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オカルト研究部部長の視えない苦悩  作者: 夕日黛
男子のトイレの噂編
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第4話

 南園が思わず振り返っても誰もいない。しかし、亘理には見えていた。ずぶ濡れでもなく、トイレットペーパーも巻かれておらず、穏やかな顔をした少年が、南園の後ろにいた。

 南園と違って小柄だが、目は弟と同じようにきらきらと輝いている。それと、アルバムで見た時と同じ太い眉。こちらも南園と違い八の字に垂れているが、その角度といい太さと言い、確実に同じ遺伝子を持っていると思わせた。

 兄弟はとても似ていた。だから、亘理は昨日写真を見て、南園の兄だとすぐにわかった。そして隣にいたのが橘だったことから推理し、真相に辿り着いた。


「君のせいで成仏できないんだよ。取り憑かれたように勉強してたかと思えば、今度は復讐復讐言ったりしてるからずっと心配してる」

「そんな……嘘だろう」

「嘘じゃない。その証拠に、君の右尻に三つ並んだほくろがあることを知っている」

「家族しか知らないはず! 誰に聞いたんだ!」

「だから、君のお兄さんにだよ。他にも、小学一年生の時におねしょをしてお兄さんに罪を被ってもらっただろ」

「兄さんしか知らない情報……まさか」

「真相がわかってから見えるようになったんだ。今朝君の背中にいたところに話しかけて、部室に来てもらって話を聞いた」


 まるで謎を解き明かしたご褒美のように。

 亘理は霊が見えるようになる。幽霊は亘理の前に姿を現してくれる。神のような存在が与える対価なのだろうか、と亘理は心の中で思う。


「あと、日記の最後のページを読んでほしいと言ってる」

「日記は父さんが燃やして……」

「燃やせなかったんだよ。息子の日記は燃やせなかった。生前君のお兄さんが頼んでいたらしいが燃やしたと嘘をついて家に置いているそうだよ」

 後ろの航太がちょっと怒った顔を作っている。父親には酷な話だろう、と亘理が肩をすくめる。


「それを読んでから、復讐を続けるかどうか決めたらいいんじゃないか?」

 山岸が半日で調べ上げた、父親の現在の住所を書いた紙を差し出した。

「ぼくは復讐肯定派だが、君の兄はそうじゃないみたいだからね」




 南園はオカルト研究部を飛び出て行った。それから程なくして、山岸と、その腕を引っ掴んだ橘が入ってきた。


「君が首謀者か?」

「まずは山岸くんから手を離してくれないか。じゃないとぼくは何も話さないよ」


 亘理は立ち上がって言った。山岸が解放され、慌てて橘から離れた。幽霊が相手ではないから、怯えてはいない様子を確認しほっとする。


 橘が亘理の目の前に立ち、微笑んだ。

「この子が、僕が学生時代にいじめをしていただの、その被害者が噂の幽霊だの、でまかせを言いふらしてたんだけどさ。君が指示したの?」

「でまかせじゃないだろう。君の過去を知っているのは南園くんだけじゃないよ。同級生をあたれば証言する人も出てくるんじゃないか」

「……それが何?」


 橘から笑顔が消えた。


「僕が過去いじめをしていたのが仮に事実として、その過去を反省して教師になったって()()をしてあげればみんなそれで納得するんじゃないかな? 今僕が極悪非道な教師ならまだしも、生徒に親身になる系でやってるし。ある意味美談だと思うなあ。過去の後悔を活かして絶対にいじめを許さないと誓った教師……なんてさ。始業式で言ったことも真実味が増すよね、余計に信頼されたりして」


「仮に事実だとしたら、か。仮に事実だとしたら君は反省しているのか? 罪悪感を覚えたことはあるか?」


「罪悪感って……なに、人を一人殺したと思って生きろって言うの? あのさ、安藤君はたしかに同級生だったけど、自殺なんかしてないよ。彼は病死だ。ーー仮にいじめが事実だとしても。僕は彼の死に関係してない」


「そう思うなら君はなぜあの時、トイレの鍵を閉めに来たんだ。怯えていたんじゃないのか」


 ぷっと橘が吹き出した。そしてもう堪え切れない、という風に笑い出した。


「違うよ。新任教師としてやる気をアピールしとこうって思っただけ。僕は、初めから嘘だって分かってたから。あの安藤くんそっくりの弟は頑張ってたみたいだけど」


 ーーだってさあ、僕が安藤くんを閉じ込めたのは二階のトイレだけど、男子トイレじゃなくて女子トイレにだよ。それに裸にしてからトイレットペーパーを巻いてたし。

 だからすぐに虚言だって分かったよ! さすがに弟にそこまで詳細に話してなかったんだよね、安藤くんもさ。情けないもんね。



 笑いながら、橘は話した。


 話し終えた時、ピッ、と機械音が鳴った。静かな部室ではとても大きく響いた。


「思ったより呆気なく話してくれて助かったよ」

「……何の音?」

「録音したんだ、今の会話すべて。君を怒らせるために山岸くんに噂を流してもらった」

 亘理は制服のポケットから小型のボイスレコーダーを取り出した。


「よくもーー」

「これを放送室で流されたくなかったらこの学校から去れ。そのあとは他の学校で就職するなり教師は辞めるなり勝手にするといいよ。ただし次、何か妙なことをしていると分かったら君の職場でこの音声を流す。君のことはいつでもぼくらが見張ってる」

「ふざけ……」

「これ以上ここにいても流す」


 ボイスレコーダーを奪おうと、橘が亘理に躍りかかった。しかし、何か見えない力に弾き飛ばされ、尻餅をつく。


「あれ、安藤くん……弟について行かなくてよかったのかい? え?今すぐこの男を呪い殺す? いやァそこまでしなくてもーー」


 言い終わる前に、橘は部室から消えていた。




「おれはあんなこと、言ってないんだけど」

 ぶすっとした顔で、安藤が言った。

「悪いね。ぼくは君と違って復讐肯定派だから。でも効果抜群だっただろう。すっかり怯えて、もう悪さはできないんじゃないかな」

「……元々彼は臆病だったから。強がりなんだよ。だから君に怯えてたって言われて、ついムキになったみたいだね」


 安藤はふわりと宙で一回転した。重量を感じさせない幽霊らしい動きに、亘理が歓声を上げる。


「弟のところに行かなくていいのかい?」

「君のおかげでもう弟は大丈夫だ。母さんも父さんも、大丈夫。きっとまた一つになれる。家族だからわかるんだ。そろそろおれも、眠りにつこうと思ってね。橘に干渉して力もつかいきったし……」


 弟を心配して何とか現世に留まっていたらしい。ここ数年は気を抜けば今にも天に召されそうだったらしく、眠そうに瞼を擦っている。


 足先からじわじわと、彼の姿が消えていく。

 本当の彼には足があったと、今度南園に教えてやろう、と亘理は思った。


「二人ともありがとう。山岸さんには聞こえないだろうから……君から伝えてね」

「山岸くん。ありがとうだって」

 山岸がはにかんだ笑顔を見せ、頭を下げた。悪霊ではないと分かっているものの、すぐそばに幽霊がいるのはやはり怖いのか顔色が少々悪かった。


「それじゃあ、さよなら」


 晴れ晴れとした表情で、心配性の兄は姿を消した。

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