせない。
雑味だらけの朝餉だって、
鰹だしの香りが漂い、
ふやけたおナスが乗ってます。
あら?
それはそれは見事なメッコご飯だってあら不思議、
チーンとお知らせ一つなっただけ、
熱々お蓋を取ったなら、
見事にふっくら美味しいご飯。
あらあら?
とてもとても美味しいからボンは言うんだよ。
「美味しいね!皆と一緒で楽しいね?」
親父も一言返すのさ。
「ああ。……初めからパックにすれば良かったな?」
ついでに彼女も言うんだよ。
「お惣菜だってありますからね? ボン君もいっぱい食べてね?」
なんか違くない?
とは思うけれど、
真新しいけど昨日の新聞越しに見つめ合い、
彼らは一斉に声を上げて笑ったよ。
見てるこっちも自然と頬がアイスのように蕩けちゃう。
そんな自然な家族の毎日。
そんな家族をお日様も見守ってくれる。
だけどやっぱりちょっと風変わり。
ワンコがお庭で吠えてます。
ボンが気づいて、
親父が見つめ、
サキちゃんが言うんだよ。
「あっ、ワンコのご飯ない。忘れてた」
呆れて力なくワンコが吠える。
そんな、
どうしたってボンボロな家族の毎日……。
今日も今日とて、
ボンボロ家族を見守る私の毎日……。
とてもとても愛しています。
私の想いを唄に乗せ、
いつか彼らに届いたならば、
きっと私は、
思いを残すこともなく、
泡のごとく溶けて消えることでしょう。
彼らが知らないその合間、
彼らの精いっぱいのヘラヘラをお土産にして……。