22. 倒れたラウル
まるで、森に空洞が出来たように──。
サシャを囲む一帯はポッカリと、草も木も跡形もなくなっていた。
(私は、まだ……倒れられない)
ナディアに支えられた時以上の脱力感に襲われたが、サシャはどうにか自分を保つ。魔力も体力も消耗が激しく、鉛のように重い腕で剣を上げる。
竜巻に巻き込まれなかった敵が、徐々に集まり出していた。
(……今度は。弓ではなくて剣、ね)
月に照らされた美しい金髪をゆらりと揺らし、剥き出しの土に立つ。サシャは短く息を吸い、身をかがめると飛びだした。
次々に出てくる敵を切り倒す。少しでも止まったら、きっとサシャの足は動かなくなる。自分が里にやって来たことで起こった悲劇。
だから、1人でも多くの敵を自分の手で抑えなければならない。
みんなと過ごした里の日々。誰よりも大切な、ラウルの顔が浮かんでくる。
守りたい──サシャの中にあるのは、それだけだった。
遠くで聞こえ出した、剣戟の音。微かだが、聞き覚えのある声も。
(……みんな、無事だったんだ)
涙が溢れてくる。
目の前から敵が居なくなり、人間達は撤退しだした。深追いはしない。盗賊でない場合、全滅させたところで何れ次が来るだろう。
それよりも、里の皆の安全を確保し、対策を練る方が先決だと常々言われてきた。
フッ──……とサシャの肩から力が抜け、土に剣先がつく。一気に全身が重くなった。
(あとは合流するだけ……)
そう思った刹那──
「サシャ! まだだ!!」
ラウルの叫び声が聞こえた時には、サシャに向かって大量の矢が放たれていた。
◇◇◇◇◇
――何が起こったのか、わからなかった。
動けなかったサシャの目の前に、ラウルが飛び出して来たのだ。ラウルの胸にギュッと抱えられ、視界が遮られた。
たった数秒の出来事。
サシャの頭と背に回されていた、ラウルの腕の力がふっと緩んだ。
次の瞬間、ズルズルと体勢を崩したラウルは膝をついた。
「……え。……お、とう、さん?」
ラウルを支えると、手に生温かい物が流れてくる。慌てて背中を見て、ヒュッと息を呑む。
ラウルの背には、何本もの矢が刺さっていた。
(…………!!)
叫び出したいのを堪え、サシャはオババに教わった応急処置を必死に思い出す。自分の服を破り、出血する場所を強く押さえた。赤黒く変色している矢柄の所だけ、出血が酷い。
「お願い、止まって……止まってよぉ!」
そんなサシャ達に向かって、またしても弓が引かれる。けれど、赤黒い矢は飛んでこなかった。
代わりに、ロランの咆哮と次いで大きな声が。
「サシャ! こっちは任せてラウルを急いでオババの所まで連れて行け! あの花の毒だと伝えろっ」
ハッとしたサシャは「は、はい!」と返事し、ラウルを担ぐと、よたよたと走りだす。
「……妖精さん、もう少しだけ……力を貸して」
すると、サシャの前を飛ぶ妖精は振り返り、困った顔をする。
「サシャ……俺はもう、いい。これ以上、魔力を……使う、な。お前、が、死んでしま、う」
途切れ途切れに聞こえるラウルの声。返事をしたのは妖精ではなく、背中のラウルだった。
「絶対に、嫌です! 私だけ助かるなんて、意味がないんです。お願い……独りにしないで……お父さん」
サシャは残りの魔力を全て、足へと集中させた。
◇◇◇◇◇
それから、どうやってオババの元へ辿り着いたのか……サシャには全く記憶がなかった。
額に冷たい感触があり、サシャは目を覚ました。ボヤけていた視界は、次第に焦点が合うとハッキリとしていく。
そこには、心配そうに覗き込むナディアの顔があった。
「サシャ! 目が覚めて、本当に良かった……無理ばかりするんだからっ」
ナディアは、ポロポロと涙を落とす。
煤で薄汚れていた部屋は、オババの家だった。
「ごめんね、ナディア……」そこまで言って、はっ!とする。
「お父さんはっ!?」
ガバッと起き上がろうとすると、クラッと目がまわり倒れそうになる。ナディアがサシャの肩を支えた。
「ラウル様は……まだ眠っているわ。オババが治療して、今は落ち着いているから。だから、サシャはちゃんと休んで、ね?」
ナディアはサシャを安心させようと、丁寧に説明した。
「お願い、ナディア。お父さんの所に行きたいのっ」
「もうっ……サシャもラウル様もそっくりだわ!」
困った人たちねと泣き笑いするナディアは、サシャに肩を貸す。
ラウルの眠るベッドの傍にやってくる。サシャを椅子に座らせたナディアは、そっと部屋から出て行った。
サシャは、青白い顔をして眠るラウルの顔を見詰める。
結局サシャは、途中で力尽きてしまった。
ラウルは狼の姿になり、サシャを咥えてオババの所まで運んだのだそうだ。血塗れの状態で。
その後は、里の皆が協力して2人を運び、直ぐに治療を開始した。オババの家が無事だったのは、不幸中の幸いだったそうだ。
妖精は、もう無理の利かないサシャではなく、ラウルに力を貸したのだと。それは、とても珍しい妖精の気紛れ……後からオババにそう教えられた。
ラウルの顔にかかっている、褐色の髪を指でソッと退かす。
サシャには、もう分かっていた。ラウルを大切に想う気持ちが何なのか。ずっと蓋をして見ないふりをしていたもの。
喉の奥が熱くなる。
「お父さん……愛しています」
意識の無いラウルの手を握り、サシャはそう呟いた。




