17. 収穫祭の始まり
その日、里は朝から大賑わいだった。
里に住む狼の獣人族だけではなく、街で生活している他種族の獣人たちもやって来る。
流石に誰でも参加という訳にはいかない。あくまでも、この里との取り引きや繋がりがある者だけだ。
その辺は、ロランや顔のきく者が中心となり、線引きしてある。
「サシャ、準備はどう?」
迎えにやって来ていたナディアが声をかけた。ふんわりとした可愛らしいスカートを揺らし、頭には花飾りを着けている。
「うん、あと少し。んっ……後ろのリボンが難しくて」
「なんだ、早く言ってよ! 私に任せて」
器用なナディアは、ワンピースのウエストのリボンをキュッと結んでくれた。
「どう、苦しくない?」
「大丈夫、助かったわ!」
ラウルに街で買ってもらったワンピース。デザインに一目惚れしたのだが、自分でリボンを結べない事に後から気付いた。
やはり、着替えの手伝いはラウルに頼めなくて、困っていたところだったのだ。
「にしても、その服可愛いわね! 街で?」
「そうなの、お父さんが……」
ほんのり頬を染めるサシャに、ナディアは微笑む。
「で、その髪飾りは?」
「昨日、お父さんが取ってきて。自分で作ったのだけど、変じゃない?」
「とても素敵よ! ラウル様もそう言ったでしょ?」
ナディアは、ラウルの反応がとても気になる様だ。
「それが、お父さんは準備で昨夜は泊りだったから」
「そっか。じゃあ、今日この可愛い姿を初見せするのねっ」
「……うんっ」
2人は顔を見合わせて、ふふふっと笑う。
(お父さんは無口だから。でも、似合うくらい言ってほしいと思うのは贅沢……かな?)
準備が完了すると、戸締りをして広場へ向かった。
◇◇◇◇◇
出店が立ち並び、華やかに着飾った人々が行き交っていた。食べ物の、こんがり焼けた香ばしい匂いも漂っている。
「アドルフはどこに居るのかしら?」
そうサシャがキョロキョロしていると、ナディアは含み笑いをする。
「実は、今年はアドルフが剣舞を披露するのよ。だから、今頃は全身飾り付けされている頃よっ」
えっへんと胸を張ったナディアは言う。
「あっ。今年、成人した中で一番剣術が上手いから!」
「そうなの、大抜擢よ」
「じゃあ、日が暮れるまでは会えないわね?」
「そう、ギリギリまで特訓される筈よ」
ナディアにとっても、それは誇りであり嬉しい事なのだ。
「おめでとう、ナディア」
「ありがとう、サシャ。少しだけ、覗きに行っちゃう?」
「え、いいのかな……見たいけど」
「遠くからなら大丈夫よ。きっと、ロラン様やラウル様も居るはずだから」
「そうね、じゃあ遠目にねっ」
サシャとナディアは顔を見合わせ、ニッコリ微笑んだ。
祭り会場である広場から離れ、2人はアドルフ達が準備している訓練場へと向かった。出入り口ではなく、低い塀の所からそっと覗いてみる。
「あ! あれじゃない?」
「どこ? 見えないけど」
サシャは目を凝らすが見つけられない。
「ほらっ、あっちの婦人会の皆んなに囲まれて」
「ああ!」
ナディアは双子ならではの能力なのか、すぐにアドルフを見つける。サシャは兄弟がいないので、時々そんな2人を羨ましく思う。
婦人会の着せ替え人形と化しているアドルフには、これ以上近付けない。
サシャは訓練場を見渡すと、テントが張られた出入り口付近に、ラウルの姿が見えた。
「あ。お父さんも居たわ」
「サシャ、少しだけ会ってきたら? あそこなら、外から回れば声を掛けられるわよ」
「でも……」
「いいから、いいから。私はもう少し、アドルフを見ているわ」
「じゃあ、ちょっとだけ行ってくるねっ」
◇◇◇◇◇
出入り口の所には、ラウルだけではなくロランも居た。そして、もう1人──。
「これを見てほしいの」
亜麻色のストレートの髪を、高い位置でキュッと束ねてある美しい女は、ロランとラウルに一枚の紙を渡した。
「これは……ジギタリスの花に似ているが」とラウル。
「いや、似ているが違うな」
ロランは顔を上げると、女を見た。
「そう、違うわ。けれど、どちらも毒を持つ花。この花はジギタリスの変異種よ。霊峰の山で咲くと言われている珍しい種類。私達、獣人に効いてしまう厄介な花よ」
「では、これがっ!」
ラウルはギリッと歯を鳴らした。
「実物はあるのか?」
ロランが女に尋ねると、女はニヤリと笑う。
「たった一株だけど、ね。オババに届けてあるわ。解毒剤が出来れば、助かる獣人が増えるもの」
「流石だな」
「私達の利になる事に、労力は惜しまないわ。けれど、もっと早くこれの存在を見つけられていたら……」
女は悲しみを湛えた瞳を、ラウルに向けた。
「悪いが、俺はちょっと本物を見てくる。ラウル、この場は任せるぞ」
それだけ言うと、ロランはテントを後にした。
「ラウル、久しぶりね」
2人だけになった女は、ラウルに話しかける。
「そうだな。いつも祭りには来ないのに、あの花を届けに来たのか?」
「まあ、それが一番ね。でも、色々気になる事ばかり耳に入るから」
意味深長な笑みを浮かべた女は、話を続ける。
「姿絵……あれを手に入れたのは、私よ」
「……そうか」
「色々と、ラウルに聞きたいわ」
そう言いながら、ラウルの肩に長くて綺麗な指を乗せると、艶っぽく言った。
◇◇◇◇◇
ロランと行き違いに、サシャはテントにやって来ていた。
声を掛けられる雰囲気ではなくて、咄嗟に木陰に隠れたのだ。
(あの、女の人は誰だろう?)
ラウルと女は美男美女で、娘のサシャから見てもよくお似合いだった。
(なんで苦しいのかな……)
サシャは、チクチクと刺すような胸の痛みに、蹲ったまま身動き出来なかった。




