表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/25

2. 訪れた悲劇と別れ

(なんで……なんでなの……)


 止まらない涙を拭うこともせず、サシャは必死で森を走っていた。もともと粗末だった服は、草や枝で擦れ更にボロボロになっていく。当然、服だけでなく皮膚にも細かい傷だらけだ。


 自分を娘だと言ってくれた男の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


『サシャ、逃げるんだ。とにかく走って泉を目指せ!』

『だったら、お父さんも一緒にっ』

『いいや、お前だけだ。最後まで、サシャの父親でいさせてくれ……』

『で、でも』

『逃げろ、サシャ! 生き延びるんだっ』


 今までで一番優しい笑顔なのに……掴まれた肩からは、強い何かを感じた。


 だから、サシャはその言葉を受け入れるしかなかったのだ。窓から逃がされ、無我夢中で走った。



 ◇◇◇◇◇



 ――ある日の早朝。突然、若い男はやって来た。


 数人の手下を連れて。仲間だった初老の男の裏切りを知り、ついに2人の居場所を突き止めたのだ。

 

 家の周りに張り巡らせてあった、手作りの仕掛けが反応した。父はそっと起き上がると、サシャを起こし確認しに行く。


 平穏に暮らしていたのに、何故そんな物を作ったのかサシャには疑問だったが……。いつの間か父の手にあった武器。普段とは違う機敏な動きを目の当たりにし、子供ながらに理解した。


(お父さんは、分かっていたんだ……)


 奴らが自分達の生存に気付き、やって来る時がお別れの時なのだと。




 放心状態のサシャは、鳥の(さえず)りや泉が湧き出ている音の中、ボーっと空を見上げていた。


(……あれから、何日経ったのかな?)


 父から教えてもらった森の泉に辿り着いたが、疲労と空腹で動けない。何度も転んで傷だらけの手足は感覚が無くなった。

 

 草っ原に仰向けに倒れ、ただただ過去を思い出していた。

 もう、顔も覚えていない母から貰った指輪。


『いつか、お父さんが迎えに来てくれるから、誰にも見せてはダメよ』


 それを忠実に守ってきたのに、孤児院に迎えに来たのは見知らぬ男達だった。


(あ……でも、お父さんはできたんだ)


 皮肉にも、サシャは自分を殺そうとした人間の仲間に懐いてしまった。

 本物ではない父の顔を思うと、枯れてしまった筈の涙がじんわり浮かんでくる。


 父が唯一してくれた自身の話。


 昔、この泉に助けられた事があると言っていた。泉には意思があるのか、やって来る者を選ぶのだとか。


 父は敵に追われて、たまたま迷い込んだそうだ。

 自分以外は誰も居なくなり、数日間この場で過ごした。ふと気付けば、泉は消えて普通の森になり、いつの間にか助かっていたらしい。


 傷の痛みと不安で泣いていたサシャを、寝かしつける為にした御伽噺のような不思議な話。


『きっと、サシャは気に入られるだろうな』

『だれに?』

『さぁて、誰だろな』


 結局、誰かは教えてもらえなかったが。いつか自分も泉を見てみたいと思っていた。


(泉……来れたけど、これからどうしたらいいのかな)


 もう、目を開けているのも辛い状態。

  

(このまま消えちゃいたい)


 そんな事を考え、サシャはゆっくり目を閉じた。



 ◇◇◇◇◇



 木漏れ日を反射させキラキラ光る泉には、たくさんの小さな妖精が楽しそうに飛んでいた。


『どうして人間がいるの?』

『誰がこの子を呼んだの?』


 サシャを気に入ったのか、顔の周りを何度も行き来する。けれど、サシャは魔力が無いので全く気付かない。

 

 発現してないのか、最初から無いのかはサシャ自身も知らないことだ。魔力持ちの少ない平民は、無くて当たり前だから……気にも留めなかった。

 まあ、魔力があったとして、気ままな妖精が姿を見せてくれるとは限らない。


 風が吹き、妖精たちはパッと一斉に顔を上げると一点を見た。

 そして慌てたように、サシャの上をクルクル舞う。


『ほら、おきて、おきて』

『すぐにオオカミがきてしまうよ』

『にげなきゃ食べられちゃう』


 森の小さな生き物たちは、必死でサシャに訴えている。


(……だれか、いるのかな)


 うっすらと子供の声が聞こえた気がした。

 サシャは重たい目蓋を開くと、首だけ動かして辺りを見た。だが、聞こえたはずの声の主は見つけられない。


(そら耳……?)


 朦朧とする頭は考えることを放棄し、再び目を閉じた。


 

 ――ガサッ! ガサガサガサ……

 


「なっ! 馬鹿な……なぜ人間が!?」


 草を掻き分けやってきた男は、ギリッと歯を鳴らし、憎らしげに瀕死のサシャを見下ろした。人間の臭いが鼻についたのか、怒りで瞳を赤くする。


(あぁ、追いつかれちゃったんだ私……)


 漠然とそう思ったが、もう逃げる気力もない。殺されてもいいと諦めていたサシャは、薄目を開けて声の主を見た。

 けれど。

 視界は霞み、誰なのかボヤけてよく分からない。


 褐色の髪を振り乱した男は、半狼の姿になる。

 毛深くなった顔にピンっと大きな耳。裂けた口は、サシャの喉に向かって牙を剥いた。


(何でそんな顔するの? 初めて会った時と同じ……)


 悲しみを湛えた瞳は、父との出会いと重なった。


(お父さんが、助けてくれたから……私は、大丈夫だよ)


 牙が首に触れるか触れないかのところで、サシャはしっかりと目を開ける。

 そして、力を振り絞り笑みを浮かべた。


「お……とうさん……泣かないで……」


 そう呟くと、サシャはそのまま意識を失った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ