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20. 覚醒

 ――その日は突然やって来た。


 深夜、眠っていたサシャを妖精が必死で起こしていた。


「……ん。なぁに妖精さん……」

 

 寝ぼけながら目を擦り起き上がったサシャを、窓辺へ誘導する。妖精は、いつもの楽しそうな顔じゃなく、羽を忙しなく動かし何かを訴えていた。

 窓を開けた瞬間、風に乗ってきた焦げ臭さが鼻をつく。森の方から明るい何かが、一斉に民家に向かって放たれた。


「えっ!?」


 それが、火のついた矢だと直ぐに気付く。


 サシャはベッド下の剣を取り、部屋を飛び出す。


 同時にラウルも出てくると、顔を見合わせ頷いた。ラウルは深夜の見回り隊の元へ加勢に。サシャは、住民を避難場所へ誘導させに向かった。こういった訓練は常にしてあるのだ。


 走りながら、周囲に目を配る。見知らぬ者が居ないか、細心の注意を払う。

 火の付けられた家々から灰色の煙が出ていた。慌てて飛び出す住民に声をかけ、安全そうな場所へ誘導する。


「こっちよ……サシャ!」

 

 やはり住民を誘導するナディアと合流した。


「この地区の人は広場へ向かったわ」

「じゃあ、私たちも!」


 その刹那、またしても火の矢が放たれた。今度は逃げる民に向かって。


 勢いよく火は燃え上がり、行手を阻む。

 必死で消そうと試みても、炎のまわりが速くて追いつかない。


 獣人達は火を嫌う。人間のサシャを優しく受け入れてくれた里の獣人が、恐怖に震えてる姿を目の当たりにすると……サシャは、怒りが込み上げてきた。


(誰がこんなことをっ! とにかく、火を消さないと。こんな時、大量の水があったら! 水……そうよ、魔法っ!)

 

 過去に、人間の父が魔法で傷を癒やしてくれた事を思い出す。魔法を使う時は、必ず何かを呟きながら自身の手に魔力を集めていた。


(手──。身体強化で魔力の流れは理解しているわ……だったら)


 サシャは自分の手のひらを凝視すると、魔力を集める。


(水を──……)


 そう考えた瞬間、ブワッと手の真上に水の塊が出来上がった。 

 

(成功したけど、これじゃあ……)


 火を消すには全く足りない量だった。これを次々に作って投げたとしても効率が悪すぎる。

 もっと、大きな塊を作らなければ……そう思った時だった。


 妖精がサシャの手のひらに降り立った。そして、サシャが作った水の塊に向かって両手を上げる。

 すると、サシャの身体から魔力が一気に溢れ出し、水の塊はグルグルと回転する。妖精はサシャに向かって何かを言って、ある方向を指差す。

 それは、近くを流れる川だった。妖精の視線は川から離れない。


(まさか、川を!?)


 水は更に回転を速め、妖精を信じて川に向かって投げつけた。

 川に落ちた水の塊は、川の水を巻き込んで轟々と渦をつくる。妖精に促されるまま、魔力を込めた手を上げると一気に水柱が上がった。

 

 夜空に向かって打ち上がった川の水は、豪雨のように里に降り注ぐ。


 シュウシュウ……と音を立て、燃えていた家々が鎮火していく。

 

「良かった……」

 そう呟いた途端、ガクッと膝の力が抜けた。

 

 倒れるのを覚悟すると、(すんで)の所でナディアが支えてくれた。


「……サシャ、凄い。凄いよ……ありがとう」


 涙声で何度もお礼を言うナディア。

 皆んなびしょ濡れで、泣いているのか川の水なのかよくわからない。

 サシャを心配し、被害の少なかった家から回復薬を取って来てくれる者もいる。


「みんな、ありがとう。もう、大丈夫よ」


 サシャはナディアにもたれ掛かったまま、そっと耳打ちする。


「ナディア。また矢が放たれないように、元を潰しに行ってくるわ。だから、皆んなを安全な場に」


 サシャの実力を知っているナディアは、不安に思いながらもそれを受け入れるしかない。これだけ濡れていれば火の心配は無いが、今度は直に命を狙ってくるかもしれないのだから。

 皆が助かる為には……仕方がないのだと分かっているが、ナディアは自分の無力さに唇を噛んだ。


「……わかった。でも! 絶対に無理しないでね」

  

 サシャは頷く。


「妖精さん、力を貸してくれるかしら?」


 妖精はそれを理解した様子で、サシャの出した指先にチュッとキスをした。すると、またしても身体に魔力が(みなぎ)ってくる。

 すっくと立ち上がったサシャは、背にある剣を手に持ち替えた。


「行ってきます」


 そう短く言うと、矢が放たれた方向へ猛スピードで走り出した。



 ◇◇◇◇◇



(あの量の弓矢を一斉に放ったのなら、かなりの人数がいるはず……)


 サシャに向かって飛んでくる、弓矢を切り落としながら前へと進む。

 視線を細かく動かし敵の位置を把握すると、確実に相手の腕を狙い、弓を射てないようにしていく。


 この場に、ロランをはじめ里の男衆が居ないということは、もっと敵が多い場所があるということだ。


(だったら、こっちは私が抑えないと!)


 徐々に敵の気配は、近場からは殆ど感じなくなっていった。


(あと数人……)


 制圧したら、ラウル達と合流しよう……そう考えていた矢先──

 1人の男が、フラリとサシャの前に立ちはだかった。

 

「よう。……やっと会えたな」


 暗い森の中、ギラギラとした瞳がサシャを見据えていた。その男は、弓矢ではなく片腕だけで剣を持ち、ニヤリと笑う。


 ドクンッ──……


 サシャの心臓は大きく鳴った。

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