18. エマの親友
「ルイーズ……」
ラウルは、女に向かってそう呼びかけると静かに見詰めた。そして、女の手に自分の手を乗せる。
いけないと思いつつ、サシャは2人から目が離せなかった。
(……いやだ)
ズキズキと胸の痛みは酷くなり、このままここに居てはいけないと自分を叱る。
その場を去ろうと、見つからないように立ち上がった。その時──。
ラウルは、肩に乗せてあった女の手を掴むと素っ気なく下ろし、ぐるりと辺りを見渡しながら声をかけた。
「サシャ、近くにいるんだろう?」
――ビクッと、サシャは体を強張らせる。
まさか、自分が隠れていることを、ラウルが気付いているとは思わなかった。
「もうっ! ラウルったら、サシャちゃん居るなら早く言ってよ! サシャちゃん、出てきてちょうだ〜い!」
何故か女までもサシャを呼ぶ。
(……えっ? なんで)
意味が分からず戸惑うサシャは、木の後ろから一歩前に出た。
「見っけ!」キラッと目を輝かせた女は言った。
凄い速さでサシャの前にやって来くるやいなや……ムギュ〜ッとサシャを抱きしめる。
(く、苦しい……)
「おい! ルイーズ止めろ、サシャが苦しがっている」
「あ、あら、ごめんなさいね」
ラウルの怒りを含んだ声に、女の力が緩み解放された。サシャはフゥっと息を吐く。
「サシャちゃん、私はルイーズよ。よろしくね」
「あ、よ……よろしくお願いします」
勢いに押されながらも返事をしたサシャに、ルイーズはニッコリと微笑んだ。
けれど、その美しい女ルイーズは、サシャの肩をガッチリと掴んだまま離さない。サシャの顔を、じっくり観察するように見詰めていた。
「あの?」
「なんて……」
「はい?」
「なんて、可愛らしいのかしら! もうっ、ラウルったら、全然紹介してくれる気配なかったし! わざわざ好きでもない祭りに来た甲斐があったわ」
戸惑いを隠せないサシャがラウルを見ると……これでもかというくらいの顰めっ面で、大きな溜め息を吐いた。
「サシャ、怯えなくても大丈夫だ。ルイーズは人を食べたりしない」とラウル。
「食べ……?」
きょとんとするサシャ。
「はぁ? 何よ、その紹介は! 私は、エマの親友よ。ラウルやロランとも腐れ縁なの」
「あ、お母さんの?」
ルイーズの優しい笑顔に安堵した。だが──
「そうよ! ラウルの娘なら、エマの娘。エマの娘なら私の娘同然でしょ! ねぇ、サシャちゃん。私の家に来ない?」
とルイーズは、早口でとんでもない事を言い出した。
「なんでそうなる!?」とラウルは語気を強める。
「だって、可愛いんだものっ。どう、サシャちゃん?」
「あの……私はこの里で、お父さんと暮らしたいです」
ルイーズに押されつつも、サシャは正直な気持ちを伝えた。
「……あらぁ、残念。まあ、サシャちゃんの気持ちが大切だものね。でも、何かあったら第二の母と思って、私を頼ってちょうだい」
「ありがとうございます。ルイーズさん」
ルイーズは頷くと、サシャの肩から手を離し、くるりとラウルに向き直った。
「じゃあ、ラウル。私とエマの娘を頼んだわよ」
ラウルが「違うだろ」と呆れている間に、ルイーズは見事な鷹の姿になる。
そして2人の上を旋回すると、『またね』と去って行った。
(ルイーズさん、鷹の獣人だったのね……)
呆然とするサシャにラウルは声をかけた。
「騒がしい奴で、すまない。あの調子だから紹介したくなかったんだ」
「ルイーズさん、素敵な方ですね。あ、お祭りは見なくてよかったのでしょうか?」
「もとから、騒がしいのは好まないからな。自分はあんなに騒がしいくせに」とラウルは苦笑する。
すると「ラウル様ー!」と誰かが呼んでいる声がした。
「じゃあ、私はナディアと広場へ行きますね」
「サシャ、何か用事があったんじゃないのか?」
「あ……。ナディアとアドルフを覗きに来ただけです」
それだけ言うと、サシャはスカートを靡かせその場を後にした。
(本当は、お父さんに今日のワンピースを見て、褒めてほしかったのに)
ルイーズとラウルの2人の姿を見た時の苦しさが、忘れられなかった。
まるで、その感情自体が罪悪感のようにサシャに重くのしかかっていた。
◇◇◇◇◇
「──どうして、こうなった?」
ラウルはそれを見て開口一番にそう言った。
「ええっと……。婦人会の皆さんの差し入れで」
言い淀むアドルフに、サシャを膝枕しているナディア。簡易の木のテーブルには、果実酒に漬けてあったであろう香りの良いフルーツが皿に乗っている。
(甘い口あたりだが……かなり漬かっているな)
「サシャは、これを食べたのか?」
2人は申し訳なさそうに頷く。
剣舞を成功させ、成人の祝杯の途中でアドルフが持ってきた物だった。
サシャが酒に弱いと知っていたが……。まさか、たったひと口でこうなるとは、予想していなかったのだ。
「すみません、ラウル様」
「サシャはこの位なら問題ない。ただ、朝まで起きないだろう」
「責任持って家まで送ります」
しょんぼりするアドルフとナディアに、ラウルは首を横に振る。
「今日は祭りだ。大丈夫だから、2人はまだまだ楽しむといい」
ラウルはそう言うと、サシャをそっと抱き上げた。
ポロっとサシャの頭から花飾りが落ちた。ナディアはそれを拾って、またサシャの頭に着ける。
「サシャ、ラウル様に今日の格好を見てほしかったんです。とっても可愛かったんですよ、サシャ」
「……ああ」とラウルは答えると、祭り会場を後にした。
賑やかだった場所から離れ、ラウルは静かな道をゆっくり歩く。
あの場にサシャがやって来たのは、匂いで直ぐ分かった。本当は、紹介するか迷っていたのだ。
鷹の一族が住む山には、人間は絶対に行かない。
ルイーズは、サシャを一目見てあの皇帝の娘だと気付いたのだ。サシャは、ルイーズの元へ行った方が安全だと、ラウル自身思っていたことだった。
けれど、サシャはラウルと暮らしたいと言った。
その言葉が、ラウルにとってどれほど嬉しかったかったか、サシャは知らない。
「……ぅん……」
腕の中で気持ち良さそうに眠るサシャ。
「今日は……いつも以上に可愛かったぞ」
星明かりの下、ラウルはぼそっと呟いた。




