23. 決心
お読み下さり、ありがとうございます。
本日、もう一話投稿いたします。
漸く──。ラウルの意識が戻ったとの連絡を受け、ロランは急いでやって来た。
「どうだ?」
「ああ、もう問題ない。解毒剤のお陰だ」
「そうか……ルイーズには感謝しないとな」
珍しく、ロランの口調は歯切れが悪かった。ラウルは焦ることもなく、親友でもある長の重い言葉を待つ。何を言われても、受け入れるつもりだった。
至る所がボロボロになったオババの家を、アドルフ達が修理に来ていた。その間、オババは往診に向かい、サシャは一度家に戻ったらしい。
だから、ラウルはアドルフから詳細を聞いた。
ラウルがサシャを庇った直後、ロランは自分の身を盾にして、全ての矢を受けながら敵陣を全滅させたのだそうだ。仲間は誰一人として命を失う者はいなかったと。
そんなロランに、ラウルは感謝しかない。
サシャの前に飛び出したとき、自分はロランのように上に立つ資格はないと悟っていた。隊を残したまま勝手な行動をし、真っ先にサシャを優先したのだから。
(エマから貰った命だというのに……)
サシャさえ生きていれば、自分の命は惜しくなかった。里の民が大切だった筈なのに、危険に晒した自分が許せない。
(本を正せば、俺がサシャを連れて来たからだ。里を出て行けと言われても仕方ないのないこと……)
ラウルは友として素直に言った。
「ロランの思う通りにしてほしい。俺は、全てを受け入れるつもりだ」
ロランは目を見開くと、少しの沈黙のあとに安堵の表情を見せる。
「そうか……アドルフから聞いたんだな? ならば話は早い。移住はなるべく急ぎたいんだ」
「わかった。動けるようになったら、急いでサシャを連れて出る。サシャには俺から伝える。俺はいいが、サシャは……傷つくだろうから」
「は? サシャはもう知っているぞ?」
「……なっ!」
「お前の意識がない間に、やる事が山ほどあってな。あちこちの手伝いに回ってもらったんだ」
「……手伝い?」
「子供の多い家は、荷造りがなかなか大変だからな。なんせ、一族での移住は久々だ」とロランは肩をすくめた。
ラウルは理解しようと、目頭をグリグリ押さえて考える。
「ここにはエマの墓があるからな……ラウルには辛い選択だろう」
「いや、待ってくれ。移住するのは全員で、なのか?」
「当たり前だろうが」
「…………。どこに?」
「魔界へ」
「はっ!?」
ラウルは頭痛がしてきた。勿論、毒のせいではない。
順を追って整理してみれば──今回の襲撃や、人間と獣人との関係性が悪化している世の中を鑑みて、魔界へ移住するという決断だった。
サシャのせいかと尋ねれば、いつかはこんな日が来ると思っていたから、それはきっかけに過ぎないとロランは笑った。
勝手な行動をしたラウルに対しては……。
「サシャも、この里の民だ。それに、娘でも恋人でも大切な者の為に動くのは当たり前だろ。何を今更」とアッサリ言った。
(まったく……敵わない)
ロランは恋人という言葉を態と強調したが、鈍感なラウルには届かない。寧ろ、ラウルはロランの器の大きさにあてられていた。
色恋以外には勘がいいのに、残念な……とロランは小さくため息を吐いた。
◇◇◇◇◇
ロランが駆けつけた頃、サシャにもまたラウルの意識が戻った事が伝えられていた。
サシャは急いでオババの家へ向かったのだが……。部屋の中からは、ロランとラウルの真剣そうな話し声が聞こえてくる。
2人の邪魔をしてはいけないと、その場を離れ暫く外で終わるのを待つことにした。
(少し落ち着こう……お父さんの顔を見たら、泣いてしまいそうだもの)
本当は、今すぐにでも会いたかったけれど──。この時間は、冷静になる為に丁度良かったのかもしれないと思い直す。
毎日看病しながら、想いは募るばかりだった。解毒剤もまだ試験的な段階だと聞き、目を開けないラウルが心配でたまらなかったのだ。
足元の花が揺れ、ハッとしたサシャは慌てて妖精の姿を探す。だがそれは、ただの風の仕業。
あの日から、妖精はサシャの前に現れない。
(ちゃんとお礼を言いたかったのに……)
ロランの計らいで、人間であるサシャも魔界へ行けることになった。魔界がどんな場所でも、ラウルと離れることの方が辛い。だから、もう人間界へ戻れないかもしれないと言われても、サシャはラウルのそばに居ることを望んだ。
ただ一つの迷いを残して。
オババの家から出てきたロランは、サシャを見つけ声をかける。
「サシャ、ラウルが待っているぞ。早く顔を見せてやれ」
「はいっ!」と心底嬉しそうなサシャを見て、ロランは笑う。
ポンと肩を叩き「サシャ、がんばれよ!」と一言だけ言い残し去って行く。
(……がんばれ?)
小首を傾げつつも、サシャの足は忙しなくラウルのもとへと向かっていた。
ノックし、部屋に入るとベッドに座っていたラウルがサシャを見た。落ち着かせたはずの心臓は、激しく鼓動を鳴らす。
「サシャ……心配をかけたな」
「………っ」
ラウルの優しい視線を受け、声を詰まらせた。ラウルはそっとサシャの涙を拭う。
手から伝わる温もりに、サシャはこの時間が続くことを願っていた。
(ずっと、そばに居たい──。でも……出発する前に伝えなくちゃ)
サシャはある決心を胸に抱いていた。




