7. 計画とオババの条件
計画を立て始めると、早速行き詰まってしまった。
そもそも、サシャには地理的に獣人の里の場所がわからない。地図でもあればいいが、それを手に入れるには街へ出て買うか、持っている大人に見せてもらうしかないのだ。
(あの泉まで行ければ……。ううん、それが最大の難関だわ)
泉の場所は、地図に載ってない可能性が高い。周りに聞いた話から考えても、ただの人間であるサシャが、泉に行き着いた事が奇跡なのだ。
運良く場所が分かったとしても、かなりの距離があるのは容易に想像できる。
(でも……)
サシャは、ラウルにこの件を知られたくない。人間の父の存在も、自分に起こった出来事も。
理由を聞かれても、どうしてそう思うのか……この気持ちが何なのか、サシャ自身よく分からないのだ。
ただーー
これから先も、記憶は戻っていないと押し通すつもりでいる。
(なんとかして、泉まで行かなくちゃ……)
泉から家までは、過去に自分で通った道がある筈だから、どうにかなるだろう。楽観的だとは思うが、泉があの家と繋げてくれる。サシャは、そんな気がしてならないのだ。
(あっ、そういえば! お父さんは、オババに頼まれてあの泉に行ったって言ってたわ)
ふとオババの顔が浮かんだ。
◇◇◇◇◇
年の功と言うべきだろうか。
オババには、直ぐに嘘がバレてしまった。そう、サシャに記憶が戻ったことや、計画も。
いつもと違いソワソワしていたサシャに、オババは会話の中から真実を引き出した。
それを鋭く突っ込まれ、正直に言うしかなかったのだ。
「で。サシャは、今はいくつなんだい?」
「……もうすぐ、12歳です」
「まあ、ほぼ予想通りだね」
ラウルに言わないと約束を取りつけ、全てを話した。
聞き終わったオババは、ただでさえシワだらけの顔に更に深いシワを寄せる。
「私は、反対だよ」
「でもっ」
「サシャの、ケジメを付けたいって気持ちは分かる。だが、行ってどうする? この里や、ラウルを捨てるのか?」
サシャはオババの言葉に驚き、ブンブンと首を横に振る。この里に帰ってこないなんて、考えてもいなかった。
「そうかい。お前さんが、その父やラウルを大切に想うように、ラウルや里の皆もサシャを大切に想っている。それさえ忘れなければ……。私には、反対だが止める権利はない」
「……じゃあ」
「だが、まだ早い!」
ピシャリとオババは言う。
(え。止めないんじゃ……)
「いいかい、サシャはまだ子供だ。先ず、自分で自分の身を守れるくらい強くなるんだ。時間は経ったが、その場所が安全とも限らん。しつこい輩は、まだお前さんを狙っているかもしれんだろう?」
オババの言うことは、もっともだった。
サシャには狙われる理由があるのだ。だからこそ、敵は簡単に諦めはしないとオババは言う。
「それでも、行きたいなら。ロランとラウルに頼んで、連れて行ってもらうんだ」
「それは……嫌」
サシャは、膝の上でギュッと拳を握る。
「私、強くなります。だから、その時はっ!」
「ああ、泉の場所を教えるさ」
オババは立ち上がると、ポンポンとサシャの頭を撫でた。
サシャの頑なさは、ラウルとずっと一緒に居たいからなのだ。その為に、自分の蟠りを断ち切りたい。
そんな、子供から大人へと成長しようとしているサシャを、オババなりに見守る覚悟を決めた。
◇◇◇◇◇
オババを訪ねた日から暫く経つと、サシャはラウルに剣を教えてほしいと頼んだ。
迷ったが、自分が強くなるには大人の……それも本当に強い、ラウルやロランの手を借りる必要があった。
記憶を取り戻したからこそ、刃物を持つのには抵抗がある。
けれど、女であり体の小さなサシャが、剣を持つ奴等に対抗するにはやはり同じ剣で戦うしか無いのだ。
「……何故だ?」
ラウルは、ピクッと眉を動かす。
余り詳しく聞かれて、オババみたいに色々とバレては困る。だから、それなりの理由を懸命に考えてみた。
いつものサシャらしく、素直に思いを伝えるように言葉を選んだ。
「この前……私が倒れたのは、きっと体力が無かったからです。だから、私もアドルフみたいに体を鍛えて、剣を習いたいのです。人間の私は、皆んなみたいに強くないから……」
気付かないフリをして来たが、人間と獣人では根本的な身体能力の違いがあるのだ。魔族である彼らは寿命も長い。オババの300歳という年齢が、それを物語っていた。
獣人のアドルフやナディアが人の姿の時は、然程サシャとの違いはない。寧ろ、日に日にサシャの方が成長しているように見える。
けれど、2人が狼の姿になると、里の大人と変わらないサイズまで成長していた。
正直、さっきの理由では無理がある。鍛えるだけなら、剣の必要性は無いのだから。
ラウルは黙って何かを考えている。
(……黙っていると、お父さんて彫刻みたい。アドルフが、カッコイイって言っていたのも納得だわ)
サシャは緊張しつつも、ラウルの横顔を見てそんな事を思ってしまう。
「女だからって、甘くはないぞ?」
顔を上げたラウルは、一言いう。
「もちろんです!」
「ならばロラン様にも、相談してみよう」
案外すんなりと、ラウルは了承してくれた。