第1話
今日も雨か、と山岸海は窓を見た。
雨の音は好きだ。建物の中で聞く雨の音も、傘に落ちる雨の音も両方好ましい。
だが、街中で、傘を差す行為は好きじゃない。人にぶつからないように気を遣う。また、室内に入り、閉じた傘を持ち運ぶのも億劫だった。片手が塞がるのはなかなか不便だ。傘を差さないでびしょ濡れになって歩く勇気はないから、仕方なく持っているけれど。
「山岸さんって雨、好きなの?」
そんなことを考えていたので、突然された質問に、ひどく動揺してしまった。
「えっ? あ、えっと……」
「ごめん、急に話しかけて。ずっと窓の外、見てたから。雨、好きなのかなあって」
金田春子が、窓際の山岸の席の前に立っていた。同じクラスの女子だが、話したことはなかった。
山岸は質問に対する答えを考える。音は好きだが、雨を好きかと言われると、やはり傘の問題が頭をよぎる。
しかし、雨の日のどこかどんよりした街の雰囲気は好きだし、雨によって肌が濡れる感触も嫌いではない。
今は雨の話をしているのだから、傘のことは一度忘れた方が答えとしては適切か?
しかし、雨と傘は切り離せないものだろう。
そういえば雨によって肌が濡れる感触は嫌いではないが、水溜りにハマって靴下が濡れる感触はかなり苦手だ……。
五分ほどの沈黙の後、山岸は答えた。
「好きでもあるけど、嫌いでもある、かな……」
鈴を転がすような笑い声があがった。
「山岸さんって面白いねぇ」
「そ、そうですか?」
笑っている理由はわからなかったが、春子が楽しそうで嬉しくなる。
春子は、明るく、誰にでも分け隔てなく接するので、クラスでは男女問わず慕われていた。バトミントン部に所属しており、二年生にして副部長を務めていると聞いたことがある。
山岸も一応副部長ではあるのだが、オカルト研究部には未だに部員は二人しかおらず、大勢をまとめる必要はないので、自分には想像できない大変さがあるのだろうなあ、とぼんやり思っていた。
「私はね、雨、嫌いだったの」
春子が窓の外を見る。
「でも、最近は好き」
なぜ?
聞こうとした時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。また話そう、と言って、春子は自席に戻った。
「また」の機会は想像していたより早くやって来た。その日の放課後、下駄箱の前で、春子から話しかけてくれたのだった。今帰り?と聞かれて、はいと答える。そのまま、何となく一緒に帰る流れになった。
雨の中、傘を並べて歩く。
「今日は部活休みなんだよ」
春子は言う。
「私も、休みです」
部長の亘理亘が病欠していた。部員が二人しかいないので、一人が休みだと必然的に部活動も休みになる、と言うと、春子は笑った。
春子の笑顔はその場を明るくすると、クラスの誰かが言っていたことを思い出す。
「オカ研だよね。新聞で見た。山岸さんのこと詳しく書いてた」
数週間前、猿渡明音が校内新聞に載せた記事の話だろう。『オカルト研究部の副部長に密着!』というタイトルで、思ったよりも自分のことが全面に押し出されていたので、少し恥ずかしくなってしまった記事だ。
「読んだ……んですか?」
「読んだよぉ、それで、山岸さんと話してみたいなって思ったの。手芸と料理が趣味って、いいなあって……」
いいのだろうか。自分では、地味な趣味だと思っていた。
「家庭的だよね。私も、そういう趣味ほしいなって思ってたんだ」
春子も、料理を始めたいと思っているらしい。山岸が使っている、料理レシピのアプリをいくつか教えると、スマートフォンにメモしていた。今まで作った料理で美味しかったものや、料理で失敗した話などを続ける。
春子は聞き上手だった。最寄りの駅までもう間もなくというところで、自分ばかり話していたことに気づいた。春子のことも知りたい。
「どうして料理を始めたいと思ったんですか?」
山岸は聞いた。
「え、えー、えーっとねぇ」
春子は急にもじもじとし始めた。
「言わない? 誰にも言わない?」
「はい、絶対言いません」
「言っちゃおっかなぁ〜、山岸さんになら」
ぐふぐふと笑っている。なにやら楽しそうだった。しばらくそんな調子で渋り続け、駅に着いた。お互い逆方面の電車に乗るため、改札で別れる事になると確認する。そこで、ようやく決心がついたらしい。あのね、と小さな声で言った。
「好きな人ができたの」
それじゃあまた、と春子は駆けていった。




