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14. ぽんぽん

 完全な狼姿のラウルの背から振り落とされないように、ギュッとしがみついていた。

 サシャがラウルの背中に乗るのは二度目。一度目のことは、話を聞いただけで記憶には殆ど残っていない。


 少し焼け焦げ血がついて固まった毛は、ところどころ手触りが違っていた。


(私のせいだ──)


 なのに、ラウルはサシャを叱ったり責めたりしなかった。

 自分の愚かな行動のせいで、ラウルが怪我をしたのだ。今更ながら、オババの言葉の重さを知った。

 グッと奥歯に力が入る。


(……あれ? でも、どうしてあの家が分かったのかしら?)


 獣人の脚力が凄いのはわかっている。サシャの匂いを追ったとして……普通に考えたら早すぎる。サシャがあの家に着いてから、そんなに時間は経っていなかった筈だ。


 ――が、その謎はすぐに解けた。


 山の奥深くまで入ったところで、サシャとラウルの正面からロランとアドルフがやって来るのが見える。

 ロランを先導しているのは、あの妖精だ。サシャ達に気付き、2人はその場で立ち止まると人の姿になる。


「サシャ、良かった!」

「ロラン様、アドルフも。ご心配をおかけしました」

 

 サシャは、ラウルの背から降りると深く頭を下げた。


「いや、無事ならそれでいい。どうせ、コイツの悪戯が招いた事態だろう」


 ロランは、指先でチョンっと妖精のおでこに触れる。どうも、意思の疎通ができている様だ。


(だから、ロラン様は咆哮を……)

 

 突然消えた妖精は、サシャを助けてくれそうな者を知っていたのかもしれない。


「それ、妖精なんですか? 俺には小さな光にしか見えないですよ」

 とアドルフが不思議そうに覗き込むと、妖精は腕を組んでソッポを向いた。

 

「ああ。妖精は選り好みが激しいからな」

「えっ!? 俺……嫌われてる?」


 ショックを受けたアドルフは、狼姿のままなら耳や尻尾が下がっていたに違いない。サシャは思わず笑ってしまう。


「そんな事はないぞ。姿を見せてくれる方が珍しいんだ。里でもハッキリ見えるのは、俺たちとオババくらいだからな」


 だから、泉の水汲みをラウルがしていたのかと納得する。サシャとラウルが出逢えたのは、本当にタイミングが良かったのだ。


「じゃあ、サシャが稀ってことか。あ、でも。それはそれで何か悔しい。よし、俺も泉に通って……イテッ!?」


 アドルフに拳骨(げんこつ)が落ちた。


「そんなんだから、今回みたいな事になるんだぞ! 俺の指示を無視したお前は、まだまだ未熟だっ」


「あっ。それは! 私も悪かったんです」と慌ててサシャも謝る。

 アドルフみたいに拳骨が来るかと思い、肩を竦めると……ロランはポンッと大きな手を乗せた。


「反省しているならいい。サシャは暫く山での訓練はお預けだ。ラウルを責任もってオババに治療させろ」


「必要ない」とラウルは言うが……。


「ラウル。お前のその怪我の状態を、俺に説明させたいのか?」

 

 ロランの言葉にサシャはハッとした。

 彼らは匂いに敏感だ。ずっと共に戦ってきたからこそ、ロランにはラウルの状態がわかる。

 ラウルの怪我は、見た目以上に酷いのかもしれない。


「付き添いなど必要ない」と頑なにラウルは断るが。


「お父さん、お願いです。治療するところは見ませんから、付き添わせて下さい。私……」

「わかった」

 とラウル小さく溜め息を吐く。


『私をおいて居なくならないで──』最後まで言えなかった。サシャは、その言葉を呑み込んだ。

 

 代わりにと、ラウルから条件をだされた。サシャが1人で泉に近付くことを禁止され、何故か怪我の酷いラウルの背に乗ったまま、オババの家まで行くことになってしまった。

 いくら、サシャが自分で走ると言っても、ラウルは聞いてくれず……ロランは苦笑するだけだった。


(やっぱり、私の足が遅いから……。それとも、お父さんは痛みに強いのかしら?)


 いまいち納得出来なかったが、ラウルに触れている時間は、紛れもなくサシャの鼓動を速くしていた。



 ◇◇◇◇◇



 ――後日。


 オババから、こっ酷く叱られた。……サシャもラウルも。


 サシャの方は、約束を破ってしまったから当たり前なのだが。

 ラウルは、あの結界により身体の組織が大ダメージを受けていた。まるで、雷に打たれたかのような。

 そんな強い結界を張れる者の存在にも驚いていたが、あんな場所で張る必要があったのかと、首を傾げた。

 

「まったく、なんて無謀なことを!」

 治療しながら、オババは何度も文句を言った。


(あの日──。ロラン様の言う通り、直ぐにオババの家に来て良かったわ。それにしても……)


 サシャの住んでいた家にいた2人は、いったい何者だったのか皆目見当もつかない。


 いくら、皇帝の騎士だったとしても、サシャにあんな提案をする理由が解らないのだ。

 それ程の地位のある貴族なのか、誰かの命令を受けてのことなのか。

 よくよく考えたら、サシャを狙うわりに余りにもアッサリ引いてくれた。確かにサシャの本心ではあったが、あんな口約束だけで。

 彼らが本気で来たら、サシャに勝ち目など無かった。


(まあ。もう、彼らには会うこともないわね……たぶん。あの絵は、キッパリ諦めるしかないわ)


 それだけは少し心残りだった。


「サシャ、どうした?」


 いつの間にか、治療を終えて部屋から出てきたラウルが立っていた。

 

「いいえ。何でもありません」

 サシャはニッコリと微笑んで見せる。


「そうか……」

 とそのまま行こうとしたラウルは、まだ座っていたサシャに向き直り、近付いた。


 ――ぽん、ぽん。


「えっ?」


 サシャが見上げると、ラウルはぎこちなくサシャの頭を撫でていた。


「……帰るぞ」


 そう告げると、今度こそラウルは玄関に向かった。ほんのり耳が赤いのは気のせいではなさそうだ。


「はいっ!」

 サシャは、満面笑みを浮かべて追いかけた。



 


 

 



 

 


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