16. 不器用な2人
――ラウルからの話は、予想通り自分の妻とその子供についてだった。
ある程度は、アドルフから聞いていたが。
直接ラウルの表情を見ながら聞くと、サシャは胸が苦しくて慰めの言葉も出せない。
勿論、ラウルは慰めが欲しいわけではない。寧ろ、人間であるサシャが、どう受け止めるかの方が心配だった。
案の定、サシャは俯いたまま唇を噛んでいる。
(人間だからって一括りにはできないし、お父さんはそんな風に思っていない。わかるけど……でもっ)
これほどまでに、サシャはエマの命を奪った者と同じ人間であることに、憤りを感じた事はない。
いくら年月が経ったとしても、その傷は癒えないだろう。自分を庇って、愛する者が亡くなったのだから尚更に。
(ましてや、エマさんのお腹にはお父さんの子供が……辛すぎるよ……)
どれ程、彼女はラウルを愛していたのか。色々な感情が入り混じる。
「サシャ」とラウルは声をかける。
ハッとしたサシャは顔を上げた。
「正直、俺は人間を許せない」
「……はい、わかります」
「だが、サシャはそいつらではない」
「でも」とサシャはまた俯く。
「お前は、俺の子だ。だから、ちゃんと紹介したい」
とラウルはサシャを気遣いながら、優しいトーンで言った。
「一緒に妻と子供の墓参りにいってくれるか?」
「えっ!?」
「サシャが俺の子なら、妻……エマの子でもあるだろう?」
「本当に、私が……いいのでしょうか?」
「ああ。俺が会ってほしいんだ」
「……ありがとうございます、お父さん」
涙で頬を濡らしたサシャは、嬉しそうに微笑んだ。
――翌日。
ラウルとサシャは、見晴らしの良い小高い丘にやって来ていた。エマが好きだった景色が見下ろせる場所。
その大木のすぐ下に、エマと子供が眠っている。
ラウルとサシャは、膝をつき手を合わせる。
サシャは目を閉じると、これから2人の子としてしっかり生きていくことを約束した。
そして、無意識に……ラウルに対して変化しつつある感情に蓋をしていた。
◇◇◇◇◇
あの日からサシャはより一層、明るく元気に振る舞った。
ロランの訓練もラウルの剣術の稽古も、かなり厳しいものになっていたが弱音を吐く事もなく、楽しそうだった。そう、不自然なくらいに。
無理をしているのではないか……ラウルはそんな風に違和感を覚えていた。
けれど、それを言ったところでサシャは違うと言うだろう。
こんな時、ロランだったら上手く聞き出せるかもしれない。だが──。
「おい、ラウル! サシャは居るか?」
玄関先で、ロランの声が聞こえた。
扉を開ければ、ロランとアドルフ、他数名の男達が沢山の麻袋を持っている。街での買い出しの日だと思い出した。
「ロラン様、すみません。サシャは洗濯に川の方へ行っています」
「ああ、そうか。ならば、帰ったら渡してやれ」
と麻袋をラウルに差し出した。
今日は、珍しい果物が市場に出回っていたらしい。
そういった物があると、長であるロランは大量に買って、小さな子供がいる家庭に配って歩くのだ。
サシャはもう小さくないが、ロランはあの日からずっと気遣ってくれている。
当時サシャは、名前以外の記憶が無かった。あんな状態だったのだから、酷い暮らしをしていたのだろうと。
口下手なラウルと違い、ロランは人間のサシャと直ぐに打ち解けた。
ラウルは、ロランから受け取った麻袋いっぱいの果物を涼しい場所に置くと、その果物の山をじっと眺める。
(自分よりもロランの方が、よほどサシャの父親の様だと何度思ったことか)
さっきも、「サシャは、最近少し変じゃないか?」と周囲に聞こえないように尋ねてきた。
そんな時、長であるロランの凄さを実感する。
常に民の様子に気を配って、些細な事でも気付くのだ。こうやって、家を回るのだって意味がある。
「問題ない」と適当にはぐらかしてしまったが、それもきっと分かってしまっているだろう。
(やはり、長には敵わない)
自分の器の小ささを思い知らされる。
けれど、サシャに関しては自分で解決したかったのだ。引き出しを開けると、書類の間に挟んで隠してある姿絵に視線を落とす。
暫く考えていたが、玄関の扉が開く音が聞こえ、慌てて引き出しを閉めた。
「ただいま、お父さん!」
元気よく帰ってきたサシャに、複雑な胸の内を悟られないよう、ラウルは微笑み「お帰り」と言った。
◇◇◇◇◇
結局……
ラウルは姿絵をサシャに見せられないまま、月日は流れていった。
「お父さん、もうすぐ収穫祭があるのですよねっ?」
サシャは楽しそうに聞く。
「ああ、水路の修繕も無事に済んだし、今年は豊作だったから盛り上がるだろう」
「アドルフったら、今年は成人したからお酒が飲めるって、今から大喜びしていて」とサシャは苦笑する。
獣人の成人は16歳。
人間と違い、見た目に反して成長の早い彼等は酒にもかなり強い。
けれど、里の決まりで酒を飲めるのは成人を迎えてからになっているのだ。
「サシャも、祭り用に服を新調するといい」
「本当ですか! 嬉しい!」
「だが、酒はまだ……」
獣人の好む酒は強く、まだ若い人間には不向きなのだ。
アドルフとナディアより一足早く16歳になったサシャは、オババの所で甘い果実酒を一口含んで……ひっくり返った。
「ええ、分かっています。絶対に飲みませんから!」
サシャは、恥ずかしそうに顔を赤らめそう言った。




