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9. 泉へ

(……ここはっ!)


 サシャはゴクリと唾を呑んだ。


 巧みな罠が見つけ難い、鬱蒼とした山奥だったはずが……。新緑を思わせる鮮やかな若葉に囲まれた泉が、そこにあった。


 木漏れ日を反射させた美しく輝く水面には、小さな円い波紋が幾つもできる。

 目を凝らしてその輪を見れば、動く度に表情を変える虹色の羽を持つ、小さな者が飛び交っていた。


(あれって、妖精?)


 孤児院で読み聞かせてもらった、御伽噺を思い出す。信じられない光景に身動き出来ずにいると、サシャの目の前に淡いグリーンの瞳をした妖精が現れた。


(あっ。この子さっきの)


 蝶と見間違えたのが、妖精だったのだと気付く。


『………………』


 サシャに向かって口をパクパクしている姿に、何か話しかけているのだろうと思うのだが。それを聞き取ろうと耳を傾けるが、残念ながら理解できない。


「ごめんなさい……。何を言いたいのか分からないわ」


 サシャは申し訳なさそうに言った。その言葉が伝わったのかは怪しいが……妖精は小さな手でサシャの髪を掴み、羽をパタパタと動かしクイックイッと引っ張ってくる。


「……もしかして、来いってこと?」


 妖精は、コテリと首を傾げる。やはり言葉は通じないみたいだ。

 仕方がないので髪を引っ張られる方向へ足を動かすと、妖精はパァッと顔を輝かせた。満足そうな妖精は、更にサシャを誘導するように、少し前を飛んでは振り返る仕草を何度も繰り返す。


 可愛らしいそれに暫く付き合っていたが、サシャはハッと足を止めた。


(まさか……)


 だんだん鼓動が速くなる。

 サシャの考えが当たっているのならーー。理由は分からないが、この妖精はサシャが住んでいた家に案内しようとしているのかもしれない。


 そう、サシャがずっと行きたかった……いや、行かなければならないあの家へ。


(このまま、ついて行ってしまっていいのかしら……)

 

 オババの言葉に後ろ髪を引かれていた。

 約束では、ちゃんと強くなれば行く事を認めてもらえる。だから、あと少し辛抱すればいいだけなのだ。


 足取りの重くなったサシャの周りを、不思議そうに妖精はクルクル飛ぶ。まるで『どうしたの?』と言っているみたいに。

 機会は今回だけではない。

 

(……でもっ!)


 サシャは妖精の飛ぶ先を見詰めた。


(そうよ……危ない事をしなければいい。ほんの少し、様子を見てくるだけ。場所だけ確認したら戻って来よう)


 後ろめたさを振り払うように、妖精を追って走り出していた。

 


 ◇◇◇◇◇



 ――時を同じくして。


 最近アドルフは、周りからの評価が上がってるのを自分でも結構感じていた。

 だから、いつもの調子でこの山も難無く制覇できると思っていたのだ。あちこち打身だらけになり、それが無謀な挑戦だったと少し後悔し始めていた。


 そんな時に感じたサシャの気配。


 普段は、お互い自分の得意な進みやすい道を選ぶ。今まで、途中で鉢合わせる事は殆ど無かった。

 サシャが敢えてアドルフの選びそうな道をやって来るとしたら、引き返そうと考え呼びに来たに決まっている。


 アドルフと違い、サシャは用心深く慎重に行動するので、怪我などはしていないだろう。それでも、やはりサシャも無理だと思ったに違いない。


 サシャと合流して戻ろう……そう考えていた矢先だった。突然、サシャの気配が途絶えた。


「……サシャ?」


 木の上から飛び降りたアドルフは、キョロキョロと辺りを見回す。

 が!

 いくら集中してもサシャを感じられない。何かの罠に嵌った可能性を考え、匂いがした方に走り出す。


「おーい! サシャ!」


 呼びながら走るが返事はない。少し心配ではあったが、匂いが残っている方へ向かえば問題ない……そう思っていた。


 だが。サシャの匂いが一番濃い場所に辿り着いたのに、肝心のサシャの姿は無い。

 必死で鼻をヒクヒクさせ匂いを嗅いでも、アドルフが立っている場が一番濃い匂いなのだ。慌てて、狼の姿になり周辺の匂いを嗅ぎまくる。


「えっ……何でだよ?」


 アドルフは立ち尽くす。

 どう考えても、サシャはさっきまでこの場に居たのだ。移動すれば、匂いも動く。通って来た道は分かるのに、ここから先が全く無いのだ。


 青くなったアドルフは、そのまま大人を呼びに行こうとしたが、もう一度サシャの居たであろう場所へ戻った。

 そして、剣を手に持ち近くの大木に印を付ける。匂いが消えても場所を見失わないように。


「サシャ! 必ず見つけてやるから、待ってろよ!」


 辺りに響き渡る程の大声で叫ぶと、一目散に走り出した。

 


 アドルフがもの凄い速さで山から駆け下りると、スタートした場所の近くにナディアの姿があった。その隣には、ラウルの姿が。

 アドルフの性格を知るロランは、早めに訓練が終わったら見に行くようにとラウルに伝えてあったのだ。


 アドルフは、涙を堪えて声を張る。


「ラウル様っ!」


 ただ事ではない様子のアドルフに、ラウルは鋭い表情を向けた。


「何があった!?」

「サシャが、サシャが消えてしまったんです!」

「消えた、だと?」

「はい! 突然、サシャの気配が無くなって、探しに行ったらその場所で匂いも消えていて」

「サシャ以外の気配は?」

「ありませんでした!」


 アドルフの説明を、ラウルの横で一緒に聞いていたナディアは真っ青になっている。


「アドルフ。ナディアを連れて、直ぐにロラン様に報告しろ。俺は先にその場に行く。印は」

「近くの大木に付けてあります」


 ラウルは頷くと、アドルフの匂い辿って直ぐ様走り出した。

 考えられる可能性は二つ。どちらにしても、躊躇している場合ではなかった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 妖精に導かれてこのまま行方不明になんてことにはならないですよね。
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