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21. 憎悪

(……この男はっ!)


 真っ白な髪に、大きな傷のある頬。片方しかない腕も、サシャの記憶にあったものとはだいぶ違っていた。

 けれど、その顔だけは──。

 

(どんなに忘れたくても、忘れられなかった……)


 まるで虫けらを見るような嫌らしい笑顔は、紛れもなくサシャを刺した男そのものだった。

 いや。狂気を帯び、更に不気味さを増している。


「おいおい、何だその剣は? 随分と勇ましくなったもんだ」


「…………」

 声が出なかった。


 今のサシャは、こんな男より余程強くなっている。

 なのに。ここまでやって来た、サシャの腕前を目の当たりにしたであろうその男は……何故か、怯えることも焦る素振りも無い。


 反対に……呼吸の仕方を忘れてしまうくらい、サシャは言いようのない恐怖に身体の自由を奪われていた。


(怖い──。体が、言うことを聞いてくれない)


 サシャの剣は、震えていた。

 男はそんなサシャの様子に気付いていたのだ。ニンマリと口元を歪め、馴れ馴れしく話し出す。

 

「大金を手に入れるどころか。お前と、あのジジイのせいでっ、俺はこんな姿になっちまったんだ。なのに、()()()はのうのうと生きている。……割に合わないよなぁ。どうせなら、たっぷり甚振(いたぶ)ってやらないと。なあ、皇女様よっ」


 恨みに満ちギラリとした目は、サシャを舐めるように見る。

 ――ゾクリと全身が粟立つ。


(さっさと、倒さないと……危険だ)


 肩で息をしながら、剣を構え直そうとすると。


「おっと、動くな。お前の背後から毒矢が狙っているぞ?」


 サシャはハッとする。男に気を取られて、他の気配を追えていなかった。動けないサシャを見て、男はおかしくて堪らないといった表情だ。  


「安心しろ、簡単に殺しはしない。お前と獣人どもは最高の手土産だからな」


「……手土産?」


「そうさ、俺を切り捨てたあの国に復讐するためにな。自分そっくりなお前が、敵の手で首を落とされたら……さぞ愉快な顔をしてくれるだろうよっ」


 後半の意味は理解できなかったが。どうやらこの男は、帝国の敵対国に寝返ったらしい。


(道理で……)


 サシャを捕まえるだけにしては、余りも大掛かり過ぎていた……この男には、それ以上の目的と勝算があったのだ。


「人質に魔物の素材。……奴隷なんて最高だろ!」


()()に……()()……ですって?」


 ドクンッ──……!

 一瞬目の前が暗くなり、サシャの全身が大きく脈打った。

 

 大切な家族や仲間を物扱いし、この里をこんな惨状にした男。恐怖はもう感じなかった。サシャの中にあるのは、怒りだけ。


 サシャの足元から、風が這うように草を揺らす。森の中に静かな風が吹き出した。

 紺碧の瞳は、月の様な金色を帯びる。ずっと姿を隠していた妖精は、サシャの頭にフワリと乗った。


 刹那──。

 緩やかだった風は竜巻となり、周囲の木々を根ごと浮かす。

 

 最後に聞こえたのは、「なっ!?」と言う男の声。

 その声ごと、風の渦は男達をのみこんだ。



 ◇◇◇◇◇


 

 ドカンッと遠くで、空に向かって何かが打ち上がった。


「……今のは何だっ!?」

 ロランは大きな声を張り上げた。

 

「向こうの森に竜巻が!」

 たまたま敵の背後に見えたそれを、アドルフはロランに伝える。


「あんな場に竜巻だとっ!? 有り得ん!」


 広い平野ならまだしも、森の中に自然発生するわけなどない。剣を振り下ろしたロランは、ちらりと森を見て視線を戻す。


 獣人の里を狙うだけあり、多勢に無勢とばかりに敵の数は相当だった。

 しかも、厄介なのは彼方此方から射られる矢。全部ではないが、ロランや大柄な男衆を狙う物には、あの花の毒が塗られている。


 ルイーズのお陰で、本物の花の香りを嗅いでいた。

 だから、同じ匂いが矢からした時、すぐさま全員に矢を避けるか切り落とせと指示を出せたのだ。

 ロランであれば掠る程度なら凌げるが、他の者はそうはいかない。

 

「ラウル様は大丈夫でしょうか?」


 はぁはぁと息を切らしながら、アドルフは最後の1人を倒すとそう言った。


「……奴なら大丈夫だろう」とロラン。

 

 サシャやナディアの誘導地区に火の手が上がったが、運良く豪雨が降ってくれた。鎮火も確認が取れている。

 

(その後、あっちは動きがなかった。敵は場所を変えた筈……)


 皆無事に避難場所に到着したと連絡も受け、ラウルの隊に他の一帯の偵察を頼んだ。

 ラウルの実力なら、そのまま制圧も可能だからと。


(……なのに、何だ? 嫌な予感がするな)


 避難場所を確認しに行くと、ロランを見つけたナディアが真っ先に駆け寄ってくる。


「ロラン様……サシャがっ」

 真っ青なナディアはそう言った。



 ◇◇◇◇◇



(いったい! 何が起こっているんだ──)


 ラウルは里の中を駆けながら必死で考えていた。途中で出会(でくわ)した敵を薙ぎ倒しつつ、先を急いだ。

 火を放った者と毒矢を射った者は別らしい。倒した者にはその道具が無かったのだ。


 ふと足を止めてラウルはしゃがんだ。直ぐにバッと立ち上がると、辺りを見回す。


(っ!! さっきの豪雨……あれは雨なんかじゃない)


 干上がった川に、水たまりで泳ぐ魚。明らかに、火を消すことを目的とした形跡から、敵の仕業ではないと分かった。


(こんな事が出来るとしたら……。妖精に好かれ、皇帝の血を引いている──サシャしかいない)


 そんな時に、ドカンッと地響きが。森の方から、起こった不自然な竜巻。

 ラウルは地を蹴ると、姿を変えながら竜巻の起こった場所へと向かった。

 

(……サシャ! 無事でいろっ)

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